202 / 653
第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
48.少しは気に入られたようです
しおりを挟む
下がった気温の原因は主に皇帝と香子の背後からである。
(いーやーこーわーいー)
背後、といっても玄武からではない。更にその後ろからだ。
皇太后の後ろでは延夕玲がとても困ったような表情をした。その視線の先には。
(違う……)
延が白虎に想いを寄せていないことに、香子は気付いた。
そうでなければ後は当人同士の問題だと思うので、気持ちをどうにかして切り替える。
香子はしおらしく目を伏せた。
『……そのことについて、老佛爷には謝らなければなりません。私の無知から女官は必要ないなどと申しましたこと、お詫びします。夕玲は本当によく仕えてくれています。お気遣い、誠にありがとうございます』
最後のお礼の言葉には笑みをはく。すると皇太后は満更でもないのか笑みを浮かべた。
『そうであろう、そうであろう? 四神の花嫁に女官がおらぬなど言語道断。しかし己の非を認められる潔さもよし、ちと悔しいが……』
そこで視線をちろりと白虎に向け、
『白虎様の伴侶として認めてしんぜよう』
『ありがとうございます』
えらそうな物言いにしかし、香子は素直に礼を言った。
『……江緑、そなたに認めてもらうことではないが……つっ……』
香子はにこにこしながらそっと白虎の脇をつねった。こういうものは様式美というやつである。余計なことを言うものではない。
その後の話は、先ほどの香子の住んでいた世界についてのことに戻った。
皇太后は教育制度に興味があったらしくいろいろ聞かれた。その話には皇帝も興味があったらしく、まさに根掘り葉掘りという言葉の通り尋ねられた。というか、皇帝には以前も話したような気がしないでもなかったが、皇太后がやけに嬉しそうだったので考えないことにした。
ただ現代中国では漢字を簡略化して簡体字という物を使っている話をすると難色を示した。
祖先から受け継いできた文字をなんと心得る、ということらしい。しかし古代中国の漢字の数は元から多かったわけでも複雑だったわけでもないのでそこらへんは反論したい気もする。だが当然のことながらそのことについては香子も言及しなかった。代わりに、
『国が広く人口も多いので、識字率を上げるにはそうするしかなかったようです』
と答えておいた。また、一部の地域では繁体字が残っていることなどを説明すると皇太后も溜飲を下げた。
それにしても、と香子は持てる知識をフル回転させて思い出す。
確か唐代の漢字の数は二万字未満だったような気がするがこちらの世界ではどうなのだろう。ちなみに現代の漢字数は十万字以上あると言われている。とはいえ高校卒業までに習う漢字は二千字程度だったと思うので、知っていて困らない数というのは三千字ぐらいではないだろうか。
いろいろ話したせいか喉が渇き、随分お茶も飲んだ。さすがにお茶の味もしなくなった頃、皇太后も満足したらしく茶会の終りを告げられた。
最初こちらに来た時より機嫌がよさそうでよかったと香子は思う。
皇太后に対して思い入れは特にないが、ギスギスした関係が続くよりはよほどいい。
『花嫁殿、こちらへ』
皇太后に手招きされて玄武を促した。どうしても四神は香子を下ろしてはくれないらしい。それを見て皇太后が一瞬眉を上げた。
(私の意志でどうこうできるものではないんですー……)
言い訳をしたいがそういうわけにもいかない。香子が眉を落とすと皇太后もおや? というような表情をした。
近づくと耳元に口を寄せられ、小さい声でこう言われた。
『花嫁殿、どうか玄武様だけではなく、白虎様の相手もしてやっておくれ』
『……あ……ハイ……』
香子はどんな顔をしたらいいのか、正直わからなくなった。
四神宮に戻る道すがら、香子は玄武の胸に頭を摺り寄せた。
一応和やかに過ごせたのだと香子は思う。しかし最後の言葉の意味はどう受け取ればいいのだろうか。
『難しい……』
『何が難しい?』
思わず漏れた呟きに、白虎が反応した。その面白がるような響きに、皇太后の言葉が聞こえていたということがわかる。
『他人事のように言わないでください』
ムッとして言うと、
『なれば今宵我と過ごすか?』
ひどく色気を含んだ流し目をされた。うっ、と香子は詰まる。
白虎の方が一枚も二枚も上手なのが癪である。
『……毛皮に触らせてくれるのですか?』
『いくらでも触るがいい。もちろんすることはさせてもらうぞ』
『ううう……』
白虎は美しい。メンクイの香子からしたらとんでもない誘惑である。
だけど。
香子を愛しそうに見つめる青龍の瞳を思い出すと、誘惑に負けるわけにはいかないと思う。
『青、青龍様の後で……』
『それは残念だ』
それほど残念とも思っていなさそうな顔で白虎が笑う。その様子を、白雲が静かに見守っていた。
(いーやーこーわーいー)
背後、といっても玄武からではない。更にその後ろからだ。
皇太后の後ろでは延夕玲がとても困ったような表情をした。その視線の先には。
(違う……)
延が白虎に想いを寄せていないことに、香子は気付いた。
そうでなければ後は当人同士の問題だと思うので、気持ちをどうにかして切り替える。
香子はしおらしく目を伏せた。
『……そのことについて、老佛爷には謝らなければなりません。私の無知から女官は必要ないなどと申しましたこと、お詫びします。夕玲は本当によく仕えてくれています。お気遣い、誠にありがとうございます』
最後のお礼の言葉には笑みをはく。すると皇太后は満更でもないのか笑みを浮かべた。
『そうであろう、そうであろう? 四神の花嫁に女官がおらぬなど言語道断。しかし己の非を認められる潔さもよし、ちと悔しいが……』
そこで視線をちろりと白虎に向け、
『白虎様の伴侶として認めてしんぜよう』
『ありがとうございます』
えらそうな物言いにしかし、香子は素直に礼を言った。
『……江緑、そなたに認めてもらうことではないが……つっ……』
香子はにこにこしながらそっと白虎の脇をつねった。こういうものは様式美というやつである。余計なことを言うものではない。
その後の話は、先ほどの香子の住んでいた世界についてのことに戻った。
皇太后は教育制度に興味があったらしくいろいろ聞かれた。その話には皇帝も興味があったらしく、まさに根掘り葉掘りという言葉の通り尋ねられた。というか、皇帝には以前も話したような気がしないでもなかったが、皇太后がやけに嬉しそうだったので考えないことにした。
ただ現代中国では漢字を簡略化して簡体字という物を使っている話をすると難色を示した。
祖先から受け継いできた文字をなんと心得る、ということらしい。しかし古代中国の漢字の数は元から多かったわけでも複雑だったわけでもないのでそこらへんは反論したい気もする。だが当然のことながらそのことについては香子も言及しなかった。代わりに、
『国が広く人口も多いので、識字率を上げるにはそうするしかなかったようです』
と答えておいた。また、一部の地域では繁体字が残っていることなどを説明すると皇太后も溜飲を下げた。
それにしても、と香子は持てる知識をフル回転させて思い出す。
確か唐代の漢字の数は二万字未満だったような気がするがこちらの世界ではどうなのだろう。ちなみに現代の漢字数は十万字以上あると言われている。とはいえ高校卒業までに習う漢字は二千字程度だったと思うので、知っていて困らない数というのは三千字ぐらいではないだろうか。
いろいろ話したせいか喉が渇き、随分お茶も飲んだ。さすがにお茶の味もしなくなった頃、皇太后も満足したらしく茶会の終りを告げられた。
最初こちらに来た時より機嫌がよさそうでよかったと香子は思う。
皇太后に対して思い入れは特にないが、ギスギスした関係が続くよりはよほどいい。
『花嫁殿、こちらへ』
皇太后に手招きされて玄武を促した。どうしても四神は香子を下ろしてはくれないらしい。それを見て皇太后が一瞬眉を上げた。
(私の意志でどうこうできるものではないんですー……)
言い訳をしたいがそういうわけにもいかない。香子が眉を落とすと皇太后もおや? というような表情をした。
近づくと耳元に口を寄せられ、小さい声でこう言われた。
『花嫁殿、どうか玄武様だけではなく、白虎様の相手もしてやっておくれ』
『……あ……ハイ……』
香子はどんな顔をしたらいいのか、正直わからなくなった。
四神宮に戻る道すがら、香子は玄武の胸に頭を摺り寄せた。
一応和やかに過ごせたのだと香子は思う。しかし最後の言葉の意味はどう受け取ればいいのだろうか。
『難しい……』
『何が難しい?』
思わず漏れた呟きに、白虎が反応した。その面白がるような響きに、皇太后の言葉が聞こえていたということがわかる。
『他人事のように言わないでください』
ムッとして言うと、
『なれば今宵我と過ごすか?』
ひどく色気を含んだ流し目をされた。うっ、と香子は詰まる。
白虎の方が一枚も二枚も上手なのが癪である。
『……毛皮に触らせてくれるのですか?』
『いくらでも触るがいい。もちろんすることはさせてもらうぞ』
『ううう……』
白虎は美しい。メンクイの香子からしたらとんでもない誘惑である。
だけど。
香子を愛しそうに見つめる青龍の瞳を思い出すと、誘惑に負けるわけにはいかないと思う。
『青、青龍様の後で……』
『それは残念だ』
それほど残念とも思っていなさそうな顔で白虎が笑う。その様子を、白雲が静かに見守っていた。
33
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる