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第3部 周りと仲良くしろと言われました
30.きっかけがあればいいと思うのです
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今日も元気だ。お昼ご飯がおいしい。きのこがおいしい季節だなと香子は思う。というか、秋の味覚はなんでもおいしい。
(食欲の秋とはよく言ったもの……)
大陸に来た秋、香子は大陸の旅行社を通じて旅行をした。洛陽、嵩山、鄭州、開封と河南省の街を訪れた。嵩山には少林寺がある。鄭州でガイドさんが焼き栗を買ってくれた。皮が剥きづらくて、ガイドさんが見かねて剥いてくれたことを香子は思い出す。
(栗ごはんもおいしいよね)
皮を剥くのがたいへんだけど。そして、きのこごはんもおいしそうだと香子は思った。
(それよりきのこ鍋がいいかしら)
香子の頭の中は食べ物のことでいっぱいで、まったくもって色気がない。
『香子、如何した?』
青龍に声をかけられてはっとした。
『随分と機嫌よさそうだ』
『ええ、はい……まぁ……』
香子としてはちょっと恥ずかしかったが、隠すようなことでもないので正直に答えることにした。
『秋の、食べ物について考えていました。実りの季節はいろいろな食べ物があるなぁと……』
『そうか。香子は食べることが好きだな』
『ええ、大好きです』
香子はどちらかといえばスイーツよりごはんが好きだ。中華料理が大好きな香子は毎日の食事に満足している。それでもふと、納豆食べたいななんて思う時もあるのだが。
(大豆を藁で包むんだっけ? 私は大好きだけど見た目がなぁ……)
作ってくれと言って作らせるのも酷だと香子は思う。あの匂いと見た目でギブアップされるような気がするのだ。香子は離乳食の頃から食べている物だから全く違和感がないが、大人になってから食べるのは厳しいだろう。もちろん食べる人がいないとは言わない。
時期は過ぎたが枝豆が食べたくなった。
『ねぇ、夜は雪菜炒毛豆(枝豆と漬物の炒め)が食べたいわ。まだ毛豆ってあるのかしら?』
『聞いて参ります』
『なかったらかまわないから、そう伝えておいて』
侍女にそう言って、昼食を終えた。もう秋だから季節がずれていたら食べられない。わざわざ南方から取り寄せてまで食べたくはない。香子は楊貴妃ではないのだ。
(んー、でも眷属に頼んで届けさせるとかありなのかな。南っていったら朱雀様の領地があるんだよね)
そして考えるだけなら自由だ。
今日は青龍と過ごす日である。香子は青龍の腕に抱かれて青龍の室に移動した。青龍の室の東側はちょっとした庭になっている。
『外でお茶がしたいです』
といえば青藍が動いて支度を整えさせた。このぐらいのわがままならばわがままに入らないようだ。ならばわがままとはどういうことを言うのかといえば、高い装飾品をねだったり、なかなか手に入らないような珍味を食べさせろと言ったりすることらしい。でもそれをどう思うかは皇帝次第だろうと香子は思う。皇帝がしっかりと財布の紐を締めておけばいいだけの話だ。もちろん皇后に金をかけるのは当たり前だが。
ふわりと吹く、秋の風が心地いい。さすがに風は自然のものだろう。
『だんだん日が短くなってきましたね』
『そうだな』
ジャスミンの花が入った烏龍茶を飲む。白い花が綺麗だなと香子は思った。
秋なのだ。
中秋節が近づいてきている。
香子は目を伏せた。
すこぶる簡単な話なのだ。ただ、白虎に身を委ねればいいだけ。
だがそれをするには勇気が足りない。
(青龍様の時ってどうしたんだっけ……)
香子は夏の記憶を辿った。あの時もうだうだもだもだしていた。白虎の毛に埋もれて、肉球を触らせてもらって……。
『ああ……』
ため息が漏れた。
(流されたんだった……)
香子の葛藤とか、そういうものは青龍に筒抜けになって、あれよあれよという間に甘く奪われた。
『香子、如何した?』
青龍に聞かれて赤面した。
『ええと、その……秋の大祭のことを……』
青龍は眉を寄せた。
『我には……何故そなたがそこまで悩むのか理解はできぬ』
香子は頷いた。青龍の言いたいこともなんとなくわかる。乱暴な話、香子は四神の花嫁なのだから四神全員を受け入れることが自然なのだろう。全員に抱かれていないから香子は不安定なのだという。香子からしたらとんでもない話だが、そういうものなのだと言われてしまえばそうなのかと納得するしかない。
『でしょうね』
香子の葛藤とか、無駄な抵抗とか、考えたらきりがない。
『うーん……』
だからといって白虎も強引に香子を奪う気はなさそうだ。きっと先代の白虎の行いのせいで遠慮しているのかもしれない。だがもう香子は白虎以外とは肌を合わせているのだ。白虎が遠慮する必要などないのである。
『青龍様、白虎様って、もし、私としたら独占欲激しくなったりするんですかね?』
『独占欲とは?』
『ええと、玄武様とか、朱雀様に私が抱かれるのを嫌がるとか……』
外でなんの話をしているのだろうと香子は思う。
『それはなかろう』
それならばいいではないか。香子は少しだけ開き直った。
『そうなんですか』
もし、と思う。
(夕飯に雪菜炒毛豆が出てきたら、覚悟を決めよう)
そう、ただ今はきっかけがほしいだけである。だって香子は、白虎を思い浮かべると好きだなぁと思うのだから。
ーーーー
青龍に抱かれる前段階については第二部75話参照のこと。
(食欲の秋とはよく言ったもの……)
大陸に来た秋、香子は大陸の旅行社を通じて旅行をした。洛陽、嵩山、鄭州、開封と河南省の街を訪れた。嵩山には少林寺がある。鄭州でガイドさんが焼き栗を買ってくれた。皮が剥きづらくて、ガイドさんが見かねて剥いてくれたことを香子は思い出す。
(栗ごはんもおいしいよね)
皮を剥くのがたいへんだけど。そして、きのこごはんもおいしそうだと香子は思った。
(それよりきのこ鍋がいいかしら)
香子の頭の中は食べ物のことでいっぱいで、まったくもって色気がない。
『香子、如何した?』
青龍に声をかけられてはっとした。
『随分と機嫌よさそうだ』
『ええ、はい……まぁ……』
香子としてはちょっと恥ずかしかったが、隠すようなことでもないので正直に答えることにした。
『秋の、食べ物について考えていました。実りの季節はいろいろな食べ物があるなぁと……』
『そうか。香子は食べることが好きだな』
『ええ、大好きです』
香子はどちらかといえばスイーツよりごはんが好きだ。中華料理が大好きな香子は毎日の食事に満足している。それでもふと、納豆食べたいななんて思う時もあるのだが。
(大豆を藁で包むんだっけ? 私は大好きだけど見た目がなぁ……)
作ってくれと言って作らせるのも酷だと香子は思う。あの匂いと見た目でギブアップされるような気がするのだ。香子は離乳食の頃から食べている物だから全く違和感がないが、大人になってから食べるのは厳しいだろう。もちろん食べる人がいないとは言わない。
時期は過ぎたが枝豆が食べたくなった。
『ねぇ、夜は雪菜炒毛豆(枝豆と漬物の炒め)が食べたいわ。まだ毛豆ってあるのかしら?』
『聞いて参ります』
『なかったらかまわないから、そう伝えておいて』
侍女にそう言って、昼食を終えた。もう秋だから季節がずれていたら食べられない。わざわざ南方から取り寄せてまで食べたくはない。香子は楊貴妃ではないのだ。
(んー、でも眷属に頼んで届けさせるとかありなのかな。南っていったら朱雀様の領地があるんだよね)
そして考えるだけなら自由だ。
今日は青龍と過ごす日である。香子は青龍の腕に抱かれて青龍の室に移動した。青龍の室の東側はちょっとした庭になっている。
『外でお茶がしたいです』
といえば青藍が動いて支度を整えさせた。このぐらいのわがままならばわがままに入らないようだ。ならばわがままとはどういうことを言うのかといえば、高い装飾品をねだったり、なかなか手に入らないような珍味を食べさせろと言ったりすることらしい。でもそれをどう思うかは皇帝次第だろうと香子は思う。皇帝がしっかりと財布の紐を締めておけばいいだけの話だ。もちろん皇后に金をかけるのは当たり前だが。
ふわりと吹く、秋の風が心地いい。さすがに風は自然のものだろう。
『だんだん日が短くなってきましたね』
『そうだな』
ジャスミンの花が入った烏龍茶を飲む。白い花が綺麗だなと香子は思った。
秋なのだ。
中秋節が近づいてきている。
香子は目を伏せた。
すこぶる簡単な話なのだ。ただ、白虎に身を委ねればいいだけ。
だがそれをするには勇気が足りない。
(青龍様の時ってどうしたんだっけ……)
香子は夏の記憶を辿った。あの時もうだうだもだもだしていた。白虎の毛に埋もれて、肉球を触らせてもらって……。
『ああ……』
ため息が漏れた。
(流されたんだった……)
香子の葛藤とか、そういうものは青龍に筒抜けになって、あれよあれよという間に甘く奪われた。
『香子、如何した?』
青龍に聞かれて赤面した。
『ええと、その……秋の大祭のことを……』
青龍は眉を寄せた。
『我には……何故そなたがそこまで悩むのか理解はできぬ』
香子は頷いた。青龍の言いたいこともなんとなくわかる。乱暴な話、香子は四神の花嫁なのだから四神全員を受け入れることが自然なのだろう。全員に抱かれていないから香子は不安定なのだという。香子からしたらとんでもない話だが、そういうものなのだと言われてしまえばそうなのかと納得するしかない。
『でしょうね』
香子の葛藤とか、無駄な抵抗とか、考えたらきりがない。
『うーん……』
だからといって白虎も強引に香子を奪う気はなさそうだ。きっと先代の白虎の行いのせいで遠慮しているのかもしれない。だがもう香子は白虎以外とは肌を合わせているのだ。白虎が遠慮する必要などないのである。
『青龍様、白虎様って、もし、私としたら独占欲激しくなったりするんですかね?』
『独占欲とは?』
『ええと、玄武様とか、朱雀様に私が抱かれるのを嫌がるとか……』
外でなんの話をしているのだろうと香子は思う。
『それはなかろう』
それならばいいではないか。香子は少しだけ開き直った。
『そうなんですか』
もし、と思う。
(夕飯に雪菜炒毛豆が出てきたら、覚悟を決めよう)
そう、ただ今はきっかけがほしいだけである。だって香子は、白虎を思い浮かべると好きだなぁと思うのだから。
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青龍に抱かれる前段階については第二部75話参照のこと。
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