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3話【入院生活】

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 馬男木先生が人間じゃないことは、腱鞘炎で通院していた時から知っていた。

 ぱっと見、馬男木先生は綺麗な人だ。見た目の年齢は……二十代くらいだろうか。

 銀色の髪を腰まで伸ばしていて、赤い瞳はどこか寂しげだけど透き通っていて、何より顔が端整。身長は百六十センチくらいだが、時々伸びていたり縮んていたりするらしい。

 ――理由は、体が雪でできているから。

 普段……家でどんな形をしているのかは分からないが、自分の意思で体を変えられるようだ。

 そんな馬男木先生と一緒にリハビリを始めたのは、目が覚めた翌日からだった。



 パイプ椅子に座ったまま、髪から粉雪みたいなものをキラキラ舞わせていることを気にも留めていない馬男木先生が、カルテのようなものを見ながら話す。


「えっと、リハビリ前にもう一度、念の為、説明を……」


 いつもしどろもどろでハッキリと喋らないのは、そういう性格なんだろうか。少し気になるが、人には得意不得意というものがあるだろう。なので、俺は閉口して小さく頷く。

 すると、馬男木先生は何故か安心したように口角を少しだけ上げた。


「あ、ありがとうございます。……えっと、山瓶子麒麟さんの体は少し、少しですけど、欠損した部分がありましたので皮膚移植をしています。体の要所に、その……縫合の痕がありますけど、リビングデッドは自己再生ができないので……そ、そのままです。すみません……」
「馬男木先生が謝ることではありません」
「あ、そう、ですよね……すみません」


 謝らなくていいと伝えた筈なのに、また謝っている。きっとそういう性格の人なんだろう。これも閉口。


「そして、えっと……今日からリハビリを始めます。朝と昼です。就寝前に、体を拭くことをお勧めします。あ、汗はかかないのですが、一応……」
「分かりました」
「入浴もできますが、水気が残っていると……皮膚が腐るかもしれないので、気を付けてください。人間の頃よりも、体は大切に……っ」


 生きてはいるけれど、体の機能はほぼ死んでいるようだ。にわかには信じられないが、触覚がないから信じざるを得ない。

 ――俺は今日から、リビングデッドとして生きていく特訓を始めるのだ。


「精一杯、サポートします。よ、よろしく……お願い、します」
「こちらこそ、よろしくお願いします、馬男木先生」
「あ、は、は……い。…………えっ」


 不意に、馬男木先生が赤い瞳をまん丸にした。
 その目は、俺が馬男木先生の伸ばした手を見ている。


「握手を求めているだけなのですが……もしかして、リビングデッドって触れても感染とかしますか?」
「そ、そんなことは……ありません。噛んだ時だけです。えっと、あの……握っても、いいのでしょうか……」
「問題がないのであれば」


 リビングデッドになったけれど、どうやら俺は知識不測のようだ。リハビリ以外の時間は知識を集めることに集中しよう。

 伸ばした手が、両手でギュッと握られる。それに対しても、俺は何の温度も感覚も……感じ取れなかった。

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