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第3部 周りと仲良くしろと言われました
29.異世界は不思議がいっぱいなのです
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卓の位置が元に戻され、茶器が用意されている。この茶器の美しい色合いが香子は好きだった。
宜興紫砂壺―中国茶器といえばそれが有名である。江蘇省宜興で作られるこの茶器は、北宋の時代(宋代960-1127年)には既に誕生していたと考える学者もいるらしい。
しかしこちらの世界には宋という時代は存在しない。ずっと時代は唐である。唐代のまま、文化が元の世界と似たような時期に発展しているのが不思議ではある。そこらへんを是非とも追求したいところではあるが、酒といい、陶磁器といい、調べ始めたらきりがないので今調べるべきではないだろう。
(考えない考えない……)
香子はとりあえず己の知識欲に蓋をした。
『本日のお茶は……人参烏龍ですね』
張錦飛は嬉しそうに、己の白く長い髭を撫でた。
『ほうほう。こちらに来るといつもおいしいお茶を飲めますなぁ。しかも花嫁様手づから淹れていただける。贅沢な話です』
『お茶を淹れるのは、好きですから』
熱石のおかげで常に高温のお湯を使えるし、香子としてもにこにこである。しかしこの人参烏龍茶というのも不思議なもので、元の世界では高麗人参や西洋人参の粉末を混ぜたりしている。ではこの世界の人参はどこから? というと大陸の東北、長白山で採れるらしい。本来長白山脈は大陸と北朝鮮にまたがっているが、この世界に北朝鮮はない。半島自体は存在しているかもしれないが、国としては形成されていない。なんだかもう調べたいことがいっぱいだと、香子は心のメモに書き込むのだった。
一口啜れば生薬の香りがし、口の中に甘味が広がる。
(おいしい……)
『おお、甘いですなぁ……この歳になりますとあまり飲んだり食べたりということができなくなります』
『はい』
『ですから量は少なくてもおいしいものをいただきたいと思うのですよ』
『そうなのですね』
本当は張に四神の神官について聞こうと思っていたのだが、昨夜の散歩がバレているようなのでなんとも聞きづらい。昨夜は何用で天壇に? などと聞かれたら侍女に夜中の散歩を知られてしまう。かといってここで人払いをするのも不自然だしと、香子は眉間に皺を寄せた。
二杯、三杯と杯を重ねて、張が口を開いた。
『花嫁様、何かこの老人に聞きたいことがおありですかな?』
きた、と香子は思った。
『……あるにはあるのですが、急ぎではありませんので』
『そうですか。……最近は随分と日が落ちるのが早くなっておりますな』
『……そうですね』
ただの世間話とはとても思えなくて、なんだろうと香子は内心どきどきした。
『花嫁様がご存知の通り、わしは四神の神官でもあります』
『はい』
『ですのでたまに天壇へ参ることもあるのですが、昨日はちょうどその日でしてな』
『……そうだったのですか』
『天壇の敷地内を掃き清め、調度品を丁寧に磨き、祈りを捧げ、神官として歴史を紐解く。祈りを捧げたいと望む者があれば導き、共に祈りを捧げと……このように過ごすのですよ』
『ほう……』
静かなものなのだなと香子は頷く。はからずしも神官の過ごし方を聞けてしまった。
『中秋は天壇を使うことはありませぬ故、久しぶりの訪れでつい時間を忘れてしまいましてな。気が付いたら真っ暗で、その中を帰るのは憚られました。天壇の夜もまた趣があると、ついつい夜更かしをしてしまいました』
『では、張老師が館に帰られたのは朝なのですか』
香子は少し驚いた。
『そうなりますな』
『とても疲れておいでではありませんか。そういうことでしたら……』
早めに切り上げて帰さなくてはと香子は内心慌てたが、張にやんわりと断られてしまった。
『いやいや、昨夜は慣れないことをしたせいかつい興奮してしまいましてな。その興奮が未だ冷めやらぬのですよ。どうかもう少しこの老人にお付き合いくだされ』
『そういうことでしたら……』
立ち上がりかけた腰を下ろし、お茶を淹れて香子は少し落ち着いた。
つまり、昨夜たまたま天壇にいた張は白虎と玄武の飛ぶ姿を見たのだろう。それはとても興奮しただろうし、未だに冷めやらぬというのもわかる気がする。夜だから、真っ暗だから、真面目に身体を消したりはしていなかったのだろうと香子は想像する。さすがに降り立ってからは見えないようにしてくれただろうが、随分とうかつだったなと香子は反省した。
それから、他愛のない話をして張は帰って行った。上機嫌であったが、帰り着いた途端疲れがどっと、なんてことにならないことを香子は祈った。見た目は老人だし、実際にそれなりに歳を重ねているが気持ちだけはとても若い。
(張り切りすぎて何かやらかさなきゃいいけど……)
香子は張の身を案じた。
さて、人のことより自分のことである。
まずはお昼ご飯だと、香子はにっこりと笑んだ侍女に連れられて自分の部屋に戻される。そうして侍女が満足するまで着せ替え人形になる。四神宮の中なのだからもう少し簡素でもいいと思うのだが、これは彼女たちの楽しみのようなのでもうどうにでもしてくれという気持ちだった。しかし指甲套(爪カバー)だけは抵抗させてもらう。
『ごはんは自分で食べたいからそれは嫌』
『爪を守る為です』
『そんなに爪を使うこととかないから!』
今でこそ貴族の奥様なども使っているようだが、本来は皇后や皇帝の妃以外はつけられなかったはずである。
(私は皇帝の妃じゃないし!)
そんな思いもあり、香子は断固抵抗するのだった。
宜興紫砂壺―中国茶器といえばそれが有名である。江蘇省宜興で作られるこの茶器は、北宋の時代(宋代960-1127年)には既に誕生していたと考える学者もいるらしい。
しかしこちらの世界には宋という時代は存在しない。ずっと時代は唐である。唐代のまま、文化が元の世界と似たような時期に発展しているのが不思議ではある。そこらへんを是非とも追求したいところではあるが、酒といい、陶磁器といい、調べ始めたらきりがないので今調べるべきではないだろう。
(考えない考えない……)
香子はとりあえず己の知識欲に蓋をした。
『本日のお茶は……人参烏龍ですね』
張錦飛は嬉しそうに、己の白く長い髭を撫でた。
『ほうほう。こちらに来るといつもおいしいお茶を飲めますなぁ。しかも花嫁様手づから淹れていただける。贅沢な話です』
『お茶を淹れるのは、好きですから』
熱石のおかげで常に高温のお湯を使えるし、香子としてもにこにこである。しかしこの人参烏龍茶というのも不思議なもので、元の世界では高麗人参や西洋人参の粉末を混ぜたりしている。ではこの世界の人参はどこから? というと大陸の東北、長白山で採れるらしい。本来長白山脈は大陸と北朝鮮にまたがっているが、この世界に北朝鮮はない。半島自体は存在しているかもしれないが、国としては形成されていない。なんだかもう調べたいことがいっぱいだと、香子は心のメモに書き込むのだった。
一口啜れば生薬の香りがし、口の中に甘味が広がる。
(おいしい……)
『おお、甘いですなぁ……この歳になりますとあまり飲んだり食べたりということができなくなります』
『はい』
『ですから量は少なくてもおいしいものをいただきたいと思うのですよ』
『そうなのですね』
本当は張に四神の神官について聞こうと思っていたのだが、昨夜の散歩がバレているようなのでなんとも聞きづらい。昨夜は何用で天壇に? などと聞かれたら侍女に夜中の散歩を知られてしまう。かといってここで人払いをするのも不自然だしと、香子は眉間に皺を寄せた。
二杯、三杯と杯を重ねて、張が口を開いた。
『花嫁様、何かこの老人に聞きたいことがおありですかな?』
きた、と香子は思った。
『……あるにはあるのですが、急ぎではありませんので』
『そうですか。……最近は随分と日が落ちるのが早くなっておりますな』
『……そうですね』
ただの世間話とはとても思えなくて、なんだろうと香子は内心どきどきした。
『花嫁様がご存知の通り、わしは四神の神官でもあります』
『はい』
『ですのでたまに天壇へ参ることもあるのですが、昨日はちょうどその日でしてな』
『……そうだったのですか』
『天壇の敷地内を掃き清め、調度品を丁寧に磨き、祈りを捧げ、神官として歴史を紐解く。祈りを捧げたいと望む者があれば導き、共に祈りを捧げと……このように過ごすのですよ』
『ほう……』
静かなものなのだなと香子は頷く。はからずしも神官の過ごし方を聞けてしまった。
『中秋は天壇を使うことはありませぬ故、久しぶりの訪れでつい時間を忘れてしまいましてな。気が付いたら真っ暗で、その中を帰るのは憚られました。天壇の夜もまた趣があると、ついつい夜更かしをしてしまいました』
『では、張老師が館に帰られたのは朝なのですか』
香子は少し驚いた。
『そうなりますな』
『とても疲れておいでではありませんか。そういうことでしたら……』
早めに切り上げて帰さなくてはと香子は内心慌てたが、張にやんわりと断られてしまった。
『いやいや、昨夜は慣れないことをしたせいかつい興奮してしまいましてな。その興奮が未だ冷めやらぬのですよ。どうかもう少しこの老人にお付き合いくだされ』
『そういうことでしたら……』
立ち上がりかけた腰を下ろし、お茶を淹れて香子は少し落ち着いた。
つまり、昨夜たまたま天壇にいた張は白虎と玄武の飛ぶ姿を見たのだろう。それはとても興奮しただろうし、未だに冷めやらぬというのもわかる気がする。夜だから、真っ暗だから、真面目に身体を消したりはしていなかったのだろうと香子は想像する。さすがに降り立ってからは見えないようにしてくれただろうが、随分とうかつだったなと香子は反省した。
それから、他愛のない話をして張は帰って行った。上機嫌であったが、帰り着いた途端疲れがどっと、なんてことにならないことを香子は祈った。見た目は老人だし、実際にそれなりに歳を重ねているが気持ちだけはとても若い。
(張り切りすぎて何かやらかさなきゃいいけど……)
香子は張の身を案じた。
さて、人のことより自分のことである。
まずはお昼ご飯だと、香子はにっこりと笑んだ侍女に連れられて自分の部屋に戻される。そうして侍女が満足するまで着せ替え人形になる。四神宮の中なのだからもう少し簡素でもいいと思うのだが、これは彼女たちの楽しみのようなのでもうどうにでもしてくれという気持ちだった。しかし指甲套(爪カバー)だけは抵抗させてもらう。
『ごはんは自分で食べたいからそれは嫌』
『爪を守る為です』
『そんなに爪を使うこととかないから!』
今でこそ貴族の奥様なども使っているようだが、本来は皇后や皇帝の妃以外はつけられなかったはずである。
(私は皇帝の妃じゃないし!)
そんな思いもあり、香子は断固抵抗するのだった。
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