転落令嬢と辺境公爵の開墾スローライフ~愛と勇気と知恵で、不毛の地に楽園を築きます!

紅葉山参

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聖域の盾、動乱の世界

守護の蕾、芽吹く抑止力

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 ウォルフラム伯爵たちが村に滞在し始めてから、村の至る所で「小さな異変」が起き始めました。 深夜に畑の周囲を徘徊する怪しい人影。 そして、月草の苗を盗もうとして、鋭い棘を持つ防衛植物に捕らえられる不審者たち。

「奥様!  また北の騎士たちが、西の温室に侵入しようとしましたわ!  幸い、リリカ特製の『眠り粉の花』が炸裂して、今はみんな泥のように眠っていますけれど……」

 リリカさんが、腰に手を当てて憤慨していました。 彼女もまた、バルザムの防衛隊長としての自覚が芽生え、最近では植物を用いた罠の設置に余念がありません。

「彼らも必死ですわね。……でも、力ずくで奪おうとする姿勢こそが、植物たちに嫌われる原因だということに、まだ気づかないのかしら」

 わたくしは、研究室の机に広げた新しい品種の苗を見つめました。 それは、蒼の月草と、この地の原生種である「鋼鉄薔薇」を交配させた、バルザム独自の防衛品種。 名を『蒼氷の盾(そうひょうのたて)』と名付けました。

 この花は、邪悪な殺気や魔力の揺らぎを感知すると、瞬時に周囲の気温を氷点下まで下げ、侵入者の動きを物理的に凍結させる力を持っています。 そして何より、わたくしの魔力にのみ反応し、許可なく触れようとする者の体温を奪い去るという、文字通りの抑止力です。

「ミーシア、ザルツブルクの主力軍が、国境付近で演習を始めたという情報が入った。……使節団の動きは、単なる時間稼ぎだったようだ」

 ラッシュ様が、厳しい表情で書斎に入ってきました。 彼の纏う空気は、すでに一軍を率いる将軍のそれへと切り替わっています。

「演習、ですか。……いよいよ、本気で奪いに来るつもりなのですね」

「ああ。……だが、彼らは大きな計算違いをしている。……バルザムは、守られるだけの土地ではない。……この大地そのものが、彼らを迎え撃つ最大の兵器だということを、まだ理解していないんだ」

 ラッシュ様の言葉に、わたくしは深く頷きました。 わたくしたちは、自分たちの土地を愛しています。 愛しているからこそ、それを踏みにじる者には容赦をいたしません。

 その日の夜、わたくしはウォルフラム伯爵を、月明かりの下の実験農場へと招待しました。 彼は、ついに苗を盗み出すチャンスが来たと確信したのか、下劣な笑みを浮かべて現れました。

「……おや、ミーシア夫人。このような夜更けに、わたくしを誘うとは……。もしや、気が変わられましたかな?」

「いいえ。……最後に、貴方に見ていただきたいものがあったのですわ」

 わたくしが指を鳴らすと、周囲の『蒼氷の盾』が一斉に開花しました。 清涼な蒼い光が、夜の闇を真昼のように照らします。 と同時に、ウォルフラムたちの周囲の気温が急速に下がり、彼の吐く息が白く凍りつきました。

「な、なんだ……⁉ この寒さは……。魔導具も、剣も……凍りついて抜けないだと⁉ 」

 ウォルフラムが慌てて剣に手をかけましたが、鞘と柄が氷の結晶で固着し、びくともしません。 彼の足元では、蒼い蔦が蛇のように蠢き、彼の自由を奪っていました。

「伯爵。……貴方たちが奪おうとしているのは、ただの植物ではありません。……この地の意志そのものです。……明日、日の出と共にバルザムから立ち去ってください。……さもなければ、貴方たちはこの地の肥やしとして、永遠に眠ることになりますわ」

 わたくしの瞳には、一抹の慈悲もありませんでした。 大切な人を守るためなら、わたくしは冷酷な魔女にでもなると誓ったのです。

 ウォルフラムは、凍える恐怖の中で、ようやく理解したようでした。 目の前の女性が、単なる「幸運な植物学者」ではなく、この大地の支配者であるということを。

「……わかった。……退こう。……だが、我が王がこれで諦めると思うなよ」

「ええ、望むところですわ。……次は、ザルツブルクの軍旗をこの地の肥やしにして差し上げます」

 わたくしは、去りゆく使節団の背中を見送りながら、静かに拳を握りました。 第4章の幕開け。 それは、バルザムの知恵が、世界の武力と正面からぶつかり合う、誇り高き生存競争の始まりでした。
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