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第4部 四神を愛しなさいと言われました
138.そんなに感謝されることはしていないと思います
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玄武の領地で玄武と香子の世話をしてくれる眷属は、成人したばかりの青年だった。
その姿を見て、珍しく黒月の眉が寄った。それを香子はたまたま見てしまい、眷属の中でも合う合わないはあるのかもしれないと思った。
眷属は四神に比べると、時にとても人間臭い。
『黒流と申します。黒月と共に仕えさせていただきます』
玄武はそれに頷いた。
『よろしくね』
香子が声をかけると、黒月の眉がまた寄った。もしかして、明日四神宮に戻ったら説教が待っているのだろうかと香子は思った。
(これってヤキモチ……?)
黒月に知られたら説教の時間が倍になりそうなことを考えて、香子は玄武の胸に顔を埋めた。黒月に笑っているのを悟られてはいけないと思ったのである。
そんな香子の内心を知らない眷属たちは、微笑ましい物を見る気持ちで玄武と香子の一対を眺めた。
最初に通された広間でお茶を飲んだ後、玄武の部屋へ連れて行かれた。
『広い、ですね……』
しかも部屋に面した庭にはとても大きな池があった。
『大きい……』
香子は目を丸くした。
『玄武様がこちらで過ごされていた間は本性を現わしていることが多かったのです。その際はこちらの池に浸かっていらっしゃいました』
黒流が説明する。
『ああ……玄武、ですものね……』
玄武の本性は巨大な亀で、そこに蛇も一緒にいる。なんとも不思議な姿だと香子は思っているが、嫌いではない。蛇には少し構えてしまう部分もあるが、玄武の蛇は香子に対して非常に友好的である。
『そうだな……随分長い間池に浸かっていた気がする』
『そうなのですね』
『我ら眷属、領民一同は花嫁様に感謝しております』
『え?』
黒流に言われて、香子は首を傾げた。香子は玄武の領地に来たのは初めてで(前回の湖は除く)、玄武の領地に対して何も働きかけをしていないからだった。
『花嫁様が降臨されたことで、昨年は例年よりも早く春が訪れました。作物の作付けなども早くでき、昨年は豊作でございました。これも全て、花嫁様が玄武様を受け入れて下さったからでしょう』
『……そんな』
(私は何もしていないのに)
その存在があるだけで、誰かの助けになるなんてわからないと香子は思う。だが確かに香子が玄武を愛したことで、玄武の領地やその周りではみなの顔が明るくなっていた。冬はとても寒いが、春の訪れが例年より早まるとわかれば、それだけで希望を持てるものである。それに昨年の夏もそれほど暑くはならず、とても過ごしやすい気候であった。
長く花嫁の不在が続いたことで気候の影響を受けていた玄武の領地では、特に香子の存在が歓迎されたのである。
『そうだな。香子は我の想いを受け入れてくれている』
玄武が頷いた。
そうして部屋の一角に置かれている長椅子に、香子を抱いたまま腰掛けた。
すぐに黒流がお茶を淹れる。
香子はほう、と息を吐いた。
『花嫁様は食事をされると聞いております。昼食はどうなさいますか?』
香子は玄武を見た。そうしてから、決めるのは己だったと思い直した。
『そうね……先ほど軽く食べてきてしまったから、今はいいわ』
『ではまたお尋ねしましょう』
用意されたお茶は花茶だった。菊の花のお茶である。香子は傍らで立っている黒月を見た。
『……何か?』
『ううん、なんでもないわ』
黒月はとても記憶力がいい。眷属はみなそうなのかもしれないが、香子は黒月の気遣いに口角を上げた。
香子は食事中はジャスミン茶を飲むが、基本ジャスミン茶は苦手なのである。なのでお茶単体で飲むのならばジャスミン茶は避けたいというのが本音だ。ジャスミン茶が苦手だということは女官や侍女たちも把握しているから、黒月もそれで耳にしたのかもしれないと思った。
一般的に花茶と言えばジャスミン茶なのに、わざわざ菊の花のお茶を用意させたというのはそういうことなのだろう。
菊の花は乾燥して保管しているから、一年中飲むことができる。
『おいしい……』
しかもお茶菓子に香子の大好物の杏仁酥(アーモンドクッキー)を出された。
すごく歓迎されているのだなと香子は思った。
『そういえば香子はこれが好きであったな』
玄武が気づいたことで、香子は上機嫌になった。
『はい。とても好きです。でもお菓子ばかり食べていたらごはんが食べられなくなるかもしれません』
そう言いながらも香子は自分の胃が底なしになっていることを把握していた。食べられるとはいえそれほどおなかがすいているわけではないので、お菓子もほどほどに食べた。
『玄武様、そこの池はどれほど大きいのでしょうか? 近くで見てもよろしいですか?』
『いこう』
香子はどこの領地に住むか決める前にその地に足を下ろしてはいけない。だから当然移動は玄武に抱かれて、である。
(最近抱き上げられて移動することに慣れすぎてる……)
それなのに筋力が衰えている様子はないのが、香子としては不思議だった。
玄武が立ち上がり、部屋を出た。庭に面した廊下に出ると、池がよく見える。
『本当に大きいですね……』
そのまま玄武は庭に下りた。
『香子、どうしたい?』
『池の周りを歩いてほしいです』
玄武の口元がクッと上がった。玄武もまた機嫌がよさそうで、香子はよかったと思ったのだった。
その姿を見て、珍しく黒月の眉が寄った。それを香子はたまたま見てしまい、眷属の中でも合う合わないはあるのかもしれないと思った。
眷属は四神に比べると、時にとても人間臭い。
『黒流と申します。黒月と共に仕えさせていただきます』
玄武はそれに頷いた。
『よろしくね』
香子が声をかけると、黒月の眉がまた寄った。もしかして、明日四神宮に戻ったら説教が待っているのだろうかと香子は思った。
(これってヤキモチ……?)
黒月に知られたら説教の時間が倍になりそうなことを考えて、香子は玄武の胸に顔を埋めた。黒月に笑っているのを悟られてはいけないと思ったのである。
そんな香子の内心を知らない眷属たちは、微笑ましい物を見る気持ちで玄武と香子の一対を眺めた。
最初に通された広間でお茶を飲んだ後、玄武の部屋へ連れて行かれた。
『広い、ですね……』
しかも部屋に面した庭にはとても大きな池があった。
『大きい……』
香子は目を丸くした。
『玄武様がこちらで過ごされていた間は本性を現わしていることが多かったのです。その際はこちらの池に浸かっていらっしゃいました』
黒流が説明する。
『ああ……玄武、ですものね……』
玄武の本性は巨大な亀で、そこに蛇も一緒にいる。なんとも不思議な姿だと香子は思っているが、嫌いではない。蛇には少し構えてしまう部分もあるが、玄武の蛇は香子に対して非常に友好的である。
『そうだな……随分長い間池に浸かっていた気がする』
『そうなのですね』
『我ら眷属、領民一同は花嫁様に感謝しております』
『え?』
黒流に言われて、香子は首を傾げた。香子は玄武の領地に来たのは初めてで(前回の湖は除く)、玄武の領地に対して何も働きかけをしていないからだった。
『花嫁様が降臨されたことで、昨年は例年よりも早く春が訪れました。作物の作付けなども早くでき、昨年は豊作でございました。これも全て、花嫁様が玄武様を受け入れて下さったからでしょう』
『……そんな』
(私は何もしていないのに)
その存在があるだけで、誰かの助けになるなんてわからないと香子は思う。だが確かに香子が玄武を愛したことで、玄武の領地やその周りではみなの顔が明るくなっていた。冬はとても寒いが、春の訪れが例年より早まるとわかれば、それだけで希望を持てるものである。それに昨年の夏もそれほど暑くはならず、とても過ごしやすい気候であった。
長く花嫁の不在が続いたことで気候の影響を受けていた玄武の領地では、特に香子の存在が歓迎されたのである。
『そうだな。香子は我の想いを受け入れてくれている』
玄武が頷いた。
そうして部屋の一角に置かれている長椅子に、香子を抱いたまま腰掛けた。
すぐに黒流がお茶を淹れる。
香子はほう、と息を吐いた。
『花嫁様は食事をされると聞いております。昼食はどうなさいますか?』
香子は玄武を見た。そうしてから、決めるのは己だったと思い直した。
『そうね……先ほど軽く食べてきてしまったから、今はいいわ』
『ではまたお尋ねしましょう』
用意されたお茶は花茶だった。菊の花のお茶である。香子は傍らで立っている黒月を見た。
『……何か?』
『ううん、なんでもないわ』
黒月はとても記憶力がいい。眷属はみなそうなのかもしれないが、香子は黒月の気遣いに口角を上げた。
香子は食事中はジャスミン茶を飲むが、基本ジャスミン茶は苦手なのである。なのでお茶単体で飲むのならばジャスミン茶は避けたいというのが本音だ。ジャスミン茶が苦手だということは女官や侍女たちも把握しているから、黒月もそれで耳にしたのかもしれないと思った。
一般的に花茶と言えばジャスミン茶なのに、わざわざ菊の花のお茶を用意させたというのはそういうことなのだろう。
菊の花は乾燥して保管しているから、一年中飲むことができる。
『おいしい……』
しかもお茶菓子に香子の大好物の杏仁酥(アーモンドクッキー)を出された。
すごく歓迎されているのだなと香子は思った。
『そういえば香子はこれが好きであったな』
玄武が気づいたことで、香子は上機嫌になった。
『はい。とても好きです。でもお菓子ばかり食べていたらごはんが食べられなくなるかもしれません』
そう言いながらも香子は自分の胃が底なしになっていることを把握していた。食べられるとはいえそれほどおなかがすいているわけではないので、お菓子もほどほどに食べた。
『玄武様、そこの池はどれほど大きいのでしょうか? 近くで見てもよろしいですか?』
『いこう』
香子はどこの領地に住むか決める前にその地に足を下ろしてはいけない。だから当然移動は玄武に抱かれて、である。
(最近抱き上げられて移動することに慣れすぎてる……)
それなのに筋力が衰えている様子はないのが、香子としては不思議だった。
玄武が立ち上がり、部屋を出た。庭に面した廊下に出ると、池がよく見える。
『本当に大きいですね……』
そのまま玄武は庭に下りた。
『香子、どうしたい?』
『池の周りを歩いてほしいです』
玄武の口元がクッと上がった。玄武もまた機嫌がよさそうで、香子はよかったと思ったのだった。
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