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第六十七話 見えない枷(かせ)
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時刻:給料日/豪雨の夜(21:00)
場所:東京・世田谷総合病院 裏路地 & F区・澄心家園(ChengXin Home)ロビー
東京の雨の夜は、骨まで染みる冷たさを連れてくる。
給料を受け取ったばかりの物流ドライバー、高橋(24)は、給与カードを内ポケットへそっと押し込んだ。母親の透析費を払ったばかりで、残高は五万円にも満たない。来月の飯代だ。
フードを深く被り、バス停へ小走り――その瞬間。
二筋の眩いヘッドライトが雨幕を裂いた。黒いトヨタ・アルファードが横から割り込み、目の前で急停止する。跳ね上がった泥水が、高橋の色褪せたジーンズをべたり汚した。
スライドドアが開く。花柄シャツに金のネックレス――三人の男が降りてきた。鼻を突く香水と煙草の臭いが、空気を一気に腐らせる。
「よぉ高橋。そんなに急いでどこ行くんだ?」
先頭の男、飯尾が口の爪楊枝を吐き捨て、高橋の襟首を掴む。ひよこのように持ち上げ、そのまま苔むした壁へ叩きつけた。
「ゲホッ……飯尾さん……先週、五万返したばかりで……」
「五万? それ遅延損害金だ」
飯尾が嗤い、拳を高橋の胃へねじ込む。高橋は一瞬で海老のように折れ曲がり、酸っぱい胃液を吐き散らした。
「お前、元は五十万借りたよな? うちの“複利計算”で、今は元利合計三百万だ。五万なんざ、端数にもならねぇ」
飯尾は濡れた髪を掴み上げ、病棟の明かりが点く建物を見せつける。
「返せねぇなら、別の方法もある。お前の母ちゃんがいる階、わりと高いよな。ここ数日で酸素チューブが詰まったり、看護師の手が滑ったり――な?」
高橋の顔が真っ青になる。
「……お前が“節約”できた医療費で、ちょうど返せるだろ」
「やめてください! 母にだけは!」
高橋は泥水に膝をつき、飯尾の脚に縋りついた。
「書きます! 追加契約、書きます! お願いです、病院には――!」
飯尾は勝ち誇り、用意していた利息倍増の“身売り契約書”を泥の上へ放り投げた。
「最初からそうしろよ。拇印だ。――血でな」
……
同じ頃。F区・澄心家園ロビー。
高級住宅地の静寂を、けたたましい警報が切り裂いた。
「A区侵入! A区侵入!」
龍立と吉岡が警備隊を率いて駆け付けた瞬間、全員の血圧が跳ね上がった。磨き上げた大理石の床に、どす黒い赤の塗料がぶちまけられている。まるで屠殺場。
壁には赤いスプレーで大書きされていた。
【借金は肉で払え 当然の報い】
宅配員に偽装した三人のチンピラは、元特殊部隊の警備員に床へ押さえつけられていた。顔を冷たい床へ擦り付けられながらも、なお暴れて喚く。
傍らで、原画師の美咲が床に崩れ、全身を震わせていた。腕には橘猫。尻尾は不自然に折れ曲がり、骨を踏み折られたのが分かる。弱々しく、惨めな鳴き声だけが漏れた。
破り裂かれた荷物箱の中には、切断されたプラスチックマネキンの手。そこへ本物の刃物が突き立てられている。
「離せ! 俺は合法的に取り立てしてるだけだ!」
チンピラの頭目が吠える。
「この女、“ハッピー信販”に三百万の借金がある! 契約書もある! 借金は返すのが当然だろ! 警察だって回収に協力する!」
龍立は何も言わなかった。
ただ、ゆっくり歩いた。靴底が粘つく赤い塗料を踏み、ねっとりとした音を立てる。しゃがみ込み、血を滲ませる猫を見、次に――光を失い、恐怖だけが残った美咲の瞳を見る。
獲物の目だった。自分の庇護の下で、社員が屠られる家畜のように生きている。
「監視カメラを切れ」
声は羽毛のように軽い。だが氷より冷たい。吉岡がタブレットを滑らせる。
「……切りました」
「お、お前……何をする気だ……?」
頭目の声が震え始めた。龍立は立ち上がり、警備隊長の腰から、チタン合金の戦術バトンをゆっくり抜き取った。
「カチン」
バトンが伸び、刃のような寒光を放つ。
「借金は返すのが当然と言ったな」
龍立は、美咲に指を突きつけていた右手を――靴で踏み止めた。
「じゃあ、“血の借り”は?」
「バキッ!」
バトンが落ち、骨が砕ける嫌な音がロビーに響いた。手のひらは一瞬で粉砕骨折。悲鳴が喉を突き破る前に、龍立の靴が口元を踏み込み、叫びを床へ押し戻す。
「一本目は、猫の分だ」
「二本目は、美咲の分だ」
「三本目は――俺の縄張りで、どう生きるべきかを教える」
五分後。龍立は血の付いたバトンを捨て、吉岡が差し出した白いハンカチで指先を丁寧に拭った。まるで、ゴミ袋を処理しただけの仕草。床には、三人が痛みで失神して転がっている。
「監視を戻せ。通報しろ」
龍立は乱れた袖口を整え、優雅なCEOの顔に戻った。
「警察にはこう言え。――刃物を持って不法侵入、殺意をもって襲撃。熱心な住民が“正当防衛”で制圧した。怪我? 本人たちが勝手に転んだ」
場所:東京・世田谷総合病院 裏路地 & F区・澄心家園(ChengXin Home)ロビー
東京の雨の夜は、骨まで染みる冷たさを連れてくる。
給料を受け取ったばかりの物流ドライバー、高橋(24)は、給与カードを内ポケットへそっと押し込んだ。母親の透析費を払ったばかりで、残高は五万円にも満たない。来月の飯代だ。
フードを深く被り、バス停へ小走り――その瞬間。
二筋の眩いヘッドライトが雨幕を裂いた。黒いトヨタ・アルファードが横から割り込み、目の前で急停止する。跳ね上がった泥水が、高橋の色褪せたジーンズをべたり汚した。
スライドドアが開く。花柄シャツに金のネックレス――三人の男が降りてきた。鼻を突く香水と煙草の臭いが、空気を一気に腐らせる。
「よぉ高橋。そんなに急いでどこ行くんだ?」
先頭の男、飯尾が口の爪楊枝を吐き捨て、高橋の襟首を掴む。ひよこのように持ち上げ、そのまま苔むした壁へ叩きつけた。
「ゲホッ……飯尾さん……先週、五万返したばかりで……」
「五万? それ遅延損害金だ」
飯尾が嗤い、拳を高橋の胃へねじ込む。高橋は一瞬で海老のように折れ曲がり、酸っぱい胃液を吐き散らした。
「お前、元は五十万借りたよな? うちの“複利計算”で、今は元利合計三百万だ。五万なんざ、端数にもならねぇ」
飯尾は濡れた髪を掴み上げ、病棟の明かりが点く建物を見せつける。
「返せねぇなら、別の方法もある。お前の母ちゃんがいる階、わりと高いよな。ここ数日で酸素チューブが詰まったり、看護師の手が滑ったり――な?」
高橋の顔が真っ青になる。
「……お前が“節約”できた医療費で、ちょうど返せるだろ」
「やめてください! 母にだけは!」
高橋は泥水に膝をつき、飯尾の脚に縋りついた。
「書きます! 追加契約、書きます! お願いです、病院には――!」
飯尾は勝ち誇り、用意していた利息倍増の“身売り契約書”を泥の上へ放り投げた。
「最初からそうしろよ。拇印だ。――血でな」
……
同じ頃。F区・澄心家園ロビー。
高級住宅地の静寂を、けたたましい警報が切り裂いた。
「A区侵入! A区侵入!」
龍立と吉岡が警備隊を率いて駆け付けた瞬間、全員の血圧が跳ね上がった。磨き上げた大理石の床に、どす黒い赤の塗料がぶちまけられている。まるで屠殺場。
壁には赤いスプレーで大書きされていた。
【借金は肉で払え 当然の報い】
宅配員に偽装した三人のチンピラは、元特殊部隊の警備員に床へ押さえつけられていた。顔を冷たい床へ擦り付けられながらも、なお暴れて喚く。
傍らで、原画師の美咲が床に崩れ、全身を震わせていた。腕には橘猫。尻尾は不自然に折れ曲がり、骨を踏み折られたのが分かる。弱々しく、惨めな鳴き声だけが漏れた。
破り裂かれた荷物箱の中には、切断されたプラスチックマネキンの手。そこへ本物の刃物が突き立てられている。
「離せ! 俺は合法的に取り立てしてるだけだ!」
チンピラの頭目が吠える。
「この女、“ハッピー信販”に三百万の借金がある! 契約書もある! 借金は返すのが当然だろ! 警察だって回収に協力する!」
龍立は何も言わなかった。
ただ、ゆっくり歩いた。靴底が粘つく赤い塗料を踏み、ねっとりとした音を立てる。しゃがみ込み、血を滲ませる猫を見、次に――光を失い、恐怖だけが残った美咲の瞳を見る。
獲物の目だった。自分の庇護の下で、社員が屠られる家畜のように生きている。
「監視カメラを切れ」
声は羽毛のように軽い。だが氷より冷たい。吉岡がタブレットを滑らせる。
「……切りました」
「お、お前……何をする気だ……?」
頭目の声が震え始めた。龍立は立ち上がり、警備隊長の腰から、チタン合金の戦術バトンをゆっくり抜き取った。
「カチン」
バトンが伸び、刃のような寒光を放つ。
「借金は返すのが当然と言ったな」
龍立は、美咲に指を突きつけていた右手を――靴で踏み止めた。
「じゃあ、“血の借り”は?」
「バキッ!」
バトンが落ち、骨が砕ける嫌な音がロビーに響いた。手のひらは一瞬で粉砕骨折。悲鳴が喉を突き破る前に、龍立の靴が口元を踏み込み、叫びを床へ押し戻す。
「一本目は、猫の分だ」
「二本目は、美咲の分だ」
「三本目は――俺の縄張りで、どう生きるべきかを教える」
五分後。龍立は血の付いたバトンを捨て、吉岡が差し出した白いハンカチで指先を丁寧に拭った。まるで、ゴミ袋を処理しただけの仕草。床には、三人が痛みで失神して転がっている。
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