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第1部 四神と結婚しろと言われました

40.宮廷内の風景(趙を取り巻く環境)

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 趙文英ジャオウェンインは皇帝の執務室のある棟へ向かう手前の門の辺りで、不意に声をかけられた。

『趙、趙ではないか!』

 急いでいたせいか趙は知り合いが目に入らなかったらしい。趙よりも背の高いその人物は中書省の制服を着ていた。

王英明ワンインミン!』

 王と呼ばれたその男性は鷹揚に笑んだ。王は趙と同じ書院出身だったが、家柄にはかなりの差がある。王の家は何代もに渡って官僚を出した名家だが、趙の家は過去に士大夫として官僚を一、二度出しただけの家柄であった。その為それほど金はなく、父親は科挙を受ける必要のない下級官吏として勤めていた。趙文英は幼い頃から頭がよかった為、両親は科挙を受けさせることに決めたのだった。科挙は官僚になる為に受ける試験であり、全国から出世を求めて才能のある者たちが受けた。ただしその科目は受験に必要とされる学識であった為(四書五経など)、科挙に受かるには書院という専門の塾に通う必要があった。
 趙の両親はどうにかその書院に通う為の費用を捻出し、科挙を受けさせたのである。趙文英が受けた年は官僚たちの子どもや孫がほとんど受けなかったせいかすんなりと受かることができた。
 その後、王は宮廷に出仕し、趙は故郷である石家荘の官府に勤めることになった。趙は両親が亡くなってどこへなりと移動が可能になったので、その後もどこかの地方の官府に勤めることになると思っていた。
 それなのに人生というのはわからないもので、たまたま石家荘の近くの神殿に四神の花嫁が現れるという情報を受けて迎えに行くことになり、そして昨日からなんと四神宮に勤めることになってしまった。
 王英明はその家柄だけでなく才能も突出していた。中書省の制服を着ているということは順調に出世街道を進んでいるのだろう。

『そういえば四神宮に趙という官吏をおくことになったと聞いていたが、それがそなたか!』
『はい、そうです。王英明もお元気そうでなにより』

 四神宮に同期が勤めることになったということで、王ははっとした。

『なにか四神から申しつけでも?』
『花嫁様からですが、わたくし一人での判断が難しかったもので中書令様を探しに参りました』

 さすがに察しがいいと趙は笑む。

『それならば私も探していたところだ。共に参ろうではないか』

 そう言って王は門の前に立った。

『中書主書、王英明。四神宮主官趙文英、中書令に御取次願いたい。開門を願う』
『お尋ねして参ります。お待ちください』

 内側から声がし、二人はしばらくその場で待つことになったがいくらも経たないうちに門は開かれた。侍女に案内されて回廊を進む。

『どうぞ、こちらへ』

 案内された場所は皇帝の執務室であった。
 王と趙は即座に拱手し、

『皇帝陛下、万歳万歳万々歳』

 と挨拶をした。

『礼はかまわぬ。入って参れ』
『皇帝陛下、ありがとうございます』

 2人は皇帝の手前1歩(1.6m)ほどで足を止めた。中書令は皇帝の執務机の隣にいた。

『部下がとんだ御無礼を』
『かまわぬ。趙よ、申すがいい』

 趙は一瞬戸惑ったが、四神への対応は第一義なのだろうと思い直して言った。

『ありがとうございます。おそれながら、花嫁様が王宮内の庭園を見て回りたいとおっしゃられています。可能でございましたら案内をさせていただきたく』

 皇帝と中書令は顔を見合わせた。

『庭園、とな……』

 国賓を主に案内する御花園と呼ばれる庭園があるが、そこが見たいという話だろうか。

『御花園に今ご案内は……それよりも北側にある景山にご案内した方がよろしいかと』

 中書令の提案に皇帝は頷いた。

『どうせ四神が付き添うのだろう。景山に案内せよ』
『ありがとうございます、午後にでも案内させていただきます。……それと、もう一つよろしいでしょうか?』

 言いづらそうに趙が言うのに中書令が促した。

『……実は、このたび四神宮に贈り物が大量に届いております。受け取られるかどうかの判断は四神にお願いしておりますが、侍女たちの話では今までにないほどの量だとか』

 再び皇帝と中書令は顔を見合わせた。

『ふむ……神に取り入ろうとでも思ったか……』

 皇帝の口元がくっと上がる。

『無駄なことですな』

 中書令が静かに言う。

『ですが、今回は花嫁様宛の贈り物も届いております』

 趙が補足して言うと皇帝は眉をひそめた。

『……それほど愚かにも見えなかったが……』

 香子は皇帝に対し冷静に反論をした。自国の民でないとはいえあんなにまっすぐに自分を見れる者は珍しいと皇帝は思う。

『しばらく様子を見るように。なにかあればいつでも申しなさい』
『承知いたしました』

 去り際に王に目配せをされる。後ほど王は四神宮に訪ねてくるつもりだろう。趙は応えるようにそっと目を伏せた。
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