カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

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第四話 ふたりきりの「占領軍」

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    翌日 10:00。

    澄原グループ本社ビル。地下二階(B2)。

エレベーターの扉が開いた瞬間、かび臭さとオイルのにおいが混ざった、よどんだ空気が一気に流れ込んできた。

ここは、グループに忘れ去られた片隅――「第4備品倉庫」。

窓はなく、電波も届かない。

頭上のダクトが、古い機械のようなうなり声をあげている。それはまるで、このビルそのものの重たい呼吸のようだった。

佐久間はダンボール箱を抱え、床一面に埃の積もった古い机と椅子のあいだに立ちつくしていた。

ぽつんと佇むその姿は、ひどく心細く見えた。

「やっぱり……俺ひとり、か」

佐久間は腕時計に目を落とす。

昨日、金を受け取った連中は、最後まで姿を見せなかった。

現実なんて、そんなものだ。

謝礼を受け取るのと、「本当に立ち上がる」のとでは、天と地ほどの差がある。

会社と敵対し、キャリアそのものを賭ける――それは、別のゲームだ。

「まあ……そうだよな」

佐久間は、かすかに笑ってみせて、ダンボール箱を脚の欠けた机の上にそっと置いた。

「みんな家族がいるし、生活もある。誰が好き好んで、あんな『特命準備室』なんて話を本気にするんだか」

総務部ではすでに裏切り者扱い。

今の彼は、地下送りになった「社内最大の笑いもの」だった。

そのときだ。

廊下の向こうから、革靴が床を叩く音が近づいてきた。

コツ、コツ、コツ。

妙にリズムの整った、落ち着いた足音。

佐久間は、慌てて振り返る。

澄原龍立が、そこにいた。

身体に吸い付くようなオーダーメイドのスーツ。

こんなかび臭い地下室にいてさえ、彼は、自分の領地を見回る王のように見えた。

龍立は、がらんとした部屋を一通り見渡し、最後に、たった一人そこに立つ佐久間へと視線を止めた。

「君だけか」

その声には、怒りも落胆も浮かんでいない。

佐久間は、恥ずかしさに耐えきれず、うつむいた。

この若様の期待を裏切ってしまったような気がしてならない。

「申し訳ありません、若様! みんな……みんな事情があって。協力金は受け取っても、こっちに異動したら、専務の怒りをまともにかぶることになりますから……」

声はだんだん小さくなっていく。

「結局、来たのは俺みたいな馬鹿だけで……。本当に、面目ないです」

短い沈黙。

不意に、龍立が笑った。

嘲りではない。

心の底からおかしそうにこみ上げる、晴れやかな笑いだった。

「面目? いや、違うな、佐久間」

龍立は歩み寄ると、埃だらけの佐久間の肩を軽く叩いた。

「来なかった連中は、五十万で自分を売った。それが彼らの“値段”だ。取引は、そこで終わり」

「でも、君は来た」

龍立は、まっすぐに彼の目を見た。

「つまり、君のロイヤリティは、金では買えないということだ」

「二十五万人を抱えるこの帝国で、ひとりでも“プライスレス”な仲間を見つけられた――それだけで、大収穫だ」

佐久間は、言葉を失った。

視界がじんと熱くなる。

「さて」

龍立は、脚の欠けた机を一瞥し、わずかに眉をひそめると、ポケットから白いハンカチを取り出し、手についた埃を拭った。

「せっかく俺の“001号社員”になったんだ。こんなゴミ捨て場で仕事をさせるわけにはいかない」

「荷物をまとめろ、佐久間。行くぞ」

「えっ? ど、どこへ? 専務は空いているオフィスの利用申請を全部――」

「誰が、申請なんて出すと言った?」

龍立はタブレット端末を取り出し、真っ赤なグラフの並んだ画面を表示させる。

「32階だ」

10:15。本社ビル32F。

ここは、“雲の上”だった。

足元には、分厚く高価なウールカーペット。

空気には、ほのかなシトラスの香り。

廊下の両側には名画が並び、その一つひとつが「ここは権力の回廊だ」と高らかに主張している。

佐久間はダンボール箱を抱え、首をすくめて龍立の後ろをついて歩く。

自分だけ、みすぼらしい格好の物乞いが、皇居の中に迷い込んだような気分だ。

「わ、若様……ここ、副社長管轄の“第一VIPフロア”ですよ!? 外国の元首とか、トップ財閥の会長とかをお迎えするための――」

「ここは立入禁止です! あなた方は入れません!」

社長室の第一秘書が、青ざめた顔で飛び出してきた。

彼女は龍立を知っている。

だが、それ以上によく知っているのは、このフロアを支配している“ルール”だった。

「三坊っちゃん、ここは、事前のご予約が――」

「どいてくれ」

龍立は足を止め、タブレットの画面を彼女の目の前に突き出した。

そこには一通の《グループ固定資産効率監査レポート》が表示されている。

「第一VIP会議室A。イタリア製本革ファニチャー一式、トップクラスのホログラム設備完備。この一年のメンテナンス費用、五千万」

「にもかかわらず、稼働率は一年間で、たったの一・四パーセント」

龍立の声は、冷たく研ぎ澄まされていた。

「これは『重大な資産の遊休・浪費』だ。特命準備室長として、これを是正する義務がある」

「で、でも……」

秘書の目には、今にも涙がにじみそうだ。

「副社長がお怒りになります……!」

「そのときは、俺のところへ来てもらおう」

龍立はそれ以上、彼女にかまわず、彫刻の施された赤い木の扉の前まで進んだ。

「佐久間、扉を開けろ」

「えっ、俺が、ですか?」

手が震えている。

「君は特命準備室の第一号社員だ。これからその手は、“新しい時代の扉”を開くために使うことになる。臆病になるな」

佐久間は、ごくりと唾を飲み込んだ。

龍立のまっすぐな背中を見つめ、腹を括る。

――くそったれな副社長なんか、もう知るか。

どうせ俺は、地下送りになった人間だ。

彼は目をぎゅっとつぶり、全身の力を込めて、重たい扉を押し開けた。

ゴウン――。

まばゆい光が、目の前に広がる。

巨大なフルハイトウィンドウの向こうには、東京タワーと街の景色が一望のもとに広がっていた。

部屋の中央には、三十人は座れる巨大な楕円形の会議テーブル。

周囲を取り囲むのは、一脚数十万円はする本革の回転チェア。

「うわ……」

佐久間は、思わず見とれてしまう。

龍立は中へ足を踏み入れる。

広すぎて、贅沢すぎて、持て余している空間。

だが彼には、そのどこにも居心地の悪さはなかった。

まるで、自分のために当然用意された部屋に戻ってきたかのように、主座へと向かい、椅子を引いて腰を下ろす。

そして、自分の右隣の席を指さした。

「座れ、佐久間」

「えっ? こ、こんな大きなテーブルに、俺たちふたりだけって……さすがに、これは――」

「ふたりだけでいい」

龍立は背もたれにもたれ、窓の外の空を見上げながら、口もとに皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「三十人分のテーブルを、俺たちふたりで独占する」

「それくらいやらないと、この前を通る誰も――兄貴も、次兄も――本気で思い知れない」

「この会社の『浪費』と『特権』が、どれほどバカげているかをな」

佐久間には、すべてを理解できたわけではない。

それでも、おそるおそるダンボール箱を床に下ろし、恐れ多さを噛みしめながら、本革の椅子に腰を下ろした。

柔らかなレザーが体重を吸い込むように沈み込む。

あまりの座り心地の良さに、思わず小さくため息が漏れた。

「佐久間」

「はい」

「PCを立ち上げろ。二兄貴の人事本部にメールだ」

龍立の目が、獲物を定めた鷹のように鋭くなる。

「特命準備室が、正式に稼働を開始したと伝えろ」

「それと、この部屋で“ふたりだけ”で座っている写真を撮って、イントラのトップページに載せる」

「キャプションは――『特命準備室、現状に不満のある“共犯者”を募集』だ」

10:30。専務取締役室。

ガシャンッ!

茶碗が粉々に砕け散る。

龍雅は、モニターに表示された写真を睨みつけていた。

金と光に満ちた32階のVIP会議室。その真ん中で、龍立と、あの冴えない佐久間が、当然のように腰かけている。

空席だらけの椅子の列が、かえって無言の嫌味となって画面から突き刺さってきた。

「よくも、あそこを……! あそこは兄貴のお気に入りの会議室だぞ!」

龍雅は奥歯をきしませる。

「いいだろう、龍立。兵隊を集めたいんだな?」

龍雅は電話機を取り上げ、システム本部の内線番号を押した。

「もしもし。例の“サーバールームに住みついた幽霊”をここへ寄越せ」

「そうだ。働くだけ働いて、口は利かず、ありとあらゆるトラブルのスケープゴートにされてきた吉岡だ」

龍雅の口もとに、残酷な笑みが浮かぶ。

「弟が“人材”を欲しがっているなら……一番でかい“時限爆弾”をプレゼントしてやろうじゃないか」
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