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第六十八話 偽帳簿の暗号
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時刻:翌深夜 02:00
場所:澄心ホールディングス CFOオフィス
F区の灯りは守られている。だが龍立にとって、これは硝煙の見えない戦争だった。手下は潰しても、高橋と美咲が署名させられた債務契約は、法的には生きている。首に掛けられた絞首縄――足掻くほど締まる。
吉岡が汗だくでキーボードを叩く。画面は赤いエラーで埋まっていた。
「くそっ……連中の口座構造が完璧すぎる。資金がパナマ、ケイマン、シンガポールを十八回も飛んで、最後は“アビス”って名前のオフショア信託に入ってる。日本の元締めに辿れない!」
「吉岡、止めろ。それはハッカーの領域じゃない」
重いオーク材の扉が開いた。松本 剛(CFO)が入ってくる。長年、澄原グループの財務部で耐え抜いた老会計。その背後には白髪の老人が三人――二少が粉飾を強要した時、拒んだせいで左遷され、最後は龍立と共に出奔した“古参の硬骨漢”たちだ。
松本はホワイトボードへ歩き、吉岡が掘り起こした混沌の送金表を貼り付けると、赤ペンで目立たない備考コードを丸で囲んだ。
【OP-R2-09】
「これは?」
吉岡が首を傾げる。松本は眼鏡を押し上げ、鋭い光を走らせる。
「澄原銀行(Sumihara Bank)の内部で、最上位の“影帳簿”に付く管理コードです。この規則は二十年前、先代の時代に――私が制定に参加した」
マーカーで解析を書き殴った。
・OP = Operation(特殊作戦/汚れ仕事)
・R2 = Ryuga(二少・澄原龍雅)
・09 = 彼の白手袋(フロントマン)/現・銀行常務取締役:氷室 厳(Himuro Gen)
松本は振り返る。声は沈痛で、怒りを孕んでいた。
「社長、答えは一つです。二少は京都へ飛ばされた後、東京政界に返り咲くための巨額献金を集める目的で、氷室が握る銀行VIPルートを使い、預金者資金を低利で“横流し”した。空箱会社を経由して“ハッピー信販”へ注入し、高利貸しで貧民を刈り取っている。あなたの社員の血を吸って、自分の出世階段を敷いているんです」
龍立はホワイトボードの名前――澄原龍雅を凝視した。幼い頃から兄を妬み、弟を踏み、表は華やかで裏は毒蛇。二番目の兄。
「なるほどな。最近、取締役会でやけに元気だと思ったら……こんな脂の乗った血槽を見つけたわけか」
龍立は冷笑し、手の鉛筆を折った。
「社長、厄介です」
松本が低く言う。
「氷室は消費者金融の免許を握り、背後には澄原家。正面衝突すれば、あなたの父――澄原惟宗(これむね)様は、家の百年の体面を守るために必ず揉み消す。下手をすれば、こちらが名誉毀損で噛み付かれます」
龍立は立ち上がり、床まで届く窓へ。雨がガラスを筋にして流れ、涙のようだった。遠く、なお点灯する澄原ツインタワー。
「父は動かない」
声は低いが、確信に満ちる。胸元に手が触れた。母の手術の夜が、記憶として残る場所。あの夜、父は自分の過ちで十歳老けた。
「手術の後――父は“贖罪の借り”を返したがっている。澄原の看板を完全に砕かない限り、俺が天に穴を開けても、見なかったことにする」
龍立は机上の暗号化衛星電話を取り、埃をかぶった番号へ発信した。
場所:澄心ホールディングス CFOオフィス
F区の灯りは守られている。だが龍立にとって、これは硝煙の見えない戦争だった。手下は潰しても、高橋と美咲が署名させられた債務契約は、法的には生きている。首に掛けられた絞首縄――足掻くほど締まる。
吉岡が汗だくでキーボードを叩く。画面は赤いエラーで埋まっていた。
「くそっ……連中の口座構造が完璧すぎる。資金がパナマ、ケイマン、シンガポールを十八回も飛んで、最後は“アビス”って名前のオフショア信託に入ってる。日本の元締めに辿れない!」
「吉岡、止めろ。それはハッカーの領域じゃない」
重いオーク材の扉が開いた。松本 剛(CFO)が入ってくる。長年、澄原グループの財務部で耐え抜いた老会計。その背後には白髪の老人が三人――二少が粉飾を強要した時、拒んだせいで左遷され、最後は龍立と共に出奔した“古参の硬骨漢”たちだ。
松本はホワイトボードへ歩き、吉岡が掘り起こした混沌の送金表を貼り付けると、赤ペンで目立たない備考コードを丸で囲んだ。
【OP-R2-09】
「これは?」
吉岡が首を傾げる。松本は眼鏡を押し上げ、鋭い光を走らせる。
「澄原銀行(Sumihara Bank)の内部で、最上位の“影帳簿”に付く管理コードです。この規則は二十年前、先代の時代に――私が制定に参加した」
マーカーで解析を書き殴った。
・OP = Operation(特殊作戦/汚れ仕事)
・R2 = Ryuga(二少・澄原龍雅)
・09 = 彼の白手袋(フロントマン)/現・銀行常務取締役:氷室 厳(Himuro Gen)
松本は振り返る。声は沈痛で、怒りを孕んでいた。
「社長、答えは一つです。二少は京都へ飛ばされた後、東京政界に返り咲くための巨額献金を集める目的で、氷室が握る銀行VIPルートを使い、預金者資金を低利で“横流し”した。空箱会社を経由して“ハッピー信販”へ注入し、高利貸しで貧民を刈り取っている。あなたの社員の血を吸って、自分の出世階段を敷いているんです」
龍立はホワイトボードの名前――澄原龍雅を凝視した。幼い頃から兄を妬み、弟を踏み、表は華やかで裏は毒蛇。二番目の兄。
「なるほどな。最近、取締役会でやけに元気だと思ったら……こんな脂の乗った血槽を見つけたわけか」
龍立は冷笑し、手の鉛筆を折った。
「社長、厄介です」
松本が低く言う。
「氷室は消費者金融の免許を握り、背後には澄原家。正面衝突すれば、あなたの父――澄原惟宗(これむね)様は、家の百年の体面を守るために必ず揉み消す。下手をすれば、こちらが名誉毀損で噛み付かれます」
龍立は立ち上がり、床まで届く窓へ。雨がガラスを筋にして流れ、涙のようだった。遠く、なお点灯する澄原ツインタワー。
「父は動かない」
声は低いが、確信に満ちる。胸元に手が触れた。母の手術の夜が、記憶として残る場所。あの夜、父は自分の過ちで十歳老けた。
「手術の後――父は“贖罪の借り”を返したがっている。澄原の看板を完全に砕かない限り、俺が天に穴を開けても、見なかったことにする」
龍立は机上の暗号化衛星電話を取り、埃をかぶった番号へ発信した。
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