地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
115 / 466
5章【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】

9

しおりを挟む



 表情はさほど変わっていないように見えるが、山吹には分かる。……桃枝は今、とても喜んでいる、と。

 一粒目のチョコを堪能した後、桃枝はもう一粒、山吹お手製のチョコをつまんだ。


「あまり甘くないのは、俺仕様か?」
「えっと、はい。課長、甘いものがあまり得意じゃないみたいなので」
「なるほどな」


 相槌を打った後、桃枝は二粒目のチョコを口に放る。するとまたしても桃枝は、嬉しさからか若干だが、目を細めた。


「ウマいな、これ」
「苦くないですか? かなりビターな味になっちゃったのですが、もう少し甘い方がお好みだったでしょうか?」
「いや、丁度いい。ほどよく甘くて、なんて言うか……。……悪い、山吹。同じ感想しか出てこない。凄く、ウマい」
「いえ、そんな。お口に合ったなら、幸いです」


 喜んでいるし、はしゃいでいる。眉間に寄った皺はそのままで、チョコを見る目つきも鋭いが……それでも桃枝は、いつもより表情を柔らかくしていた。

 モグモグと口を動かし、嬉しそうにチョコを食べている。桃枝の姿が異様に愛らしく、山吹はどこか落ち着かない様子で、ソワソワと視線を彷徨わせた。

 たかが、チョコ。溶かして、形を生成して、冷やして固めただけ。味の加工を多少はしたが、それでも大した作業ではない。
 それなのに、桃枝は嬉しそうにチョコを見つめている。桃枝なら、どんな高級チョコだって買えるだろうに……。


「──ありがとな、山吹。ものすごく嬉しい」
「──っ!」


 普段は絶対に浮かべたりしない笑顔を、惜しげもなく向けているのだ。たった一人、山吹だけに向けて。

 胸の辺りが、ギュギュッと締め付けられる。山吹は意味もなく、自身の胸をスーツ越しに掴んだ。

 気恥ずかしい。落ち着かない。こんな感覚も気持ちも、初めてで。
 喜ぶ桃枝が、直視できなかった。胸が騒ぎ、顔に熱が溜まって……。こんな状態異常じみた現象は、やはり初めてだ。


「べっ、別に、そんなっ。た、大したことじゃないので、全然、そんなっ」
「正直、驚いたな。お前はこういうイベント、気にしないタイプだと思ってた」
「えっと、それは、あのっ」


 確かにほとんど直前辺りまで忘れていたので、否定もし切れない。ましてや桃枝の想像とは真逆なことに『張り切ってしまった』なんて、恥ずかしくて言えるはずがない。

 ここまで喜んでもらえるなんて、思っていなかった。そしてなによりも、喜んでもらえたことがこんなにも落ち着かない心象を生むなんて、山吹は想像すらしていなかったのだ。

 耐えられなくて、逃げたくて。グルグルとまとまらない思考が、強引に話題を探そうとする。

 ──ゆえに山吹は、地雷原を全速力で駆け抜けるかの如く失言をかました。


「──まっ、まぁ? ボクも成長くらいしますからね? クリスマスは失敗しましたけど、課長がいつか【ホントの恋人】を作ったとき、バレンタインチョコを貰った後に正しい反応ができるよう【仮の恋人】であるボクが練習台になるのは当然ですよ?」


 ピタリと、桃枝の動きが止まる。それでいてジッと、見つめられている気がした。

 桃枝の表情を、確認できない。なぜなら山吹は自分の赤くなった顔を見られたくなくて、必死に俯いているのだから。


「だから、えっと。……あっ、崇めてもいいんですよ、課長っ?」
「……あぁ、そうかよ」


 ホワホワと熱を持った顔と胸を飼い慣らそうと必死で、山吹は鈍くなっていた。ようやく違和感に気付いたのは、桃枝の相槌を聞いてからだったのだから。

 桃枝の声が、低くなった気がする。すぐに山吹は顔を上げて、桃枝を見た。
 すると、桃枝は……。


「ヤッパリ、お前は……っ」


 山吹のことを、鋭く睨んでいた。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています

二三@冷酷公爵発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…? ※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...