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第二十五話 幽閉されたエリートたち
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時間:同日 二十時
場所:金融タワー・地下二階資料保管室
小早川を守り切ったとはいえ、二兄が開けた五千億の巨大な穴を暴くには、日記だけでは足りない。
真実の数字は、バラバラに分散され、何億枚もの紙の証憑の中に埋もれている。
「今のシステムは、黒崎さんに全部いじられています。」
小早川は涙の跡を拭いながら言った。
「必要なのは“古いやり方”に精通した人間です。
でも、そういう真っ当な人たちは、もうとっくに左遷されてしまって……」
「左遷?」
「はい。窓際族(Madogiwa-zoku)です。」
龍立は小早川に案内され、地下二階へと向かう。
そこは、廃棄予定の書類が山積みになった、暗く湿った空間だった。
カビの匂いと古紙の匂いが混じり合い、鼻を突く。
隅っこの方に、古びた机が数台。
頭髪の薄い老人たちが数人、新聞を広げたり、虚空を眺めたりしながら、死んだような時間を過ごしていた。
彼らはかつて、このグループの最精鋭の監査人だった。
二兄の不正に加担することを拒んだ結果、仕事を奪われ、ここへ“幽閉”された。
精神が折れて自発的に辞めるのを待つための、静かな牢獄。
「田中先輩……佐藤先輩……」
小早川が、おずおずと声をかける。
老人たちが顔を上げる。
白く濁った瞳が、じろりと小早川を見た。
「おやおや、小早川か。今日も黒崎の手先か? まだ狂ってはいないようだな。」
歯の抜けた老人が皮肉を飛ばす。
龍立はその前に進み出て、躊躇なく腰を折った。深いお辞儀だった。
「諸先輩方。澄原龍立と申します。」
「皆さんが、かつてこのビルで一番鋭い剣だったことは調べがついています。
正しすぎたがゆえに折られ、ここへ投げ捨てられた。」
「今、黒崎は五千億の粉飾で澄原を沈めようとしている。
どうか、引退前に――最後の大仕事を一緒にやっていただけませんか。」
顔を上げた龍立の目は、真っ直ぐで、熱かった。
「今回の仕事には、不正な指示は一切ありません。
ただひたすら、“帳簿をひっくり返して真相を暴く”だけです。」
沈黙。
長い沈黙ののち、欠けた前歯の老人――かつてのチーフ監査役が、ゆっくりと立ち上がる。
老眼鏡を外し、ハンカチで丁寧に拭った。
濁っていた瞳に、猛禽のような鋭さが戻っていく。
「若……いや、三男坊。黒崎の腹の底を探るなら、“複式簿記逆算法”しかない。
あれはな、体力勝負だ。今どきの若い連中には無理だろう。」
「だが、この老骨は、まだ動く。」
別の老人も立ち上がり、新聞をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込んだ。
「くそったれめ。地下室で八年も干からびてたんだ。ようやく日の光を拝めるってわけか。」
その夜――澄原金融タワーの地下二階は、一晩中明かりが消えなかった。
忘れ去られた“窓際族”の老兵たちと、現役の“裏切り者”小早川がタッグを組み、
最恐の監査チームが誕生する。
彼らにコンピューターはいらない。
必要なのは、そろばんとペン。
そして、何十年も数字と格闘してきた勘と経験だけ。
牛を解体するかのように、黒崎が編み上げた虚偽の迷宮帳簿を、一枚一枚、筋を見極めながら切り裂いていく。
一方その頭上――三十五階では、黒崎が必死に電子データの抹消に追われていた。
自分の棺桶の釘が、既に地下で一本一本打ち込まれていることも知らずに。
場所:金融タワー・地下二階資料保管室
小早川を守り切ったとはいえ、二兄が開けた五千億の巨大な穴を暴くには、日記だけでは足りない。
真実の数字は、バラバラに分散され、何億枚もの紙の証憑の中に埋もれている。
「今のシステムは、黒崎さんに全部いじられています。」
小早川は涙の跡を拭いながら言った。
「必要なのは“古いやり方”に精通した人間です。
でも、そういう真っ当な人たちは、もうとっくに左遷されてしまって……」
「左遷?」
「はい。窓際族(Madogiwa-zoku)です。」
龍立は小早川に案内され、地下二階へと向かう。
そこは、廃棄予定の書類が山積みになった、暗く湿った空間だった。
カビの匂いと古紙の匂いが混じり合い、鼻を突く。
隅っこの方に、古びた机が数台。
頭髪の薄い老人たちが数人、新聞を広げたり、虚空を眺めたりしながら、死んだような時間を過ごしていた。
彼らはかつて、このグループの最精鋭の監査人だった。
二兄の不正に加担することを拒んだ結果、仕事を奪われ、ここへ“幽閉”された。
精神が折れて自発的に辞めるのを待つための、静かな牢獄。
「田中先輩……佐藤先輩……」
小早川が、おずおずと声をかける。
老人たちが顔を上げる。
白く濁った瞳が、じろりと小早川を見た。
「おやおや、小早川か。今日も黒崎の手先か? まだ狂ってはいないようだな。」
歯の抜けた老人が皮肉を飛ばす。
龍立はその前に進み出て、躊躇なく腰を折った。深いお辞儀だった。
「諸先輩方。澄原龍立と申します。」
「皆さんが、かつてこのビルで一番鋭い剣だったことは調べがついています。
正しすぎたがゆえに折られ、ここへ投げ捨てられた。」
「今、黒崎は五千億の粉飾で澄原を沈めようとしている。
どうか、引退前に――最後の大仕事を一緒にやっていただけませんか。」
顔を上げた龍立の目は、真っ直ぐで、熱かった。
「今回の仕事には、不正な指示は一切ありません。
ただひたすら、“帳簿をひっくり返して真相を暴く”だけです。」
沈黙。
長い沈黙ののち、欠けた前歯の老人――かつてのチーフ監査役が、ゆっくりと立ち上がる。
老眼鏡を外し、ハンカチで丁寧に拭った。
濁っていた瞳に、猛禽のような鋭さが戻っていく。
「若……いや、三男坊。黒崎の腹の底を探るなら、“複式簿記逆算法”しかない。
あれはな、体力勝負だ。今どきの若い連中には無理だろう。」
「だが、この老骨は、まだ動く。」
別の老人も立ち上がり、新聞をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込んだ。
「くそったれめ。地下室で八年も干からびてたんだ。ようやく日の光を拝めるってわけか。」
その夜――澄原金融タワーの地下二階は、一晩中明かりが消えなかった。
忘れ去られた“窓際族”の老兵たちと、現役の“裏切り者”小早川がタッグを組み、
最恐の監査チームが誕生する。
彼らにコンピューターはいらない。
必要なのは、そろばんとペン。
そして、何十年も数字と格闘してきた勘と経験だけ。
牛を解体するかのように、黒崎が編み上げた虚偽の迷宮帳簿を、一枚一枚、筋を見極めながら切り裂いていく。
一方その頭上――三十五階では、黒崎が必死に電子データの抹消に追われていた。
自分の棺桶の釘が、既に地下で一本一本打ち込まれていることも知らずに。
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