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聖域の盾、動乱の世界
北からの使者と、見え隠れする爪
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バルザムが独立特区として新たな歩みを始めてから数週間。 かつての荒野には、今や帝都からも視察団が訪れるほどの活気が溢れていました。 ですが、平和な風の中に、少しずつ冷たい湿り気が混じり始めたのを感じたのは、わたくしの植物学者としての勘だったのかもしれません。
ある日の午後、村の入り口に、帝都のそれとは明らかに意匠の異なる、重厚な鉄張りの馬車が到着しました。 白銀の鷲を象った紋章……。それは、北の軍事大国として知られるザルツブルク王国の公的な使節団であることを示していました。
「……随分と物々しいお出迎えですね、ラッシュ様」
わたくしは、公爵邸のテラスからその様子を眺めました。 馬車を囲む騎士たちの装備は、実戦を潜り抜けてきた者特有の、研ぎ澄まされた鋭さを放っています。
「ああ。彼らは礼儀を重んじるが、その裏では常に相手の急所を探っている。……ミーシア、あまり一人で彼らに近づかないように。連中の目的は、明らかに君の『蒼の雫』だ」
ラッシュ様がわたくしの肩を抱き、保護するように引き寄せました。 彼の警告通り、馬車から降りてきた男は、洗練された微笑みの裏に蛇のような冷徹さを隠した、典型的な外交官の目をしていました。
「これはこれは、バルザム公爵閣下。そして、噂に名高い『蒼き聖女』、ミーシア夫人。……ザルツブルク王国特使、ウォルフラム・フォン・クロムウェルでございます。本日は、我が王からの親善の意思をお伝えに上がりました」
ウォルフラム伯爵と名乗ったその男は、完璧な所作で頭を下げました。 ですが、その視線は一瞬たりとも、わたくしの背後に広がる月草の畑から逸れることはありませんでした。
「親善、ですか。……帝都の混乱が収まりきっていないこの時期に、わざわざ北の果てからお越しいただけるとは、恐縮ですわ」
わたくしは淑女の微笑みを崩さず、彼を応接室へと案内しました。 リリカさんが淹れてくれたサフラスの茶を一口啜ると、ウォルフラムは芝居がかった嘆息を漏らしました。
「素晴らしい香りだ。……実は、我が王も高齢でしてな。帝都で噂の『蒼の雫』があれば、再び戦場に立てるほど若返ると信じておいでなのです。……どうでしょう、ミーシア夫人。その製法、あるいは苗そのものを、我が国へお譲りいただけないでしょうか? 対価としては、お望みの金貨、あるいは我が国の精鋭騎士による永久的な防衛提供でも構いませんぞ」
「……お断りいたします」
わたくしの即答に、ウォルフラムの眉がピクリと跳ねました。
「ほう。金では動かない、と?」
「金貨で命は買えませんわ。……それに、わたくしの月草は、このバルザムの清らかな大地と、人々の愛情があって初めてその力を発揮します。……無理やり引き剥がせば、ただの雑草に成り下がる。……それは、マカリスタ様が身をもって証明されたはずですわ」
わたくしが静かに告げると、応接室の空気が一気に凍りつきました。 ウォルフラムの瞳から笑みが消え、剥き出しの「欲」が顔を出しました。
「……賢明な夫人だ。ですが、世界は貴女が思うほど優しくはない。……手に入らないのであれば、壊してしまえと考える者も少なくないのですぞ」
それは、明らかな脅迫でした。 ですが、わたくしは動じませんでした。 不毛の地で培ったのは、植物を育てる技術だけではありません。 過酷な運命に立ち向かい、大切なものを守り抜くための、鋼のような意志です。
「壊せるものなら、試してみるとよろしいわ。……わたくしたちの楽園は、そう簡単に踏みにじれるほど柔ではありませんから」
わたくしとウォルフラムの視線が、火花を散らすように交差しました。 北の大国からの招待状。 それは、新しい戦争の始まりを告げる、血の匂いがする招待状だったのです。
ある日の午後、村の入り口に、帝都のそれとは明らかに意匠の異なる、重厚な鉄張りの馬車が到着しました。 白銀の鷲を象った紋章……。それは、北の軍事大国として知られるザルツブルク王国の公的な使節団であることを示していました。
「……随分と物々しいお出迎えですね、ラッシュ様」
わたくしは、公爵邸のテラスからその様子を眺めました。 馬車を囲む騎士たちの装備は、実戦を潜り抜けてきた者特有の、研ぎ澄まされた鋭さを放っています。
「ああ。彼らは礼儀を重んじるが、その裏では常に相手の急所を探っている。……ミーシア、あまり一人で彼らに近づかないように。連中の目的は、明らかに君の『蒼の雫』だ」
ラッシュ様がわたくしの肩を抱き、保護するように引き寄せました。 彼の警告通り、馬車から降りてきた男は、洗練された微笑みの裏に蛇のような冷徹さを隠した、典型的な外交官の目をしていました。
「これはこれは、バルザム公爵閣下。そして、噂に名高い『蒼き聖女』、ミーシア夫人。……ザルツブルク王国特使、ウォルフラム・フォン・クロムウェルでございます。本日は、我が王からの親善の意思をお伝えに上がりました」
ウォルフラム伯爵と名乗ったその男は、完璧な所作で頭を下げました。 ですが、その視線は一瞬たりとも、わたくしの背後に広がる月草の畑から逸れることはありませんでした。
「親善、ですか。……帝都の混乱が収まりきっていないこの時期に、わざわざ北の果てからお越しいただけるとは、恐縮ですわ」
わたくしは淑女の微笑みを崩さず、彼を応接室へと案内しました。 リリカさんが淹れてくれたサフラスの茶を一口啜ると、ウォルフラムは芝居がかった嘆息を漏らしました。
「素晴らしい香りだ。……実は、我が王も高齢でしてな。帝都で噂の『蒼の雫』があれば、再び戦場に立てるほど若返ると信じておいでなのです。……どうでしょう、ミーシア夫人。その製法、あるいは苗そのものを、我が国へお譲りいただけないでしょうか? 対価としては、お望みの金貨、あるいは我が国の精鋭騎士による永久的な防衛提供でも構いませんぞ」
「……お断りいたします」
わたくしの即答に、ウォルフラムの眉がピクリと跳ねました。
「ほう。金では動かない、と?」
「金貨で命は買えませんわ。……それに、わたくしの月草は、このバルザムの清らかな大地と、人々の愛情があって初めてその力を発揮します。……無理やり引き剥がせば、ただの雑草に成り下がる。……それは、マカリスタ様が身をもって証明されたはずですわ」
わたくしが静かに告げると、応接室の空気が一気に凍りつきました。 ウォルフラムの瞳から笑みが消え、剥き出しの「欲」が顔を出しました。
「……賢明な夫人だ。ですが、世界は貴女が思うほど優しくはない。……手に入らないのであれば、壊してしまえと考える者も少なくないのですぞ」
それは、明らかな脅迫でした。 ですが、わたくしは動じませんでした。 不毛の地で培ったのは、植物を育てる技術だけではありません。 過酷な運命に立ち向かい、大切なものを守り抜くための、鋼のような意志です。
「壊せるものなら、試してみるとよろしいわ。……わたくしたちの楽園は、そう簡単に踏みにじれるほど柔ではありませんから」
わたくしとウォルフラムの視線が、火花を散らすように交差しました。 北の大国からの招待状。 それは、新しい戦争の始まりを告げる、血の匂いがする招待状だったのです。
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