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第3部 周りと仲良くしろと言われました
11.かつての想いが流れてきたようです
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もふもふ~もふもふ~と白虎の毛に埋もれて香子の顔が溶けたところで、白雲が戻ってきた。
『白虎様、花嫁様、失礼します』
寝室の入口から白雲の声がかかった。
『……入れ』
『はっ』
バスよりも低い、唸るような返事を受け、白雲は寝室に一歩足を踏み入れた。
『……愛し合っているとは思わなんだか』
『そんな甲斐性がおありでしたら、花嫁様もそれほど悩まれることはないでしょう』
『……手厳しいな』
白雲がしれっと答える。白虎は苦笑した。
そういうの甲斐性っていうのかなと香子は内心首を傾げたが、下手なことを言って蛇が出てきても困るので白虎の毛に埋もれたまま黙っていた。が、さすがに寝転がったままはどうかと思い身体を起こした。途端白虎のしっぽがくるんとおなかの辺りに巻き付いてくる。香子は思わず顔を綻ばせた。
『どうでしたか?』
一応取り繕ってみたが、白雲にもバレていただろう。
『趙殿に尋ねましたところ、早ければ早いほどいいという返答でございました』
『……そうよね』
あと一月ある、というよりあと一月しかない。すでに大祭の準備期間である。できれば前向きに検討したいが、実際のところどうなるのかは未知数である。
『兄らを呼んで、試してみるか』
『それでもいいとは思うんですけど、それで受け入れられなかったらと思うと……』
もしトラウマになってしまったとしたら、なかなか白虎を受け入れることはかなわないのではないかと香子は思うのだ。
『香子』
もふっとした前足が香子の手に重ねられる。正直すごく撫でたい。
『そなたが無理だと思うのならば、当分せずともよい。我はそなたを愛しているし、抱きたいとも思っているが、そなたの涙は見とうない』
香子は思わず白虎の前足をぎゅっと抱きしめた。
『……もう何日か、考えさせてください』
『それがよかろう』
答えはでないのかもしれない。香子はぼんやりと思った。
その日の夜も、いつも通り玄武と朱雀に抱かれて眠りについた。
そうしてまた、こんな夢を見た。
* *
なんであたしなんだろう。
涙が後から後から溢れて止まらない。人型の白虎様にはようやく慣れてきた。だけどひとたび白虎様が欲情すると白い虎の姿になってしまう。あたしは悲鳴を上げて逃げようとするけど、「張燕、我だ。白虎だ」と唸るように言われて捕らえられてしまう。
「ごめんなさい! ごめんなさい白虎様、やっぱりあたしには無理です……!」
その瞳がどんなに熱をはらんで自分を見ているのか、わかってはいても怖いものは怖い。頭からばりばりと食べられてしまうのではないかという恐怖は、そう簡単になくなるものではなかった。
他の神様たちはいつも遠巻きにあたしを見ていた。もちろん他の神様に抱かれるなんて選択肢はあたしの中にもなかったけど、口を聞くことも許されないというのは思ったより堪えた。
白虎様の眷属はあたしの世話を率先してしてくれたけど、それはあたしが四神の花嫁だからであって、そうでなければただの世間知らずの小娘を大事にしてくれるはずもない。
どうしたらいいんだろう。
あたしは途方に暮れた。
いっそのこと、あたしが死んでしまえばいいのだろうか。四神に抱かれることのできない花嫁など花嫁ではないだろう。あたしがこの世から消えてなくなれば、きっと次の花嫁が現れるだろう。その方が白虎様の為にもなると思った。
どうしたら誰にも知られずに死ぬことができるだろうかと考えていたら、白虎様の腕の中に囚われてしまった。
「……そなに思い詰めるほど嫌か……」
「……違うんです……怖いんです……」
嫌いなのではない。ただただ怖いのだ。
お互いのことを話し、何度も試した。
話し合ったことが功を奏したのか、どうにか白虎様を受け入れることができた。最初は死ぬかと思ったけど、その後はすぐに何も考えられなくなった。
当然だけど、食べられたりもしなかった。別の意味で、することは食べられるともいうのだと聞いた。あたしは笑ってしまった。
……そうよね。一度ですんなりいくはずはないわよね。
いっぱい泣いて、いっぱい悩んで、話し合って、歩み寄って……そうして夫婦(めおと)になるのだわ。
ゆっくりと意識が浮上する。
目を開ければ、一番最初に見えたのは玄武だった。
『香子』
『……おはようございます』
愛しくてならないという視線が心地良い。その眼差しは先代の白虎のものとも似通っているように香子には思えた。
『おなかがすきました』
『用意させよう』
先代の白虎の想いがまだ揺蕩っているように思える。
(貴方は張燕を……先代の花嫁をそんなにも愛していたのですね)
置いて逝かなければならなかった悲しみが届く。香子はそっと涙を流した。
ーーーーー
先代の花嫁については第二部62話参照のこと。
『白虎様、花嫁様、失礼します』
寝室の入口から白雲の声がかかった。
『……入れ』
『はっ』
バスよりも低い、唸るような返事を受け、白雲は寝室に一歩足を踏み入れた。
『……愛し合っているとは思わなんだか』
『そんな甲斐性がおありでしたら、花嫁様もそれほど悩まれることはないでしょう』
『……手厳しいな』
白雲がしれっと答える。白虎は苦笑した。
そういうの甲斐性っていうのかなと香子は内心首を傾げたが、下手なことを言って蛇が出てきても困るので白虎の毛に埋もれたまま黙っていた。が、さすがに寝転がったままはどうかと思い身体を起こした。途端白虎のしっぽがくるんとおなかの辺りに巻き付いてくる。香子は思わず顔を綻ばせた。
『どうでしたか?』
一応取り繕ってみたが、白雲にもバレていただろう。
『趙殿に尋ねましたところ、早ければ早いほどいいという返答でございました』
『……そうよね』
あと一月ある、というよりあと一月しかない。すでに大祭の準備期間である。できれば前向きに検討したいが、実際のところどうなるのかは未知数である。
『兄らを呼んで、試してみるか』
『それでもいいとは思うんですけど、それで受け入れられなかったらと思うと……』
もしトラウマになってしまったとしたら、なかなか白虎を受け入れることはかなわないのではないかと香子は思うのだ。
『香子』
もふっとした前足が香子の手に重ねられる。正直すごく撫でたい。
『そなたが無理だと思うのならば、当分せずともよい。我はそなたを愛しているし、抱きたいとも思っているが、そなたの涙は見とうない』
香子は思わず白虎の前足をぎゅっと抱きしめた。
『……もう何日か、考えさせてください』
『それがよかろう』
答えはでないのかもしれない。香子はぼんやりと思った。
その日の夜も、いつも通り玄武と朱雀に抱かれて眠りについた。
そうしてまた、こんな夢を見た。
* *
なんであたしなんだろう。
涙が後から後から溢れて止まらない。人型の白虎様にはようやく慣れてきた。だけどひとたび白虎様が欲情すると白い虎の姿になってしまう。あたしは悲鳴を上げて逃げようとするけど、「張燕、我だ。白虎だ」と唸るように言われて捕らえられてしまう。
「ごめんなさい! ごめんなさい白虎様、やっぱりあたしには無理です……!」
その瞳がどんなに熱をはらんで自分を見ているのか、わかってはいても怖いものは怖い。頭からばりばりと食べられてしまうのではないかという恐怖は、そう簡単になくなるものではなかった。
他の神様たちはいつも遠巻きにあたしを見ていた。もちろん他の神様に抱かれるなんて選択肢はあたしの中にもなかったけど、口を聞くことも許されないというのは思ったより堪えた。
白虎様の眷属はあたしの世話を率先してしてくれたけど、それはあたしが四神の花嫁だからであって、そうでなければただの世間知らずの小娘を大事にしてくれるはずもない。
どうしたらいいんだろう。
あたしは途方に暮れた。
いっそのこと、あたしが死んでしまえばいいのだろうか。四神に抱かれることのできない花嫁など花嫁ではないだろう。あたしがこの世から消えてなくなれば、きっと次の花嫁が現れるだろう。その方が白虎様の為にもなると思った。
どうしたら誰にも知られずに死ぬことができるだろうかと考えていたら、白虎様の腕の中に囚われてしまった。
「……そなに思い詰めるほど嫌か……」
「……違うんです……怖いんです……」
嫌いなのではない。ただただ怖いのだ。
お互いのことを話し、何度も試した。
話し合ったことが功を奏したのか、どうにか白虎様を受け入れることができた。最初は死ぬかと思ったけど、その後はすぐに何も考えられなくなった。
当然だけど、食べられたりもしなかった。別の意味で、することは食べられるともいうのだと聞いた。あたしは笑ってしまった。
……そうよね。一度ですんなりいくはずはないわよね。
いっぱい泣いて、いっぱい悩んで、話し合って、歩み寄って……そうして夫婦(めおと)になるのだわ。
ゆっくりと意識が浮上する。
目を開ければ、一番最初に見えたのは玄武だった。
『香子』
『……おはようございます』
愛しくてならないという視線が心地良い。その眼差しは先代の白虎のものとも似通っているように香子には思えた。
『おなかがすきました』
『用意させよう』
先代の白虎の想いがまだ揺蕩っているように思える。
(貴方は張燕を……先代の花嫁をそんなにも愛していたのですね)
置いて逝かなければならなかった悲しみが届く。香子はそっと涙を流した。
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先代の花嫁については第二部62話参照のこと。
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