105 / 161
第一百零五話 奪われた明日
しおりを挟む
時刻:幻影職場プロジェクト大成功の翌週・午前10:00
場所:澄心グループ本社・CTOオフィス
窓の外のF区は、生き返ったみたいに賑わっていた。前巻で救い上げられた引きこもりたちが、ロボットを遠隔操作し、街のシステムを高速で回している。
――だが、CTOオフィスの空気は氷のように冷たい。音すら凍りつきそうな静寂。そこだけ別世界だった。
武田健次(40)。澄心精工のチーフ・システムアーキテクト。普段なら、吉岡にすら机を叩いて技術方針をぶつける天才が――今は床に、跪いていた。
額を高級ペルシャ絨毯へ押しつけ、身体は止まらない震えに支配されている。まるで屠殺台に載せられた仔羊だ。彼の前のローテーブルには、二つの書類が置かれていた。
一つは退職願。もう一つは公証済みの『資産無償譲渡申請書』。
「社長……お願いします……承認してください……」武田の声は、理性が崩れ落ちた後の断末魔だった。
「辞めます。辞めさせてください。僕の株も、ストックオプションも……F区で買ったマンションも……全部現金化して……全部寄付します。一円も残しません……」
龍立はソファに腰を落とし、氷の入ったアイスコーヒーを回していた。カラン、と氷がグラスを打つ乾いた音。彼の視線は書類ではなく――X線みたいに、武田を貫いていた。
「武田。お前は基盤ロジックを組む人間だ。この会社で一番“理性”を信奉している」
龍立の声は静かだった。静かすぎて、逆に恐ろしい。
「先週まで量子暗号の優位性を語ってたな。目が光ってた。それが今日は『霊性の昇華』か? 言え。“真理の光”は――何を握った?」
武田の身体が、ビクンと跳ねた。急所を突かれた獣の反応。
「……違う! 違うんです、脅しじゃない! 救済です! 神宮寺尊師が言ったんです……金は穢れで、科学は虚妄! 全部捧げて、業障を払わないと……!」
「業障?」龍立は冷笑し、立ち上がって武田の前にしゃがむ。そして乱暴に、襟を引き裂くように開いた。
武田の首から下がっていたのは、装飾の施されたプラスチックのペンダント。縁にはバリが残り、中央に不気味な“眼”の刻印。
「卸値五円のプラだ。いくらで買わされた? 五十万か? 百万円か?」龍立はペンダントを引きちぎり、ゴミ箱へ投げ捨てた。カンッ――乾いた音が、部屋に刺さる。
「俺を見ろ。答えろ」
武田は怒号に震え、龍立の眼――すべてを見抜くような冷たい瞳に捕まった瞬間、心の堤防が崩壊した。
「……母です……」武田は泣き崩れた。嗄れた咆哮。四十年分の痛みが、いっぺんに噴き出す。
「母は……ずっと信者でした。昨日……果物ナイフを首に当てたんです……僕の目の前で……血が出ました……僕が全財産を教会に捧げなかったら、その場で死ぬって……それで僕を呪って、地獄に落とすって……! 母は“宗教二世(Shūkyō Nisei)”の被害者で……僕もです! 子どもの頃、こづかいも週末もありませんでした! お年玉も全部、献金! やっと僕が成功したら……吸血鬼みたいに戻ってきた! 社長……無理なんです……母なんです……死ぬところを見られない……!」
技術の世界で風を起こす天才が、今は家族に殴られ続けた子どもみたいに床で丸くなっている。これが日本社会の腫瘍だ。宗教の名を借り、実態は恐喝。親情を人質にして家族を食い尽くし、骨の粉まで吸う。
「退職願は却下だ」龍立は立ち上がり、スーツを整える。冷酷なほど静かで、揺るがない声。
「金は一円も動かすな。オプションもロックだ。奪いに来るなら、俺のところへ来い」
「でも尊師が……払わなければ天罰が……母が……!」
「天罰?」龍立の眼に、暴力的な光が走る。獲物を見つけた狩人のそれ。
「いいだろう。会いに行く。“生き神さま”とやらをな。天罰が硬いか。俺の手段が硬いか――確かめよう」
場所:澄心グループ本社・CTOオフィス
窓の外のF区は、生き返ったみたいに賑わっていた。前巻で救い上げられた引きこもりたちが、ロボットを遠隔操作し、街のシステムを高速で回している。
――だが、CTOオフィスの空気は氷のように冷たい。音すら凍りつきそうな静寂。そこだけ別世界だった。
武田健次(40)。澄心精工のチーフ・システムアーキテクト。普段なら、吉岡にすら机を叩いて技術方針をぶつける天才が――今は床に、跪いていた。
額を高級ペルシャ絨毯へ押しつけ、身体は止まらない震えに支配されている。まるで屠殺台に載せられた仔羊だ。彼の前のローテーブルには、二つの書類が置かれていた。
一つは退職願。もう一つは公証済みの『資産無償譲渡申請書』。
「社長……お願いします……承認してください……」武田の声は、理性が崩れ落ちた後の断末魔だった。
「辞めます。辞めさせてください。僕の株も、ストックオプションも……F区で買ったマンションも……全部現金化して……全部寄付します。一円も残しません……」
龍立はソファに腰を落とし、氷の入ったアイスコーヒーを回していた。カラン、と氷がグラスを打つ乾いた音。彼の視線は書類ではなく――X線みたいに、武田を貫いていた。
「武田。お前は基盤ロジックを組む人間だ。この会社で一番“理性”を信奉している」
龍立の声は静かだった。静かすぎて、逆に恐ろしい。
「先週まで量子暗号の優位性を語ってたな。目が光ってた。それが今日は『霊性の昇華』か? 言え。“真理の光”は――何を握った?」
武田の身体が、ビクンと跳ねた。急所を突かれた獣の反応。
「……違う! 違うんです、脅しじゃない! 救済です! 神宮寺尊師が言ったんです……金は穢れで、科学は虚妄! 全部捧げて、業障を払わないと……!」
「業障?」龍立は冷笑し、立ち上がって武田の前にしゃがむ。そして乱暴に、襟を引き裂くように開いた。
武田の首から下がっていたのは、装飾の施されたプラスチックのペンダント。縁にはバリが残り、中央に不気味な“眼”の刻印。
「卸値五円のプラだ。いくらで買わされた? 五十万か? 百万円か?」龍立はペンダントを引きちぎり、ゴミ箱へ投げ捨てた。カンッ――乾いた音が、部屋に刺さる。
「俺を見ろ。答えろ」
武田は怒号に震え、龍立の眼――すべてを見抜くような冷たい瞳に捕まった瞬間、心の堤防が崩壊した。
「……母です……」武田は泣き崩れた。嗄れた咆哮。四十年分の痛みが、いっぺんに噴き出す。
「母は……ずっと信者でした。昨日……果物ナイフを首に当てたんです……僕の目の前で……血が出ました……僕が全財産を教会に捧げなかったら、その場で死ぬって……それで僕を呪って、地獄に落とすって……! 母は“宗教二世(Shūkyō Nisei)”の被害者で……僕もです! 子どもの頃、こづかいも週末もありませんでした! お年玉も全部、献金! やっと僕が成功したら……吸血鬼みたいに戻ってきた! 社長……無理なんです……母なんです……死ぬところを見られない……!」
技術の世界で風を起こす天才が、今は家族に殴られ続けた子どもみたいに床で丸くなっている。これが日本社会の腫瘍だ。宗教の名を借り、実態は恐喝。親情を人質にして家族を食い尽くし、骨の粉まで吸う。
「退職願は却下だ」龍立は立ち上がり、スーツを整える。冷酷なほど静かで、揺るがない声。
「金は一円も動かすな。オプションもロックだ。奪いに来るなら、俺のところへ来い」
「でも尊師が……払わなければ天罰が……母が……!」
「天罰?」龍立の眼に、暴力的な光が走る。獲物を見つけた狩人のそれ。
「いいだろう。会いに行く。“生き神さま”とやらをな。天罰が硬いか。俺の手段が硬いか――確かめよう」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?
嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】
ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。
見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。
大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!
神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。
「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる