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第二十七話 禿鷲の食卓
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時間:スキャンダル終息から三日後
場所:澄原グループ・極秘戦略会議室
正義は、一応のかたちで貫かれた。
だが、その代償はあまりに大きい。
五千億円の穴は、“数字上”ではなく、“現金”の実欠だった。
巨大財閥である澄原にとって、即破綻というほどではないにせよ、資金繰りは極限まで張り詰める。
来週の決算発表までに手を打てなければ、格付機関は確実にレーティングを引き下げてくる。
会議室の空気は、鉛のように重かった。
長卓の向かいには、アメリカからやって来た「ブラックヴァルチャー・キャピタル(Black Vulture Capital)」の代表――スミスが座っている。
ガムをくちゃくちゃ噛みながら、傷ついたライオンを舐め回すような、いやらしい目つきで全体を眺めていた。
「澄原社長。」
スミスは足をテーブルに乗せ、ふてぶてしく言う。
「五千億のキャッシュなら、今すぐ用意できますよ。」
「その代わり――“不良資産パッケージ”を全部、我々に売ってもらいたい。」
そう言って、既に用意していた「資産切り離しリスト」をテーブルに放り出した。
――Asset A:澄原精工(第三工場)
「設備は老朽化。従業員の平均年齢は四十五歳。利益どころか、年金負担が重いだけ。
プラン:土地だけ買い取り、工場は解体。全員解雇。」
――Asset B:澄原アニメーションスタジオ
「絵しか描けないオタクの集まり。ビジネス価値ゼロ。
プラン:IPライブラリだけ買い取り、スタジオは即時解散。」
――Asset C:澄原物流(BtoB専用ライン)
「“業界標準”だか何だか知らないが、そのせいでコストが高すぎる。
プラン:幹線ルートだけ残し、末端ドライバーは全員リストラ。」
――Asset D:財務部(高齢グループ)
「あの、そろばんしか使えないじじい共? 全員、強制退職。」
影響人数:二千百五十名。
「父上! 売ってはいけません!」
龍立が立ち上がり、椅子が耳障りな音を立てた。
「精工はようやく黒字転換したばかり。あそこはグループの技術の土台です。
アニメーションスタジオは、将来のソフトパワーそのもの。
財務部のご老体方は、命を懸けてこのグループを救ったばかりです。――これでは、ただの“使い捨て”です!」
「言葉を慎め、龍立。」
惟宗の声には、温度がなかった。缶詰の賞味期限でも確認するような響きだった。
「これも、二兄が開けた穴を埋めるためだ。グループに必要なのは“現金”であって、“情緒”ではない。」
「しかし彼らは――クビだ。路頭に迷う。」
「それは買い手の問題だ。」
惟宗は冷淡に「売却合意書」にサインを入れる。
「契約が成立次第、彼らの運命は澄原グループの関知するところではなくなる。」
「スミス氏。明日午前十時、本契約だ。」
龍立は、父の横顔を見つめる。
拳を握り締める音が聞こえるほど力が入り、爪が掌に食い込んだ。
――真相を暴き、命がけで戦っても、
巨大な資本マシンの前では、人間はいつでも燃料として投げ捨てられるだけなのか。
同じ頃。澄原精工・工場フロア。
噂は、伝染病のような速さで広がっていた。
源田鉄男は、何も言わなかった。
ただ無言で、一枚のきれいな布を取り出し、売り渡されることが決まったNC工作機械を黙々と磨いていた。
二十年付き合ってきた“相棒”だ。
「師匠……どうせ明日にはアメリカに売られちまうんですよ。
しかも、スクラップにされるって……。今さら磨いても意味ないじゃないですか。」
若い弟子が、真っ赤な目で問いかける。
源田の手が、ふと止まる。
そして、泣き笑いのような顔で答えた。
「嫁に出すんだよ。……せめて、綺麗な姿で送り出してやらなきゃな。」
「俺たちが力不足だったんだ。
稼げない工場で、主家に迷惑かけて……だからゴミとして捨てられても、文句は言えねえ。」
そんな“自己否定”の闇が、二千百五十名の社畜たちの心を覆っていた。
彼らは会社を恨まない。
ただ、自分たちの「無力さ」だけを責めていた。
廊下の影から、その光景を見ていた龍立の胸は、張り裂けそうだった。
「もう、たくさんだ。」
龍立はスマートフォンを取り出し、海の向こうの「封印していた赤い番号」に電話をかける。
「……俺だ。“ブルーホエール計画”を起動してくれ。」
「シリコンバレー、ウォール街、ロンドンに散らしてある俺の流動資金を、すべて引き戻す。」
「一件、かっさらう。」
場所:澄原グループ・極秘戦略会議室
正義は、一応のかたちで貫かれた。
だが、その代償はあまりに大きい。
五千億円の穴は、“数字上”ではなく、“現金”の実欠だった。
巨大財閥である澄原にとって、即破綻というほどではないにせよ、資金繰りは極限まで張り詰める。
来週の決算発表までに手を打てなければ、格付機関は確実にレーティングを引き下げてくる。
会議室の空気は、鉛のように重かった。
長卓の向かいには、アメリカからやって来た「ブラックヴァルチャー・キャピタル(Black Vulture Capital)」の代表――スミスが座っている。
ガムをくちゃくちゃ噛みながら、傷ついたライオンを舐め回すような、いやらしい目つきで全体を眺めていた。
「澄原社長。」
スミスは足をテーブルに乗せ、ふてぶてしく言う。
「五千億のキャッシュなら、今すぐ用意できますよ。」
「その代わり――“不良資産パッケージ”を全部、我々に売ってもらいたい。」
そう言って、既に用意していた「資産切り離しリスト」をテーブルに放り出した。
――Asset A:澄原精工(第三工場)
「設備は老朽化。従業員の平均年齢は四十五歳。利益どころか、年金負担が重いだけ。
プラン:土地だけ買い取り、工場は解体。全員解雇。」
――Asset B:澄原アニメーションスタジオ
「絵しか描けないオタクの集まり。ビジネス価値ゼロ。
プラン:IPライブラリだけ買い取り、スタジオは即時解散。」
――Asset C:澄原物流(BtoB専用ライン)
「“業界標準”だか何だか知らないが、そのせいでコストが高すぎる。
プラン:幹線ルートだけ残し、末端ドライバーは全員リストラ。」
――Asset D:財務部(高齢グループ)
「あの、そろばんしか使えないじじい共? 全員、強制退職。」
影響人数:二千百五十名。
「父上! 売ってはいけません!」
龍立が立ち上がり、椅子が耳障りな音を立てた。
「精工はようやく黒字転換したばかり。あそこはグループの技術の土台です。
アニメーションスタジオは、将来のソフトパワーそのもの。
財務部のご老体方は、命を懸けてこのグループを救ったばかりです。――これでは、ただの“使い捨て”です!」
「言葉を慎め、龍立。」
惟宗の声には、温度がなかった。缶詰の賞味期限でも確認するような響きだった。
「これも、二兄が開けた穴を埋めるためだ。グループに必要なのは“現金”であって、“情緒”ではない。」
「しかし彼らは――クビだ。路頭に迷う。」
「それは買い手の問題だ。」
惟宗は冷淡に「売却合意書」にサインを入れる。
「契約が成立次第、彼らの運命は澄原グループの関知するところではなくなる。」
「スミス氏。明日午前十時、本契約だ。」
龍立は、父の横顔を見つめる。
拳を握り締める音が聞こえるほど力が入り、爪が掌に食い込んだ。
――真相を暴き、命がけで戦っても、
巨大な資本マシンの前では、人間はいつでも燃料として投げ捨てられるだけなのか。
同じ頃。澄原精工・工場フロア。
噂は、伝染病のような速さで広がっていた。
源田鉄男は、何も言わなかった。
ただ無言で、一枚のきれいな布を取り出し、売り渡されることが決まったNC工作機械を黙々と磨いていた。
二十年付き合ってきた“相棒”だ。
「師匠……どうせ明日にはアメリカに売られちまうんですよ。
しかも、スクラップにされるって……。今さら磨いても意味ないじゃないですか。」
若い弟子が、真っ赤な目で問いかける。
源田の手が、ふと止まる。
そして、泣き笑いのような顔で答えた。
「嫁に出すんだよ。……せめて、綺麗な姿で送り出してやらなきゃな。」
「俺たちが力不足だったんだ。
稼げない工場で、主家に迷惑かけて……だからゴミとして捨てられても、文句は言えねえ。」
そんな“自己否定”の闇が、二千百五十名の社畜たちの心を覆っていた。
彼らは会社を恨まない。
ただ、自分たちの「無力さ」だけを責めていた。
廊下の影から、その光景を見ていた龍立の胸は、張り裂けそうだった。
「もう、たくさんだ。」
龍立はスマートフォンを取り出し、海の向こうの「封印していた赤い番号」に電話をかける。
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