113 / 653
第1部 四神と結婚しろと言われました
113.自覚は時に残酷です
しおりを挟む
侍女たちにとって非常に気の使う入浴を終えてから、そういえば、と香子は思い出した。
「…………」
口元を押さえて考えてみる。そういえば今夜のことがなにも決まっていない。
(どうすればいいんだろう……?)
白く薄い夜着の上にガウンのようなものを羽織らされた格好のまま、香子は浴室を出たところで立ち止まった。
『花嫁様?』
後ろから黒月の怪訝そうな声にはっとする。
『んー……今夜はどうすればいいのかしら……?』
それに黒月も考えるような顔をした。
『聞いて参りましょうか?』
そこまでしてもらうほどのことでもないだろうと首を振る。とりあえず部屋に戻ることにした。
(誰とも過ごさない夜があってもいいような気が……)
正直言って、必ず誰かがそばにいるという生活も疲れるものだ。中国留学の最後の半年は貯めたお金で一人部屋を借りていたから猶更である。
部屋に戻ると控えている侍女以外がいなかったことにほっとする。お茶の用意だけしてもらって寝室に入った。
(あ、荷物……)
バッグも直してもらって一応中身は確認しているものの改めて物を見たくなった。
戸棚にしまっておいたポケットアルバムを取り出しぱらぱらとめくる。中国でいっぱい写真を撮ってきたが、このポケットアルバムには特に大事な写真を入れてあった。
「これだけでも手元に残ってよかった……」
もう二度と会えない人たちの写真を見ながら香子は一人ごちた。民族衣装、ということで成人式の時の写真も入れてある。まだたった二年前のことなのに、思えば随分と遠くに来てしまった。
写真もいずれ退色する。ネガもないし焼き増しなんてできそうもないこの世界でどれだけこの写真たちは持つのだろう。そう考えたら香子は泣きたくなった。
いずれこの写真に写っている人たちの名前も忘れてしまうのだろう。香子は震える手で写真を取り出し、急いで裏にボールペンでメモをしはじめた。それだけが唯一香子にできることだったから。
(これはメキシコの友人、これはイタリアの友人、日本でまた会おうって言ってた友だち……)
名前やその時の出来事などをメモしながら、いつしか香子は涙を流していた。
北京に住んでいる時もふと覚えた違和感。そこに自分がいることが不自然のような、どうして自分はここにいるんだろうと漠然と思ったこと。それらは全てこの世界に来るという布石だったのだろうか。
声も上げず、ただ手を動かしながら香子は泣いた。
あまりに理不尽な運命に、ただ流されることしかできない自分は無力で。
(天皇は私の望みを聞いてくれたのかしら……?)
どうせ帰れないなら、元の世界での自分の存在を抹消してほしい。そうでなければ親兄弟があまりに可哀想だ。
両親は香子が中国語を使う仕事につくことを夢見ていただろう。バリバリ働いて、いずれ誰かいい人と巡り合って結婚して、結婚後の仕事をどうするかまではわからなかったけど、子どもが二人ぐらいいて……。
(お父さん、お母さん、お兄ちゃん、ごめんなさい……)
みな香子の留学を支持してくれていたのに。
やっとメモが終り、香子はほうっとため息をついた。涙をぬぐい、茶壺からお茶を注ぐ。
「にっが……」
全然入れないでいたせいか茶葉ができってしまったようだった。
それでも渋みが全くないからいい茶葉なのだろうと思う。
「ま、お茶もごはんもおいしいからそれだけでも幸せだよねー、うん」
恵まれていることだけは間違いない。もちろん、失ってしまった物はかけがえのないものだったけど。
『我らと共にあることは、そなたの幸せにはなりえないか?』
誰もいないと思っていたのにすぐそばでバリトンが響いて、香子は扉の方に目を向けた。
寝室の入口にいたのは玄武だった。
静かな、それでいて寂しそうな表情。香子はそれに胸が締め付けられそうになった。
そして改めて思う。
自分はやっぱり玄武が好きなのだなと。
「…………」
口元を押さえて考えてみる。そういえば今夜のことがなにも決まっていない。
(どうすればいいんだろう……?)
白く薄い夜着の上にガウンのようなものを羽織らされた格好のまま、香子は浴室を出たところで立ち止まった。
『花嫁様?』
後ろから黒月の怪訝そうな声にはっとする。
『んー……今夜はどうすればいいのかしら……?』
それに黒月も考えるような顔をした。
『聞いて参りましょうか?』
そこまでしてもらうほどのことでもないだろうと首を振る。とりあえず部屋に戻ることにした。
(誰とも過ごさない夜があってもいいような気が……)
正直言って、必ず誰かがそばにいるという生活も疲れるものだ。中国留学の最後の半年は貯めたお金で一人部屋を借りていたから猶更である。
部屋に戻ると控えている侍女以外がいなかったことにほっとする。お茶の用意だけしてもらって寝室に入った。
(あ、荷物……)
バッグも直してもらって一応中身は確認しているものの改めて物を見たくなった。
戸棚にしまっておいたポケットアルバムを取り出しぱらぱらとめくる。中国でいっぱい写真を撮ってきたが、このポケットアルバムには特に大事な写真を入れてあった。
「これだけでも手元に残ってよかった……」
もう二度と会えない人たちの写真を見ながら香子は一人ごちた。民族衣装、ということで成人式の時の写真も入れてある。まだたった二年前のことなのに、思えば随分と遠くに来てしまった。
写真もいずれ退色する。ネガもないし焼き増しなんてできそうもないこの世界でどれだけこの写真たちは持つのだろう。そう考えたら香子は泣きたくなった。
いずれこの写真に写っている人たちの名前も忘れてしまうのだろう。香子は震える手で写真を取り出し、急いで裏にボールペンでメモをしはじめた。それだけが唯一香子にできることだったから。
(これはメキシコの友人、これはイタリアの友人、日本でまた会おうって言ってた友だち……)
名前やその時の出来事などをメモしながら、いつしか香子は涙を流していた。
北京に住んでいる時もふと覚えた違和感。そこに自分がいることが不自然のような、どうして自分はここにいるんだろうと漠然と思ったこと。それらは全てこの世界に来るという布石だったのだろうか。
声も上げず、ただ手を動かしながら香子は泣いた。
あまりに理不尽な運命に、ただ流されることしかできない自分は無力で。
(天皇は私の望みを聞いてくれたのかしら……?)
どうせ帰れないなら、元の世界での自分の存在を抹消してほしい。そうでなければ親兄弟があまりに可哀想だ。
両親は香子が中国語を使う仕事につくことを夢見ていただろう。バリバリ働いて、いずれ誰かいい人と巡り合って結婚して、結婚後の仕事をどうするかまではわからなかったけど、子どもが二人ぐらいいて……。
(お父さん、お母さん、お兄ちゃん、ごめんなさい……)
みな香子の留学を支持してくれていたのに。
やっとメモが終り、香子はほうっとため息をついた。涙をぬぐい、茶壺からお茶を注ぐ。
「にっが……」
全然入れないでいたせいか茶葉ができってしまったようだった。
それでも渋みが全くないからいい茶葉なのだろうと思う。
「ま、お茶もごはんもおいしいからそれだけでも幸せだよねー、うん」
恵まれていることだけは間違いない。もちろん、失ってしまった物はかけがえのないものだったけど。
『我らと共にあることは、そなたの幸せにはなりえないか?』
誰もいないと思っていたのにすぐそばでバリトンが響いて、香子は扉の方に目を向けた。
寝室の入口にいたのは玄武だった。
静かな、それでいて寂しそうな表情。香子はそれに胸が締め付けられそうになった。
そして改めて思う。
自分はやっぱり玄武が好きなのだなと。
47
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる