異世界で四神と結婚しろと言われました

浅葱

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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

70.監禁は勘弁してほしいのです

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 四神が花嫁を人間の目に晒したくないというのは、香子もわかっていたつもりだった。
 けれどそれをはっきりと表していたのは玄武と白虎ぐらいだったから、こんな風に朱雀に抱きすくめられるとは思ってもみなかった。まるで縋りつくようなきつい抱擁に、ああこの方も四神であったのかと今更ながら香子は思った。
 しかもすでにそこは誰かの室である。四阿を出て青龍から朱雀に渡された記憶はある。そこからこの状態。ようは四神の能力で空間移動をしたらしい。そしてその移動は景色が一瞬にして変わる、というぐらいで香子になんら変化を感じさせない。

香子シャンズ……香子……』

 朱雀の切ないテナーに香子は胸が熱くなるのを感じた。
 いつもどちらかといえば朱雀は飄々としていたから、こんな風に必死というか、人間への嫉妬が抑えられないという様子にいささか違和感を覚えた。しかしそれ以上に朱雀にそこまで想われているという不思議な高揚感も生まれる。

『朱雀様……』
『香子……そなたは”四神の花嫁”ぞ……いっそこのまま連れ帰ってしまおうか……』

 朱雀の言葉に、さすがに香子は慌てた。なにせ四神は有言実行できる能力を兼ね備えているわけで。

『朱雀様』
『玄武兄であればご理解いただけるに違いない。連れ帰り閉じ込めて……誰の目にも触れぬように……』
『朱雀様!』

 なんだか不穏な発言まで出てきた。香子が必死で呼びかけるとやっと朱雀は腕を少しだけ緩め、香子の顔をそれはそれは蕩けるような笑顔で覗き込んだ。

『そなたに寂しい思いはさせぬ。一日中そなたを抱き続けよう。もちろん玄武兄たちを拒みはせぬ。みなで愛し合おうぞ……』

 色を過分に含んだ黒い瞳が香子を捕らえる。香子は真っ赤になった。

(や、やヴぁい……もしかして朱雀様ってヤンデレ系!?)

 このままでいたら朱雀の領地にお持ち帰りされ、監禁されて愛欲の日々に突入することになる。結果としていずれそうなってしまうのかもしれないが今はまだ勘弁してほしかった。
 香子は頭をフル回転させる。

『朱雀様、大丈夫、大丈夫ですから! 参加しません! ここでのんびりしましょ? 私はここにいます! どこにも行きません!!』

 そう言いながら朱雀を力の限り抱きしめ返す。この場合具体的な名前などを出すのは厳禁である。”春の大祭”、老佛爷(皇太后)、皇帝などの単語は朱雀の激高を誘う恐れがあったのであえて香子は口に出さなかった。
 しかし。

『そうか……ならば我が領地に連れ帰ってもかまうまい。白虎や青龍とはその後に関係を持ってもいいだろう』
(何故そうなる!?)

 いくら朱雀が好きでも監禁はごめんである。この甘い眼差しとテナーに騙されるわけにはいかない。

『朱雀様、私はにいます、と言ったのです。まだ朱雀様のところへ嫁ぐ準備はできていません。私は四神とまず交流を深めたい。三神を呼んでください』

 怯みそうになる己を叱咤して朱雀をまっすぐ見つめきっぱりと告げる。まだ誰かの領地に行くわけにはいかない、という強い意志で朱雀を見る。それとこれとは別なのだ。
 じっと見つめ合った時間はどのぐらいだろうか、やがて朱雀が頬を緩めた。

『……そなたが愛しゅうてならぬ。それと同時にそなたが人であることがなんとも憎らしい。……茶を淹れてくれぬか』
『はい』

 朱雀は流れるような所作で立ち上がると室を出た。戻ってきていたらしい紅夏と黒月がさっと礼をとる。

『茶室へ参る。そう伝えよ』

 紅夏が『はっ』と答えて香子の部屋の方へ向かった。きっと延夕玲(戻っているかどうかは不明)や侍女たちに声をかけに行ったのだろう。茶室を整えるまでの連絡やらなにやらを思い浮かべて香子はたいへんだなと思った。
 当然のことながら茶室の準備はできていなかった。いつもならお誕生日席に腰掛けるのだが、今日は朱雀に抱かれたままである。きっと茶器などの準備ができたら離してくれるだろう、香子は深く考えないことにした。
 侍女たちが茶器や茶菓子などを運んで来ると、三神もやってきた。青龍は先ほどぶりである。
 彼らはいつも通り香子に柔らかい笑みを向けてくれているが、それがなんとも納得いかなかった。青龍があそこで香子を朱雀に渡したのは、朱雀が香子をどうにかすること前提だったのは間違いないだろう。もちろんどうにかするというのはあーんなことやこーんなことである。

(四神同士は嫉妬しないっていうけどさぁ……)

 それはそれでどうなのか。とはいえそこを追求すると更にややこしいことになりそうなので香子は思考を切り替えた。

『お茶淹れますね』

 声をかけて朱雀の腕から下ろしてもらう。なんだか久しぶりに自分の足で立ったような気がした。そのうち本当に立ち方も忘れてしまいそうだと香子は不安になった。


 日本の茶道とは違うが、中国の茶藝も心を落ち着かせる効果があると香子は思う。
 優雅な手つきで茶を入れ、みなに回して香を嗅ぎ、一口。香子はほうっと安堵の息をついた。思ったよりも緊張していたらしい。
 茶菓子は相変わらず乾きものだが、以前『これ好き』と言ったのを侍女が覚えてくれていたらしい、杏仁酥だった。この中華系アーモンドクッキーが香子は大好きだった。もちろん他にも茶菓子は用意されているがこれは格別である。いくらでも食べられると思いながらも四神を見回した。
 この場合口火を切るのは香子なのだろう。

(朱雀様に任せたらとんでもないことになりそうだし……)

 それこそ玄武を尊重して玄武の領地へなら異存あるまいとか言われそうでこわい。

(だからそれとこれとは別ッ!!)

 しかし何から話したものかと考える。とりあえず四神の嫉妬を煽らないようにしなければならない。かといって曖昧なままにしておくのは危険である。

『……大祭に出てほしいと言われたのは伝わってますね?』

 大祭、という単語に四神がピクッとする。頷かれた。

『出ませんから。私は四神のことがまだよくわかっていません。だからいろいろお話して、教えてください。今はまだここで四神と一緒にいたいです』

 四神宮にいるのだ、ということを強調する。

『香子がそう望むのであれば』

 玄武が静かに言う。三神も頷いた。
 香子は内心安堵する。とりあえず危機は去ったようだった。
 穏やかにお茶を入れ、茶菓子を食べ、何気ない話をする。夕食の後入浴まで誰と過ごすのかを決めたり、朱雀に夜は覚えておけ的な視線を向けられて身震いしたりということはあったがおおむね平和に過ごすことができた。


 だけど。

(天壇、行きたかったな……)

 その夜入浴しながら、香子はぼんやりと思った。
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