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第一百一十三話 闇の狩猟
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時刻:午前2時00分
場所:東京湾第二海底トンネル 地下50m施工区間
巨大な地下迷宮。空気は湿り、土と油と、生乾きのコンクリが鼻を刺す。奥には盾構機が怪物のように眠っていた。龍立と土屋は黒鉄のロゴ入り作業服を着込み、ヘルメットを被り、影の中を進む。巡回警備の懐中電灯が、時おり闇を裂く。
「……あそこ……7号井」土屋は震える声で、巨大な排気口を指した。足場を登る。土屋が震える手でドライバーを差し込み、緩いタイルをこじ開ける。「……あった!」
中空レンガから、油紙で幾重にも包まれた金属ケースを引きずり出す。握り締める。心臓そのもののように。
その瞬間。「パッ……パッ……パッ!」薄暗い非常灯が、一斉に点灯した。刺すような白光が二人を晒す。
「捕まえた。鼠が二匹だ」無線から流れた声。黒鉄厳造。冷たく金属的で、空洞に反響し、恐怖が増幅する。
「土屋。戻ると思っていた。この工区には五百のセンサーを仕込んである。鼠が入っても分かる」
前後の通路が塞がる。鉄管、レンチを持ち、防毒マスクを被った“解体班”が、両側からじわじわ迫る。警備員じゃない。黒鉄の私兵。“面倒”を処理するための手だ。
厳造の声が続く。「USBを置いていけ。それから――お前らは壁に埋まれ。人柱(ひとばしら)だ。トンネルの安全祈願には丁度いい」
土屋の脚が抜け、足場から落ちかける。龍立が腕を掴み、冷静に耳元の骨伝導イヤホンを押した。「劉立(リュウリツ)。聞こえるか」
返ってきたのは、怠そうで、しかし興奮した声。キーボードの連打音が混じる。「バッチリだ、兄弟。GIGA互娱のサーバーから橋を架けた。ここの防火壁? ザルだよ。ゲームの初心者村以下。俺が乗っ取った。準備いい? 3、2、1……」
「――ジッ!」照明が全消灯した。世界が、完全な闇になる。暴徒たちが焦って怒鳴り、懐中電灯が乱舞する。
直後。耳を潰す轟音。劉立が天井の工業用高圧集塵ファンを遠隔起動し、出力を最大へ叩き上げた。暴風が唸り、砂塵とセメント粉が巻き上がり、室内砂嵐が発生する。視界ゼロ。
「目がぁ!」「咳が……!」
闇と粉塵の中で、龍立は言った。「俺に付け」
USBを胸へ押し込み、土屋の腕を引いて足場から跳ぶ。その感覚は、トロント地下格闘場の夜を思い出させた。感覚が研ぎ澄まされる。風が“眼”になる。
暴徒が鉄管を振り回す。空を裂く音。龍立は半身で外し、音で方角を割り出す。左手が手首を正確に掴み、捻り、右手の掌根が顎を叩く。
「……ゴキッ」相手は声も上げずに落ちた。鉄管を奪い、背後の気配へ反手で一撃。別の暴徒が掃き倒される。簡潔。致命。余分がない。“環境優位”が整ったこの闇で、龍立は狩人だった。
「右だ! 排水ダクト!」劉立が耳元で誘導する。「ゲート開けた!」
龍立が非常排水口の格子を蹴破り、土屋を押し込む。「滑れ!」
二人は苔で濡れた管内を、滑り台のように落ちた。下層の廃止点検区画へ着地し、通路を塞ぐ。追手は闇に取り残される。
午前5時。地上。龍立は泥まみれで這い出し、初光を浴びた。泥と汗にまみれたUSBを取り出し、即座に復号。兄・龍仁へ送信する。短信を添えて。
【兄貴、証拠は揃った】
【隧道の耐力壁、厚みが30%不足。鉄筋は全て粗悪品】
【今、お前は選べ。黒鉄を守るか、澄原を守るか】
澄原グループ本邸。龍仁は画面の赤い警告線を見た。偽造署名。手抜きの指示。顔から血の気が引く。財閥の後継者は冷酷だ。だが彼はさらに理性で生きる。黒鉄を守れば一時の面子は保てる。だがトンネルが落ちれば――万単位の死。澄原は永劫の清算に沈む。
龍仁は息を吸い、机の電話を押した。声は機械のように冷たい。「法務と広報を呼べ。声明を即時起草。澄原グループ内部監査により、黒鉄建設に重大な違法の疑い。全株を即時売却。全提携を凍結。証拠を東京地検特捜部へ提出する。切る。速く、狠く。メディアが気づく前に、先に自分を抜く」
場所:東京湾第二海底トンネル 地下50m施工区間
巨大な地下迷宮。空気は湿り、土と油と、生乾きのコンクリが鼻を刺す。奥には盾構機が怪物のように眠っていた。龍立と土屋は黒鉄のロゴ入り作業服を着込み、ヘルメットを被り、影の中を進む。巡回警備の懐中電灯が、時おり闇を裂く。
「……あそこ……7号井」土屋は震える声で、巨大な排気口を指した。足場を登る。土屋が震える手でドライバーを差し込み、緩いタイルをこじ開ける。「……あった!」
中空レンガから、油紙で幾重にも包まれた金属ケースを引きずり出す。握り締める。心臓そのもののように。
その瞬間。「パッ……パッ……パッ!」薄暗い非常灯が、一斉に点灯した。刺すような白光が二人を晒す。
「捕まえた。鼠が二匹だ」無線から流れた声。黒鉄厳造。冷たく金属的で、空洞に反響し、恐怖が増幅する。
「土屋。戻ると思っていた。この工区には五百のセンサーを仕込んである。鼠が入っても分かる」
前後の通路が塞がる。鉄管、レンチを持ち、防毒マスクを被った“解体班”が、両側からじわじわ迫る。警備員じゃない。黒鉄の私兵。“面倒”を処理するための手だ。
厳造の声が続く。「USBを置いていけ。それから――お前らは壁に埋まれ。人柱(ひとばしら)だ。トンネルの安全祈願には丁度いい」
土屋の脚が抜け、足場から落ちかける。龍立が腕を掴み、冷静に耳元の骨伝導イヤホンを押した。「劉立(リュウリツ)。聞こえるか」
返ってきたのは、怠そうで、しかし興奮した声。キーボードの連打音が混じる。「バッチリだ、兄弟。GIGA互娱のサーバーから橋を架けた。ここの防火壁? ザルだよ。ゲームの初心者村以下。俺が乗っ取った。準備いい? 3、2、1……」
「――ジッ!」照明が全消灯した。世界が、完全な闇になる。暴徒たちが焦って怒鳴り、懐中電灯が乱舞する。
直後。耳を潰す轟音。劉立が天井の工業用高圧集塵ファンを遠隔起動し、出力を最大へ叩き上げた。暴風が唸り、砂塵とセメント粉が巻き上がり、室内砂嵐が発生する。視界ゼロ。
「目がぁ!」「咳が……!」
闇と粉塵の中で、龍立は言った。「俺に付け」
USBを胸へ押し込み、土屋の腕を引いて足場から跳ぶ。その感覚は、トロント地下格闘場の夜を思い出させた。感覚が研ぎ澄まされる。風が“眼”になる。
暴徒が鉄管を振り回す。空を裂く音。龍立は半身で外し、音で方角を割り出す。左手が手首を正確に掴み、捻り、右手の掌根が顎を叩く。
「……ゴキッ」相手は声も上げずに落ちた。鉄管を奪い、背後の気配へ反手で一撃。別の暴徒が掃き倒される。簡潔。致命。余分がない。“環境優位”が整ったこの闇で、龍立は狩人だった。
「右だ! 排水ダクト!」劉立が耳元で誘導する。「ゲート開けた!」
龍立が非常排水口の格子を蹴破り、土屋を押し込む。「滑れ!」
二人は苔で濡れた管内を、滑り台のように落ちた。下層の廃止点検区画へ着地し、通路を塞ぐ。追手は闇に取り残される。
午前5時。地上。龍立は泥まみれで這い出し、初光を浴びた。泥と汗にまみれたUSBを取り出し、即座に復号。兄・龍仁へ送信する。短信を添えて。
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