スラム出身の“偽聖女”は、傷ついた第二王子と政略結婚しました。〜本当の私は、王に滅ぼされた最強名家の生き残りです!~

紅葉山参

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始まりは一本の矢──運命の選定

揺らぐ王城

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 薬草と清浄魔法の香り、そしてどこか冷たく張りつめた空気。
 私は思わず深く息を吸い込んだ。

(落ち着いて……怖がったら負けだ)

 自分に言い聞かせ、奥へと進む。

 壁には魔力波長を測る水晶板、血流に宿る魔素を検出する魔導器、脈動を映し取る魔力振動計など、見たこともない道具がずらりと並ぶ。


「イレネス殿。こちらへ」

 促されるまま、部屋の中央に置かれた半透明の台座に手を置く。
 台座の内部で淡い光がうねり、私の魔力に反応して揺れはじめた。

 その光景を見て、医官の一人が目を細める。

「すでに魔素が活性化している……治癒魔法を発動した後だからか」

 別の医官がすぐに言い返す。

「いや、通常の治癒魔法の残滓とは違う。これは――」

 言葉を濁し、私に視線を向けてくる。
 説明を求められているのだと気づき、私は正直に答えた。

「光が……出たんです。勝手に、というか……私が意識したわけではなくて」

「無意識発動……? やはりおかしい」

「記録に残しておけ。異常値の可能性がある」

 医官たちは小さくざわついた。
 その小さな不安が、胸に針のように刺さる。

(異常……私、そんな危険なものなの?)

 不安を押しつぶすように、深呼吸する。

 検査は続いた。脈動測定器に触れ、血中魔素を検出され、魔力の残滓を細かく記録される。

 そして――最後の診断が始まった。

 部屋の奥にある巨大な水晶に案内される。
 それは王宮でも数台しか存在しない「魔力総量測定器」と呼ばれる特別製だ。

「両手を水晶に添えてください」

 私は緊張で心臓が痛くなりそうなほど硬直しながら、水晶に触れた。

 瞬間――。

 水晶の内部で光がぱちぱちと弾け、部屋の空気が震え始めた。

「っ……!?」

 足元から細かい振動が伝わり、私の髪がふわりと持ち上がる。
 まるで目に見えない風が吹いているかのようだった。

 医官の一人が声を上げる。

「魔力値……上昇している!? 測定水晶の反応が――」

「通常の曲線と違う! 曲線が二重化している……?」

「どういうことだ。二重の魔力波など、研究記録でも数例しか――」

 私は震えた。
 何が起こっているか分からない。
 怖い。だけど、目を離すこともできない。

(水晶の光が……私の魔力を吸い上げてるみたい)

 光は一瞬、二重の輪を描いた。

 その瞬間、私の手が熱を帯び、瞼の裏で白い光が弾け――

 ――測定は、唐突に終わった。

 水晶の光がすうっと収まり、医官たちが慌てて数値板を確認する。

「ま、魔力量……三百六十……?」

「先ほどの二百二から、短時間で……?」

「覚醒現象か? いや、通常の覚醒では起こりえない……治癒系とは思えぬ魔素の跳ね方だ」

 彼らは私を見た。

 その視線に恐怖はなかった。
 ただ、不可解なものを見る厳重な観察者の目だった。

「……私、どうなるんでしょうか」

 思わず漏らすと、医官の一人が柔らかく言った。

「結論を急ぐ必要はありません。だが――君の魔力は、まだ形になりきっていない。今後さらに変動する可能性があります」

「変動……?」

「はい。治癒属性の核が芽生えた直後に見られる現象です。今は“芽吹きの段階”と考えるべきでしょう」

 芽吹き。
 その言葉は、なぜか胸の奥に静かに響いた。

 ただ、その柔らかい響きを覆うように、別の医官が低く付け加えた。

「ただし――あの反応は危険でもある」

「き、危険……?」

「魔力核が未成熟のまま強い感情刺激を受けると、暴走する可能性がある。癒しの力は優しいだけの力ではない。制御を誤れば……生命操作になる」

 ぞくり、と背筋が冷えた。

(生命……操作?)

 そんなの、怖すぎる。

 医官は慌てて言葉を和らげた。

「心配しすぎる必要はありません。今日のうちに制御法を教えます。焦らず覚えてください」

 私は小さく頷いた。
 怖い。
 けれど、逃げることはできない。


 検査が終わり、深いため息をついた瞬間。

「イレネス殿、殿下がお待ちです」

 扉の外で兵士が声をかけてきた。

(殿下……)

 殿下は、診断が終わるまでずっと待っていてくれたのだ。

 胸が温かくなる。

 だが、その温かさを撫でつけるように――
 廊下の奥から冷ややかな高い声が響いた。

「まあ。こんなところにいたのね、イレネスさん?」

 振り返ると、そこにはロザリアが立っていた。

 完璧に整えられた金の縦ロール。
 焦げひとつない純白のドレス。
 その姿はまるで“絵に描いたような貴族令嬢”そのもの。

 だが、瞳だけは――氷のように冷たかった。

「あなた、あの殿下を助けたって、ずいぶんと話題になっているわ」

「ロ、ロザリア様……」

「でも――」

 ロザリアは扇子を口元に添えて、微笑んだ。
 その微笑みは、刃より鋭い。

「勘違いなさらないで。あなたが少し“奇跡めいたもの”を見せたからといって、聖女候補の本命が変わるわけではありませんのよ?」

 その声は、
 私をつぶしにかかる宣告のように響いた。

 けれど――私は、もう怯えてはいなかった。
 今日の検査で、自分の中の“何か”が確かに変わったことを感じている。

「……分かっています。でも、私は……逃げません」

「まあ?」

 ロザリアの眉がわずかに動いた。

 言うつもりはなかった。
 でも、口が勝手に動いた。

「私がここに立つと決めたのは……ロザリア様ではなく、私自身です」

 廊下が静まりかえった。

 ロザリアは一瞬だけ目を見開き――
 次の瞬間、扇子で軽く唇を押さえながら笑った。

「ふふ……面白いことを言うのね。
 でも――覚えておきなさい?」

 ロザリアの瞳が細くなる。

「あなたが立った場所は、私の隣ではなく“私の前”。
 その意味を――理解しているのかしら?」

 背中を冷たい風が撫でた。

 理解している。
 彼女は私を敵と認めたということ。


 兵士に促され、私は歩き出した。

 心臓は高鳴っていた。
 怖い。
 でも――逃げない。

(私の力がどう変わるのか……怖いけど、知りたい。
 そして……殿下にも、ちゃんと伝えたい)

 その思いを胸に、私は廊下を進む。

 ――この先で、ダニエル殿下が待っている。

 王宮の渦が、静かに動き始めていた。
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