毒リンゴは絶対拒否します!白雪姫に転生したのに全力で死亡フラグを避けていたら、なぜか隣国のハンサム王子に溺愛されてしまいました。

紅葉山参

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毒リンゴの計略と、最大の誤算

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 毒櫛での失敗から数日後、森には冷たい雨が降っていた。私は不安で胸が締め付けられそうだった。

(次は、間違いなく「毒リンゴ」よ。櫛は失敗したから、次は最も確実な手段で来るはず。警戒心を緩めたら終わりだわ)

 七兄弟は雨の中、狩りに出かけていた。グラントから「絶対に誰にも扉を開けるな」と厳命されていたが、私の警戒心は最高潮に達していた。

 その時、小屋のドアがノックされた。

「ごめんよ、そこのお嬢さん。森で道に迷ったおばあさんなんだ。あまりに寒くて、水を一口、分けてもらえないかね?」

 外に立っていたのは、前回とは違う老婆だった。前回が薄汚れた行商人なら、今回は親切そうな村の老婆の風貌だ。顔の皺は深く、いかにも人の良さそうな、優しい目をしていた。

(このパターンも知っているわ。二度目は、より巧妙な偽装で来る!騙されない!)

 私は、ドアを閉じたまま、警戒して応じた。

「おばあ様。申し訳ございません。この家は主人の留守中で、私の一存ではお助けできません。お急ぎであれば、すぐに森を抜けて、麓の村へ向かわれた方がよろしいかと」

「まあ、冷たいねぇ。たった一杯の水で、命が助かるかもしれないのに」

 老婆は、か細い声で私を責めた。その声には、前回のような焦りはなく、純粋な哀願が滲んでいる。

(うまいわね、ムスカ王妃。同情を誘うとは!)

 しかし、私は情に流されるわけにはいかない。私の命がかかっているのだ。

「お気持ちは分かりますが、お引き取りください」

 私が固辞すると、老婆は悲しそうにため息をつき、そして、懐から真っ赤なリンゴを取り出した。

 そのリンゴは、まるで生きているかのように艶やかに輝いていた。半分は鮮やかな赤、もう半分は妖しいほどの深い毒の色を秘めているように見えた。

「そうかい。それじゃあ、このリンゴを一つ、お土産に置いていこう。これを食べれば、どんな疲れも吹き飛ぶよ」

「い、いりません!」

 私が強く拒絶すると、老婆は微笑み、最も恐ろしい手を打ってきた。

「そんなに疑り深い子だねぇ。まあ、無理もない。行商人には悪いのもいるからね。でも、これは見てごらん」

 老婆は持っていたナイフで、リンゴを綺麗に二つに切った。

「片方は毒だと疑うのだろう?だったら、おばあさんが毒のない方を食べるよ。さあ」

 老婆は、毒がないと見せかけた、鮮やかな赤い半分のリンゴを、躊躇なく一口食べた。

「ほら、見てごらん。美味しいよ。おばあさんは元気いっぱいだ」

(え……?食べた?まさか、この王妃の変装は、毒が効かない体になっているの?それとも、毒が効かないのは私の方の半分だけ……?)

 私は混乱した。童話の知識では、王妃が食べる側は「毒のない方」だった。つまり、私が受け取る残りの半分は、確実に「毒」だ。

「さあ、お嬢ちゃんも。この地味で、苦労している君に、少しでも元気を出してもらいたいんだ。この毒のない半分を、おばあさんからのお恵みとして受け取りなさい」

 老婆は、私に毒入りの半分のリンゴを差し出した。

 私は、知っていた。このリンゴを食べれば、私は死ぬ。

 しかし、なぜか、体が動かない。王妃の演技は完璧だった。目の前で、老婆が「毒のない方」を食べてみせたという事実が、私の理性を麻痺させた。

(いや、ダメよ!これは罠だわ!でも……もし、この老婆が本当にただの村人だったら?私が彼女の善意を拒絶し続けて、彼女が本当に森で倒れてしまったら……)

「衛兵隊長」の心臓偽装といい、「誉め殺し」作戦の失敗といい、この世界は童話のロジックだけでは動かない。私は、目の前の哀願を拒絶し続けることに、罪悪感を覚え始めていた。

 そして、私の生存本能が、一瞬、麻痺した。

「……わかりました。おばあ様」

 私は、意を決して、老婆の手からリンゴを受け取った。

「ありがとうね、心優しいお嬢ちゃん」

 老婆は満足げな、そしてどこか歪んだ笑みを浮かべた。

 私は、毒リンゴを、最も小さい、端の部分を一口だけ、かじった。

 その瞬間、世界はねじ曲がった。

 口の中に広がったのは、甘い蜜ではなく、全身の細胞を焼き尽くすかのような、強烈な痺れと苦痛。

「ぐっ……!」

 私は、意識を保てなかった。

 小屋の冷たい床に、私は、毒リンゴの残骸とともに、力なく崩れ落ちた。

 老婆は、変装が剥がれ、ムスカ王妃の冷酷な素顔に戻った。

「ふふふ……!ついに、やったわ!鏡よ、鏡!今度こそ、この世で一番美しいのは、この私、ムスカ王妃よ!」

 王妃は高笑いし、嵐の中、森の奥へと走り去った。

 私は、最速で死亡フラグを回避し続けてきたにも関わらず、最大の古典的フラグである「毒リンゴ」によって、その命を絶たれてしまったのだった。

(くそ……!わかってたのに……!人の善意を装うトリックに……まさか、私が……!)

 私の意識は、暗闇の底へと沈んでいった。
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