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第4部 四神を愛しなさいと言われました
5.それをしたいのは誰なのかを考えます
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その日は張錦飛が来て、いつも通り香子に書を教えた。
ため息混じりなのも変わらない。青龍は書を教えてくれたりするが、最近四神はことあるごとに香子を抱こうとする。自重しなくなったということなのだろうが、それが別に嫌ではない香子からすると困ってしまうのだ。
『花嫁様の字はどうにもなかなか……味わい深いですな』
『張老師、はっきり言っていただいてかまいません……』
いい筆を使わせてもらっていても所詮は香子である。ましてや苦手な書が一朝一夕でうまくなるはずもない。それでも努力はある程度実を結んでおり、香子としては以前よりは見られるようになってきたと思ってはいる。ただそれは香子の欲目なのかどうかまでは、香子にもわからなかった。
『好者能精(好きこそ物の上手なれ)とも申しますが、花嫁様は字を書くことが好きではなさそうです』
『はい。筆で字を書くのは苦手です』
香子はシャーペンやボールペンで読める字は書けるが、それも決してうまいとは言えないし自分の字を見ては「決してうまくはないなぁ」と思うこともしばしばある。それは元々字がうまくなりたいという欲求が少ないせいだろう。
『筆でなければ……ですか』
張にも思うところはあるようだ。
『字を書く、というか何かを書くことはどちらかといえば好きです。ですが、今までは読めさえすればいいという頭でしたので、字の美しさ等を気にしたことはありませんでした』
字が汚いとかつて誰かに言われたことを思い出して、香子は嫌な気持ちになった。
『花嫁様は、今は字を綺麗に書きたいと考えてはいらっしゃいますか?』
『はい。綺麗に書きたいです。ただ、苦手意識がどうしても出てしまいます』
『ふむ……ではその苦手意識を克服するところから始めなければなりませぬな』
『そう、ですね』
苦手意識の払拭はどうしたらいいのだろうかと、香子はぼんやり考えた。
『張老師、私の字は少しはよくなっているのでしょうか?』
『現状把握は大事ですな。うまくなっておりますよ。ただ、どうしても時間を置いてしまうとそのうまくなった部分が雑になる傾向はあります。しっかり意識して書くようにしましょう』
『はい、ありがとうございます』
雑念が多すぎることを香子は気づいていた。だがそれも仕方ないことではある。春節が控えているのだ。
衣裳に使う布も大量に取り寄せたようなことを皇太后が言っていた。皇后も一緒になって取り寄せたらしく、明日には色合わせに向かわなければいけない。皇太后や皇后は香子にかまわず自分たちの衣裳を作った方がいいのではないかと香子は内心嘆息した。
『では本日はここまでとしましょう』
『張老師、ありがとうございました』
『なに、花嫁様は冬の大祭のことで頭がいっぱいでしょう』
ほっほっほっと己の髭を撫でながら張が笑う。やっぱりバルタン星人だなと香子は思った。
侍女たちが部屋を片付けてお茶の準備をするまでは茶室の外へ出た。空はしっかり冬の空である。どこまでも晴れているのにその光はそれほど暖かいものではない。
『四神宮は外でも暖かいですな』
張は晴れやかな表情をしていた。
『そうですか?』
『はい。確かに、こう……時折吹く風は冷たいのですが、全体的に四神宮の中は暖かいです。いくら暖石を持っていても冬の寒さは厳しいですからな』
『それは……確かにそうですね』
『花嫁様は暖石はお持ちで?』
『いえ、私は持っていません』
張は目を見開いた。
『四神宮の外に出ることがないからですかな? それとも若さでしょうか』
『あの……私はほとんど四神と一緒にいるのであまりそういった物が必要ないのです』
『ああ、確かにそうでしたな』
お互いにそんなことを話している間にお茶の準備が整ったようだった。
『花嫁様、張様、お待たせしました。どうぞ』
延夕玲に促されて席につく。こんな冬の寒い日に客人を廊下で待たせるなんてと言われてしまいそうだが、四神宮はそもそも人が立ち入るようにはできていない。それと、四神がいる間の四神宮は常に快適な気温に保たれているので、どこにいても基本快適に過ごせるのだ。椅子ぐらい用意すべきだったのかもしれないが、張はそういうことを気にする相手でもなかった。
お茶を淹れてもらい、一口飲む。香子も張もほうっと息を吐いた。いくら四神宮の中が快適な気温で保たれているとはいっても、一杯の温かいお茶にはかなわない。
『張老師、冬の大祭の件なのですが……』
張はにっこりした。
『花嫁様は玄武様と共に出ていただけるのでしたな』
『はい』
『では今年の祭祀は天壇で行うことになりましょう。玄武様の御姿が見られるなど、わしは果報者でございますな』
『……その、玄武様は朱雀様や青龍様のようには空は飛ばないと思うのですが……』
『玄武様の御姿で空を飛ばれたら年寄りが一斉に腰を抜かしそうですな』
『そう、ですね……』
『花嫁様』
いつのまにか少し俯いていた顔を香子は上げた。
『春の大祭は特別であったとわしは考えております。あのようなことが二度三度と続く必要はございません。それに、祭祀をしたいのはわしらであり、四神と花嫁様ではございませぬ。四神も花嫁様もお好きに振舞われればよろしいのです』
『はい、ありがとうございます』
香子は、またなんとなく身体に力が入っていたことにようやく気付いた。
やはり張と話をするのは為になる。ありがたいことだと香子は思った。
ため息混じりなのも変わらない。青龍は書を教えてくれたりするが、最近四神はことあるごとに香子を抱こうとする。自重しなくなったということなのだろうが、それが別に嫌ではない香子からすると困ってしまうのだ。
『花嫁様の字はどうにもなかなか……味わい深いですな』
『張老師、はっきり言っていただいてかまいません……』
いい筆を使わせてもらっていても所詮は香子である。ましてや苦手な書が一朝一夕でうまくなるはずもない。それでも努力はある程度実を結んでおり、香子としては以前よりは見られるようになってきたと思ってはいる。ただそれは香子の欲目なのかどうかまでは、香子にもわからなかった。
『好者能精(好きこそ物の上手なれ)とも申しますが、花嫁様は字を書くことが好きではなさそうです』
『はい。筆で字を書くのは苦手です』
香子はシャーペンやボールペンで読める字は書けるが、それも決してうまいとは言えないし自分の字を見ては「決してうまくはないなぁ」と思うこともしばしばある。それは元々字がうまくなりたいという欲求が少ないせいだろう。
『筆でなければ……ですか』
張にも思うところはあるようだ。
『字を書く、というか何かを書くことはどちらかといえば好きです。ですが、今までは読めさえすればいいという頭でしたので、字の美しさ等を気にしたことはありませんでした』
字が汚いとかつて誰かに言われたことを思い出して、香子は嫌な気持ちになった。
『花嫁様は、今は字を綺麗に書きたいと考えてはいらっしゃいますか?』
『はい。綺麗に書きたいです。ただ、苦手意識がどうしても出てしまいます』
『ふむ……ではその苦手意識を克服するところから始めなければなりませぬな』
『そう、ですね』
苦手意識の払拭はどうしたらいいのだろうかと、香子はぼんやり考えた。
『張老師、私の字は少しはよくなっているのでしょうか?』
『現状把握は大事ですな。うまくなっておりますよ。ただ、どうしても時間を置いてしまうとそのうまくなった部分が雑になる傾向はあります。しっかり意識して書くようにしましょう』
『はい、ありがとうございます』
雑念が多すぎることを香子は気づいていた。だがそれも仕方ないことではある。春節が控えているのだ。
衣裳に使う布も大量に取り寄せたようなことを皇太后が言っていた。皇后も一緒になって取り寄せたらしく、明日には色合わせに向かわなければいけない。皇太后や皇后は香子にかまわず自分たちの衣裳を作った方がいいのではないかと香子は内心嘆息した。
『では本日はここまでとしましょう』
『張老師、ありがとうございました』
『なに、花嫁様は冬の大祭のことで頭がいっぱいでしょう』
ほっほっほっと己の髭を撫でながら張が笑う。やっぱりバルタン星人だなと香子は思った。
侍女たちが部屋を片付けてお茶の準備をするまでは茶室の外へ出た。空はしっかり冬の空である。どこまでも晴れているのにその光はそれほど暖かいものではない。
『四神宮は外でも暖かいですな』
張は晴れやかな表情をしていた。
『そうですか?』
『はい。確かに、こう……時折吹く風は冷たいのですが、全体的に四神宮の中は暖かいです。いくら暖石を持っていても冬の寒さは厳しいですからな』
『それは……確かにそうですね』
『花嫁様は暖石はお持ちで?』
『いえ、私は持っていません』
張は目を見開いた。
『四神宮の外に出ることがないからですかな? それとも若さでしょうか』
『あの……私はほとんど四神と一緒にいるのであまりそういった物が必要ないのです』
『ああ、確かにそうでしたな』
お互いにそんなことを話している間にお茶の準備が整ったようだった。
『花嫁様、張様、お待たせしました。どうぞ』
延夕玲に促されて席につく。こんな冬の寒い日に客人を廊下で待たせるなんてと言われてしまいそうだが、四神宮はそもそも人が立ち入るようにはできていない。それと、四神がいる間の四神宮は常に快適な気温に保たれているので、どこにいても基本快適に過ごせるのだ。椅子ぐらい用意すべきだったのかもしれないが、張はそういうことを気にする相手でもなかった。
お茶を淹れてもらい、一口飲む。香子も張もほうっと息を吐いた。いくら四神宮の中が快適な気温で保たれているとはいっても、一杯の温かいお茶にはかなわない。
『張老師、冬の大祭の件なのですが……』
張はにっこりした。
『花嫁様は玄武様と共に出ていただけるのでしたな』
『はい』
『では今年の祭祀は天壇で行うことになりましょう。玄武様の御姿が見られるなど、わしは果報者でございますな』
『……その、玄武様は朱雀様や青龍様のようには空は飛ばないと思うのですが……』
『玄武様の御姿で空を飛ばれたら年寄りが一斉に腰を抜かしそうですな』
『そう、ですね……』
『花嫁様』
いつのまにか少し俯いていた顔を香子は上げた。
『春の大祭は特別であったとわしは考えております。あのようなことが二度三度と続く必要はございません。それに、祭祀をしたいのはわしらであり、四神と花嫁様ではございませぬ。四神も花嫁様もお好きに振舞われればよろしいのです』
『はい、ありがとうございます』
香子は、またなんとなく身体に力が入っていたことにようやく気付いた。
やはり張と話をするのは為になる。ありがたいことだと香子は思った。
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