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第3章 サトル、謡う
3-2-7 後始末
しおりを挟む「ねえ、その人どうするの?」
頭を失って倒れてるノウマンはなるべく見ないようにして聞くと、ルーファスネイトが動かなくなったノウマンを冷ややかに見下ろしながら教えてくれた。
「わざわざ埋めるのも手間だ。このまま捨て置きたいが、ギルドの決まりがあるからな」
「ルーさんはめんどくさがりなんだからもう。大丈夫だよ。ギルドに小鳥を飛ばしてあるから、後始末の担当が来るからね」
「後始末の担当?」
「もしかして、その…連れて帰るの?」
竪琴を収納しながら聞くと、マリーベルも横から付け加えた。
「今回は町が近いからそうなるなー。しっかり魔物と虫除けだけはしとかないと、後が大変になるから、遠い場合は埋葬することもあるんだぞ」
「うわぁ…後始末の担当の人も大変そう」
手際よく準備を進めるピルピルさんの説明に納得して言ったら、にやっと笑ってさらに教えてくれた。
「粛清の方が大変な場合もあるが、どうしても遺体を持ち帰らなきゃらならない後始末の時はもっと大変なんだぞー? 特に死人だの不死兵だのが出るところじゃ、塩を口に突っ込んだぐらいじゃ効きゃしないからな」
「そ、それってどうなるのよ?」
「あ、待って。想像ついた。俺、聞きたくない」
よし、逃げよう。
そう思ったのに、ピルピルさんは俺を離してくれなかった!
「まあまあ、聞けよ少年! 想像してみな? おまえにとって、こいつらはおっかない相手だっただろう?」
「う…うん」
おっかないどころじゃない…。トラウマものだよ。
顔や口の中、肩はまだまだ痛むし、お腹の中身に深刻なダメージを負ったときのあの痛みと苦しさは、きっと一生忘れない。
「あいつらが不死兵になって襲い掛かって来てみろー? 死人はまだしも、不死兵や夜の眷属なんて生前の戦闘力がそのまま反映される上に痛みを感じないし、手足を失おうが関係ない。強力な死霊使いに死の刻印された者は、首が落ちようと戦い続けるんだぜ? それこそ聖水や祝福の水をたっぷりかけるか、吟遊詩人の呪歌でもなけりゃお手上げなのさ」
「怖い!」
「待って、火は効くんじゃないの? 不死系には火も有効だって本に書いてあったわ!」
震えがった俺の横で勢いよくマリーベルが手を上げて、クリスタルワンドの火がチラチラ揺れる。
ゲームでさえ気持ち悪かったのに、現実であんなやつら絶対に相手にしたくないよ!!
「うん、効くな」
「一応、効くよね」
あれ、今度の返事は月光旅団の二人がしてくれた。
「前に、なんと言ったか…やたら図体が大きくて臭いやつだ」
「ゴブリンキングね……。どこかのお馬鹿さんが開けちゃ駄目って言われていた迷宮の宝物庫を開けて、罠だけ発動して逃げた案件」
ゴブリンキングって、終盤じゃないと出てこない強敵だよ。この人たち、普通にしゃべってるけど、どこ行ってたの!?
ルーファスネイトはいつもの笑顔で、ヴィントは腕を組んで頭が痛そうなげっそり顔で話す。そんな二人をびっくりして見たら、マリーベルも俺と似たような表情でだいぶ引いてる。
「そうそう。あれだ。斬り捨てて終わりかと思ったんだがなあ」
「そうだね。僕はあなたにちゃんと、斬るのはちょっと待ってって言ったんだけどね」
女神もかくやという美貌で悩まし気に溜息をつくルーファスネイトに対して、ヴィントはしみじみ疲れた様子でぼやく。
「うん。まさかあれが死の刻印を先に掛けられていたとはな。いやはや参った、参った」
「まさかもなにも、あのゴブリンキングの手、最初からいかにも怪しい指輪が自己主張してたんだけどね……」
「あれは俺たちの戦った中でも、十指…かはわからんが、まあ上位に入るしぶとさだった。さて、何日かかったのだったか……」
「五日だよ。おかげで僕は、二日がかりで下ごしらえしてた肉を全部捨てる羽目になったんだ…! 祝福の水が腐った肉を浄化するなんて、できればこの先もずっと知りたくなかったよ!」
あ、ヴィントが怒った。
いや、それは怒ってもいい。
「祝福の水で浄化って…お肉、どうなったのかしら……」
「さ、さあ。なんか…ぱっさぱさになったんじゃない?」
いや、想像できないし。マリーベルもそんな、真剣に考えなくてもいいんじゃないかな!
「残念。ぱっさぱさどころか、綺麗に浄化されて、最初からなかったことになったよね。欠片も残らなかったから!」
あ、聞かれてた。
ヴィントがぐりんっとこっちを向いて教えてくれて、俺たちはとりあえずこくこく頷いておいた。
「うん。不死系を清めるのだから、同じように腐った肉なら浄化ができたということだろう。すっかり臭くなっていた台所の匂いも取れたし、あれだ。主婦の裏技というやつだな」
「あれは魔女に頼んで作ってもらったやつ! 一本三千ダルムもする裏技とか、僕は認めないからね!!」
ルーファスネイトはすっかり思い出話のつもりだけど、ヴィントは今も現役で怒り心頭だ。そして俺は、ヴィントの方の気持ちがわかる。
大体、あの月光旅団の二人がまさか、こんなボケとツッコミが完成されたコンビだとは思わなかった!
「ほい、でかい坊主ども、そのへんにしとけ! 終わったから行くぞ~」
おっと、二人の漫才を見てるうちにピルピルさんがぜんぶやってくれたらしい。申し訳ないことをしちゃったな。
「だめだ…ルーさんに真面目に取り合うだけ疲れるってわかってるのに」
「ははは、おまえはいつまで経っても修行が足りんなあ」
「あなたのその図太さ、見習いたいよ……」
げっそりしたヴィントを微笑ましそうに笑いながらルーファスネイトがついてきて、俺とマリーベルは耳も尻尾もしゅんとした、哀愁漂う大きな黒い背中を見ながら首を傾げた。
「ねえ…結局、火は効くのよね?」
「効くんでしょ? だってあの二人が効くって言ってるんだし」
結局、答えがわかったような、わからないようなで困った俺たちにちゃんと教えてくれたのは、ピルピルさんだった。
「あー、火も効くぞ」
ぱあっとマリーベルの表情が輝いたけど、水色の頭の後ろで腕を組んだピルピルさんが続けて教えてくれた情報に、マリーベルの笑顔はすぐに曇ることになった。
「骨だけになるまでしっかり焼けるならな」
「えーと…骨まで?」
大きな目をぱちぱちさせてるマリーベルの代わりに聞いたら、「そうとも」とピルピルさんが頷く。
「中途半端はダメだぞー? 燃やしたトレントみたいに、火がついたままこっちを追い掛け回してくるから始末が悪い。しかもあいつらが燃える匂いはくっさいからなー」
声が聞こえてたらしく、そこでエルフの道まで出て待っていたヴィントがくるっとこっちを振り返って叫んだ。
「不死系は大体迷宮にいるから、燃やすの危険だからね! 匂いが外に出ないんだから!!」
「うん。あのあとは俺もおまえも匂いが移って、せっかく町に帰ったというのにしばらく六番街には行けなかっ」
「ルーさん、ちょっと黙ろうか!」
しみじみと言いかけたルーファスネイトに最後まで言わせずに、ヴィントが割り込む。
は? 六番街ってどこだ?
そんなとこ覚えてないぞ。もしかして、二周目のどこかで増えるのか?
「ねえ、六番街ってどこなの?」
「知らない。ねえ、ピルピルさん。六番街って、」
あ、「聞くな」って顔してる。すごくめんどくさそうな顔!
「あー…えっと、不死系は燃やしちゃダメ、覚えたよっ」
あ、おもむろに頷いた。これは「よし、いい子だ」の顔だな。
決めた、この件は一旦忘れよう。縁があればどこかで行けるさ。
それより、さっきのゴブリンキングが不死になっちゃった話だ。
もしかしてこの二人…燃やしたのかな? ゴブリンキングの不死兵を??
あれってすごいでかかったような……。
「あ、あたし…火が得意で一番強い威力を出せるからつい使っちゃってたけど、もう絶対軽はずみに使ったりしないわ…!」
「そうだね。それがいいよ……」
戦慄した様子でマリーベルが強い決意を浮かべた表情でそう言ってくれて、俺は先にその苦しみを味わった二人に心から感謝した。
思い返してみたらあの二人、さんざん手荷物扱いされてたときに思ったんだけど、さすがは美形だと思うようないい匂いだったんだよね。
それがたぶん、ゴブリンのあの匂いよりやばい体臭になったんだろうなと思うと……!
「まあ、火を使うのが必ずしも悪いわけじゃないさ。ほかに方法がなけりゃ、一番効果的ではある。それにあいつらも自分の弱点だとわかってるから逃げるしな」
エルフの道にやっと戻れて、ピルピルさんが笑う。
「じゃ、じゃあ脅しに使うわ…」
「がんばって。とりあえず攻撃範囲を絞る練習からじゃない?」
「そうね、がんばる!」
ぐっと気合いを入れたマリーベルは心から応援するとして、俺は前を歩きながらいつまでもしょうもない言い合いをする月光旅団の二人の黒い背中を見る。
「やれやれ、おまえといると賑やかでしょうがない」
「ちょっと、誰のせいで僕がうるさくなってるか知ってて言ってる!?」
二人とも見た目は二十代半ばから後半ぐらいかな。実際の歳は知らないけども、うん。中身は年上の俺から見たら、かわいいもんだ。
そんな二人を見てたら、あんなにひどい目に遭ったのにな……。
俺の気持ちはすっかり晴れて、あちこち痛いのも気にならなくなってきた。
もちろん、あれは夢だったんだとかさ。現実逃避はしないよ。
この経験を絶対忘れないようにしよう。ちゃんと糧にして、一人前の冒険者になりたい。
そう思ったんだ。
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