奴隷だった少女は公爵令嬢に転生して幸せになります

和若

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第五話 弟との距離

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 アルノルトの熱が下がってから数日。
 彼はようやく食堂で食事ができるまでに回復していた。
 けれど、その瞳はまだどこか曇っていた。

 銀のスプーンを持つ小さな手。
 動きはぎこちなく、視線はいつも皿の中に落ちている。
 私が「美味しいね」と声をかけても、彼は小さく頷くだけで、まともに顔を合わせてくれなかった。



 夜、マリアにそっと尋ねてみる。
「アルノルトは……いつもあんな感じなの?」

「はい……坊ちゃまは、奥様――先代の公爵夫人を亡くされてから、ずっと」

 私ははっと息を呑む。
 母を早くに失った少年。
 彼にとって、優しく寄り添ってくれる存在は消えてしまったのだ。

「それから……お父様もお忙しくなられて。お嬢様も体調が優れませんでしたから、坊ちゃまはずっと一人で」

 だから弟は、家族と心の距離を置いていたのか。
 母の死による喪失感と、孤独の中で――。



 数日後、私は弟の部屋を訪ねた。
 扉をノックして入ると、彼は机に座って本を開いていた。
 けれど文字を追っているのではなく、ただページをめくっては閉じている。

「アルノルト」

 呼びかけると、彼は少し驚いたように顔を上げた。
「……姉上?」

 私は窓辺に腰かけ、そっと言葉を探した。
「この前、看病できてよかった。……少しは楽になった?」

「うん……」

 返事は短い。けれど、前よりも声が柔らかい気がした。



 沈黙が落ちた。
 私は思い切って切り出す。
「ねえ、アルノルト。母様のこと……寂しかったでしょう?」

 彼の肩がぴくりと震えた。
 強がるように唇を噛み、やがて小さく呟く。

「……寂しかったよ。母様がいなくなって、父様は仕事ばかりで……姉上は寝込んでいて。
 だから、僕はずっと一人だった」

 その声は震えていて、幼い心に刻まれた孤独の重さを痛いほど伝えていた。



 私は彼の傍へ歩み寄り、そっと抱きしめた。
 奴隷時代、誰かに抱きしめてもらうことなど一度もなかった。
 けれどだからこそ、今この子に与えられる温もりの価値を知っている。

「ごめんね。私は知らなかった……でも、これからは違う。私はもう一人でいない。あなたと一緒にいるから」

 アルノルトの小さな手が、恐る恐る私の袖を掴む。
 やがて彼は、押し殺したように泣き声を漏らした。

「……本当?」

「本当よ。だって私たちは兄妹だもの」

 そう言って髪を撫でると、彼はしがみついて泣き続けた。
 その涙は、ずっと押し込めてきた寂しさの証だった。



 それからの日々、アルノルトは少しずつ変わっていった。
 庭で一緒に散歩したり、食卓で「これ美味しいね」と笑ってくれたり。
 小さな笑顔はまだぎこちないけれど、確かに増えていた。

 ――亡き母の代わりにはなれない。
 けれど姉として、この子の寂しさを癒やすことはできるはずだ。

 私は心に強く誓った。

 この子を、二度と孤独にはしない。


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