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第25話 学園祭・お化け屋敷編④(挿絵あり)
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部屋の中は、膝のあたりまで霧が立ちこめていた。
床を這う白い霧がゆっくりと流れ、足元の感覚を鈍らせる。
湿った冷気が肌にまとわりつき、息をするたびに消毒液のような匂いが鼻をついた。
薄暗い室内――
ぼんやりとした非常灯の赤い光の中、すでに五体の感染者が立っている。
身体を左右に揺らしながら、低く、粘ついたうめき声を漏らしていた。
「なにこれ……」
近づいて、ようやく気づく。
――全員、目が、ない。
「!」
(感染者は音に敏感……入口の人が言ってた……)
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
彩音は慌てて息を整え、守護霊さんに視線を送った。
しーっ。
指先で小さく合図を出し、音を立てないように、一歩ずつ前へ進む。
ぐろろろ……
ぐ……が……
感染者の喉から、空気を擦るような音が漏れる。
(はぁ……はぁ……)
そろり…… そろり……
守護霊さんは、彩音の背中にぴたりと張り付くように離れない。 服の裾が触れるか触れないか、その距離。
彩音が通ったあと、霧はゆっくりとかき分けられ、 足跡のように淡い渦を描いては、すぐに元へ戻っていく。
そろり…… そろり……
――その時。
ガチャ!
足元で、何かが弾けた。
カラン、カラン……カラ……カラ……
金属が床を転がる乾いた音が、霧の中に響く。
静寂――
一瞬、すべてが止まったように感じた。
ぐおぉぉ! がぁぁぁ!
次の瞬間、感染者たちが一斉に反応する。
「ぎゃあぁぁぁ!!」
――――――
一方、西川――
お化け屋敷の外。 賑やかな学園祭の喧騒の中で、内部から悲鳴が突き抜けてきた。
ぎゃあぁぁ……
(ん? 宮司ちゃん……? だよな……)
(ぎゃあ?……きゃあ!じゃないの……?)
首をかしげつつも
(宮司ちゃん、なかなか楽しんでるじゃないか!)
――――――
再び、お化け屋敷内部――
彩音たちは、完全に囲まれていた。
霧の奥から、次々と感染者がにじり寄る。
ぐあぁぁ…お前も…俺たちの仲間だあぁぁ!
パラダイスだぜぇぇ!!
お前もこっち来いよぉぉ!
距離は、わずか三十センチ。 吐息がかかるほど近い。
「ひいぃぃぃ!」
「だから近いってぇぇ!」
彩音は完全に半泣きだ。
視界いっぱいに迫る、崩れた顔。
「顔が……みんなぐちゃぐちゃ……」
守護霊さんが必死に前へ出て、彩音をかばう。
だが、その身体は、感染者たちをすり抜けてしまう。
ガラガラガラ!
突然、壁の一部が動いた。 スタッフの手によって、隠し通路の扉が開かれる。
守護霊さんが必死に指を差す。
「ふえぇ……もうやだ……」
涙声の彩音を引き寄せ、 二人は転がるように隠し通路へ滑り込んだ。
研究室。 白い壁と机が並ぶ空間にたどり着いた瞬間、ようやく息ができた。
「はぁ……はぁ……これで……終わりだよね?」
こくり。
守護霊さんは、珍しく真剣な顔でうなづく。
ワクチンを手に取り、 再び、出口へ向かう。
――――――
案内に従って進んだ先――
「なに……ここ……広い場所……」
薄暗い、大広間。 天井は高く、声が反響する。
「なんか……嫌な予感しかしないんだけど……」
バタン!
背後で扉が閉まる。
「ぎゃあぁぁ!」
「!?」
彩音の悲鳴に、守護霊さんがびくっと震えた。
周囲から、重なるうめき声。
顔……顔ちょうだい……
ぐおぉぉ……食わせろぉ……
お前も……気持ちよくなろうぜぇぇ……
「むりむりむりむり! ぜったいむり!」
彩音たちは、大広間の中央へ追い込まれていく。
守護霊さんは両手を広げ、必死に前に立つ。
「囲まれてる……」
総勢二十人。 感染者たちが、一斉に動き出した。
「ぎゃあぁぁぁ!」
「!!?」
守護霊さんがびくっと震え、 彩音の悲鳴が高い天井に吸い込まれていく。
――三分間の囲い込み。
長く、永遠のような時間が過ぎ、 ようやく解放された。
――――――
出口――
「お疲れ様でしたー」
スタッフの声が、やけに現実的に響く。
彩音は、返事もできないほど精根尽き果てていた。
そのとき。
「お疲れちゃん。どうだった?」
後ろから、西川に肩をぽんと叩かれる。
「!!」
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
「おわっ!?」
「ふえぇぇ……」
彩音はその場にしゃがみ込み、完全に泣き出す。
(屈んで……ガチ泣きだ……)
守護霊さんも同じように屈み、 彩音の頭を、そっと撫でる。
「あ、あの……宮司ちゃん? 怖かったねー」
「うぐ……うぅ……ふえぇぇ……」
「あ! 宮司ちゃん! 飴ちゃんあげるから! な、何味がいいかなぁ……」
「西川?」
ちょうどそのとき、沙織がやってきた。
「あ……」
「ん? 彩音? どうした?」
「うぐ……ゾンビが……顔ぐちゃぐちゃで……うぅ……」
「顔ちょうだいって……1m以内じゃない……間近に来た……うぐ……」
「……」
西川は、その場に立ち尽くす。
「もう大丈夫だからな。ゾンビいないから」
「……うん……」
沙織が、西川を鋭く睨む。
「西川……お前……最凶使ったろ?」
「あ……うん……いや……宮司ちゃんが平気だって言うからさ……」
「やりすぎなんだよ……」
「……」
「お前……1週間、彩音にガストでおごりな」
「え……」
「返事は?」
「はい……」
「彩音。西川がお詫びに1週間ガストでおごってくれるから、好きなの食べな。」
こくり。
彩音は、素直にうなづいた。
――最後、大泣きした私だけど、学園祭はすごく楽しかった。
怖かったし、いっぱい泣いたし、正直もう二度と入りたくないって思った。
それでも―― みんなで笑って、走って、同じ時間を過ごせた今日のことは、きっとずっと忘れない。
また……みんなで……来年も……
このあと、西川さんに「ごめん」って言われちゃった。うぅん。私も怖いの平気って言っちゃったから、西川さんは悪くない。
なんだけど……ふふっ。ガストでご飯は、おごってもらっちゃいました。
一回だけ。
床を這う白い霧がゆっくりと流れ、足元の感覚を鈍らせる。
湿った冷気が肌にまとわりつき、息をするたびに消毒液のような匂いが鼻をついた。
薄暗い室内――
ぼんやりとした非常灯の赤い光の中、すでに五体の感染者が立っている。
身体を左右に揺らしながら、低く、粘ついたうめき声を漏らしていた。
「なにこれ……」
近づいて、ようやく気づく。
――全員、目が、ない。
「!」
(感染者は音に敏感……入口の人が言ってた……)
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
彩音は慌てて息を整え、守護霊さんに視線を送った。
しーっ。
指先で小さく合図を出し、音を立てないように、一歩ずつ前へ進む。
ぐろろろ……
ぐ……が……
感染者の喉から、空気を擦るような音が漏れる。
(はぁ……はぁ……)
そろり…… そろり……
守護霊さんは、彩音の背中にぴたりと張り付くように離れない。 服の裾が触れるか触れないか、その距離。
彩音が通ったあと、霧はゆっくりとかき分けられ、 足跡のように淡い渦を描いては、すぐに元へ戻っていく。
そろり…… そろり……
――その時。
ガチャ!
足元で、何かが弾けた。
カラン、カラン……カラ……カラ……
金属が床を転がる乾いた音が、霧の中に響く。
静寂――
一瞬、すべてが止まったように感じた。
ぐおぉぉ! がぁぁぁ!
次の瞬間、感染者たちが一斉に反応する。
「ぎゃあぁぁぁ!!」
――――――
一方、西川――
お化け屋敷の外。 賑やかな学園祭の喧騒の中で、内部から悲鳴が突き抜けてきた。
ぎゃあぁぁ……
(ん? 宮司ちゃん……? だよな……)
(ぎゃあ?……きゃあ!じゃないの……?)
首をかしげつつも
(宮司ちゃん、なかなか楽しんでるじゃないか!)
――――――
再び、お化け屋敷内部――
彩音たちは、完全に囲まれていた。
霧の奥から、次々と感染者がにじり寄る。
ぐあぁぁ…お前も…俺たちの仲間だあぁぁ!
パラダイスだぜぇぇ!!
お前もこっち来いよぉぉ!
距離は、わずか三十センチ。 吐息がかかるほど近い。
「ひいぃぃぃ!」
「だから近いってぇぇ!」
彩音は完全に半泣きだ。
視界いっぱいに迫る、崩れた顔。
「顔が……みんなぐちゃぐちゃ……」
守護霊さんが必死に前へ出て、彩音をかばう。
だが、その身体は、感染者たちをすり抜けてしまう。
ガラガラガラ!
突然、壁の一部が動いた。 スタッフの手によって、隠し通路の扉が開かれる。
守護霊さんが必死に指を差す。
「ふえぇ……もうやだ……」
涙声の彩音を引き寄せ、 二人は転がるように隠し通路へ滑り込んだ。
研究室。 白い壁と机が並ぶ空間にたどり着いた瞬間、ようやく息ができた。
「はぁ……はぁ……これで……終わりだよね?」
こくり。
守護霊さんは、珍しく真剣な顔でうなづく。
ワクチンを手に取り、 再び、出口へ向かう。
――――――
案内に従って進んだ先――
「なに……ここ……広い場所……」
薄暗い、大広間。 天井は高く、声が反響する。
「なんか……嫌な予感しかしないんだけど……」
バタン!
背後で扉が閉まる。
「ぎゃあぁぁ!」
「!?」
彩音の悲鳴に、守護霊さんがびくっと震えた。
周囲から、重なるうめき声。
顔……顔ちょうだい……
ぐおぉぉ……食わせろぉ……
お前も……気持ちよくなろうぜぇぇ……
「むりむりむりむり! ぜったいむり!」
彩音たちは、大広間の中央へ追い込まれていく。
守護霊さんは両手を広げ、必死に前に立つ。
「囲まれてる……」
総勢二十人。 感染者たちが、一斉に動き出した。
「ぎゃあぁぁぁ!」
「!!?」
守護霊さんがびくっと震え、 彩音の悲鳴が高い天井に吸い込まれていく。
――三分間の囲い込み。
長く、永遠のような時間が過ぎ、 ようやく解放された。
――――――
出口――
「お疲れ様でしたー」
スタッフの声が、やけに現実的に響く。
彩音は、返事もできないほど精根尽き果てていた。
そのとき。
「お疲れちゃん。どうだった?」
後ろから、西川に肩をぽんと叩かれる。
「!!」
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
「おわっ!?」
「ふえぇぇ……」
彩音はその場にしゃがみ込み、完全に泣き出す。
(屈んで……ガチ泣きだ……)
守護霊さんも同じように屈み、 彩音の頭を、そっと撫でる。
「あ、あの……宮司ちゃん? 怖かったねー」
「うぐ……うぅ……ふえぇぇ……」
「あ! 宮司ちゃん! 飴ちゃんあげるから! な、何味がいいかなぁ……」
「西川?」
ちょうどそのとき、沙織がやってきた。
「あ……」
「ん? 彩音? どうした?」
「うぐ……ゾンビが……顔ぐちゃぐちゃで……うぅ……」
「顔ちょうだいって……1m以内じゃない……間近に来た……うぐ……」
「……」
西川は、その場に立ち尽くす。
「もう大丈夫だからな。ゾンビいないから」
「……うん……」
沙織が、西川を鋭く睨む。
「西川……お前……最凶使ったろ?」
「あ……うん……いや……宮司ちゃんが平気だって言うからさ……」
「やりすぎなんだよ……」
「……」
「お前……1週間、彩音にガストでおごりな」
「え……」
「返事は?」
「はい……」
「彩音。西川がお詫びに1週間ガストでおごってくれるから、好きなの食べな。」
こくり。
彩音は、素直にうなづいた。
――最後、大泣きした私だけど、学園祭はすごく楽しかった。
怖かったし、いっぱい泣いたし、正直もう二度と入りたくないって思った。
それでも―― みんなで笑って、走って、同じ時間を過ごせた今日のことは、きっとずっと忘れない。
また……みんなで……来年も……
このあと、西川さんに「ごめん」って言われちゃった。うぅん。私も怖いの平気って言っちゃったから、西川さんは悪くない。
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