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6年2組の女子生徒
バッドエンド
しおりを挟む真実香はクラスの全員に聞こえるように叫んだ。
「みんな聞いてっ! 蘇夜花が『デメ』やってもいいってさ!」
「「「「……!」」」」
その一言で、教室中が静まり返った。床で寝かされている風太以外の全員が、真実香を黙って見つめている。
「……本当に蘇夜花が言ったのか。それ」
風太の腹の上に座っている界が、最初に口を開いた。界は目を大きく見開き、少し冷や汗を垂らしている。
そんな界に対して、真実香は笑顔で答えた。
「うんっ! 時間も3分作るから、美晴に『デメ』やっていいって言ってた! 職員室でちゃんと聞いてきたよっ!」
やはり風太は、間違いなく『デメ』を受ける。
(『デメ』……?)
虚ろな目をしたまま、風太は耳に入る謎の単語に疑問を持っていた。
腹部は潰され、両腕は踏みつけられ、右肩はビリビリと痛む。今から自分の身に降りかかる『デメ』が何かは分からないが、もう拒否する力は微塵も残っていない。
「蘇夜花ちゃん怒ってるよね。きっと」「当然だよ。今日の美晴キモいし」「で、誰がやるの? 蘇夜花も五十鈴もいないけど……」「うわっ、おれ初めて見るかも」
観衆たちがざわつくなか、界は風太の腹から降りると、力の抜けた風太の胸ぐらを引っ張りあげて、無理やり体を起こさせた。
「おい、体に力入れろよ。もう1発蹴られてェのか? あァ?」
「……!」
界の乱暴な言葉を聞くと、風太の体は恐怖で震えた。
(嫌っ、嫌だっ……。怖い……)
涙だけは我慢したが、心が完全に折れてしまっている。顔は蒼白になり、体はその身を守るために、自然と界の言いなりになった。風太は手足に力を入れて、ボロボロの体を支えた。
「ここに座れ」
言うことを聞くしかなかった。
風太が少し腰を上げると、脚は一番楽な姿勢をとり、「女の子座り」で教室の床にへたり込んだ。
界はそれを見届けると、一旦闘技場から退場し、掃除用具入れなどがある教室の後ろへと向かった。
――月野内小学校の一部のクラスでは、生き物を飼育している。生徒か先生が自分のクラスに持ち込んで、そのままクラス全員のペットとなるのだ。
2年3組にはカブトムシの幼虫、4年1組にはオカヤドカリ。大抵は大きめの水槽に入れられ、教室にあるランドセルを収納するロッカーの上で飼われている。
そして、この6年2組にもペットはいた。
ゴトッ。
力なく項垂れている風太の前に、大きな水槽が置かれる。
(なんだ、これ……?)
それを不思議そうに見つめる風太の顔から、無理やりメガネが外された。外したのは、さっきまで観衆の中にいた、冬哉という少年だ。冬哉は離れた場所へそのメガネを放り捨て、そしてまた別の少年が、落ちているメガネをさらに遠くへ蹴り飛ばした。
「冬哉、琥太郎。お前らは、美晴の腕おさえとけよ」
「えぇ~!? 界は?」
「おれァ、この水槽をおさえとかなきゃダメだし」
「自分だけ楽な方じゃんっ!」
「でもよォ、執行人やるよりかはマシだろ?」
「それは、まあ……そうだけど」
界と冬哉と琥太郎の男子三人で小競り合いをした後、その中で一番図体の大きい界が、観衆に向かって大声で叫んだ。
「キモムタァ! お前、ちょっとこっちに来いっ!」
界に「キモムタ」と呼ばれて、前に出てきたのは、小太りの小さな少年だった。
「へぇっ!? ぼっ、ぼくぅ!?」
小太りの少年は、おどおどしながら早口でしゃべった。そして、界の元へ近づきながら、右ポケットの中にスマートフォンをしまいこんだ。おそらく、この状況の動画を撮っていたのだろう。
「キモムタ。お前、執行人やれ」
「なっ、なんでぼくなんだよぉ。か、界くぅん」
「いいからやれ。それとも、お前が美晴の代わりに『デメ』やるか?」
「ひえぇっ! わ、分かったよぉ、し、執行人やるよぉっ!」
界にびくびくと怯えながら、キモムタは『美晴』の首根っこを掴んだ。『美晴』はキモムタを軽蔑するような目で見ていたが、キモムタの頬は何故か赤く染まった。
「執行人はキモムタな。よし、始めるか」
そう言うと、界は水槽のフタを静かに開けた。
その中にいたのは……金魚。黒いデメキンが一匹、飼育用水槽の中を悠々と泳いでいる。
(えっ……?)
風太はワケが分からず、界の顔を見た。
「『デメ』のルールはわかってんな? お前がデメキンを口で捕まえるか、3分経ったら終わり。口を使って金魚すくいをやれってことだよ」
説明されてもなお、界の言っていることはさっぱり理解できない。
(何を……言ってるんだ……)
しかし聞き返そうにも、口から言葉は出ない。そうしている間に、無情にも『デメ』は始まってしまった。
キンコーン。
3時間目開始のチャイムが鳴ると同時に、風太の顔は、金魚のいる臭い水槽へと無理やり押し込まれた。
チャプッ。
着水する。
風太は体を動かそうとしたが、ただでさえ抵抗する体力がないのに加え、腕も首も強く押さえつけられていて、身動きがとれない。唯一、動かすことができる脚をバタつかせても、この状況を解決するような力にはならなかった。
(うっ、臭いっ……!! 息が……苦しいっ……!!)
『美晴』の息の限界は、すぐに来てしまった。着水する前に、しっかりと空気を蓄えることができなかったからだ。金魚を捕まえるどころか、水の中で目を開けることすらできない。水はとても汚く、浮いている金魚のエサや糞が、『美晴』の髪に大量に付着した。
(助けてっ……! 誰か、助けてっ……!)
極限状態の心の中では、『美晴』と風太が混ざり、自我すら崩壊しつつあった。
目の前で、少女の人格が崩壊していく。しかしそれでも、観衆の中から「いじめられっ子」を助けようと思う人間は、現れない。
「ぶはぁっ……!!」
ザバッ。
風太の首が、水槽から引き上げられた。長い髪を伝って、毛先からは汚水がジョボジョボと垂れ落ちている。
「はあぁっ……、はあっ……、はあぁっ……!」
瞳を大きく見開き、風太は何度も大きく呼吸をした。やっと苦しみから解放された……と思ったが、汗でにゅるにゅるしたキモムタの手は、まだ風太の首根っこを掴んでいる。
「おいキモムタァ、ちゃんと操作しろよ。金魚すくえてねぇじゃねェか」
「うっ、うん……」
苛立つ界に睨まれ、キモムタはもう一度、風太を着水させようとした。
「やっ、やめ……て……!」
口調は『美晴』のものだが、ようやく風太の口から、まともな言葉が出た。しかしキモムタは一瞬ひるむも、風太の後頭部を押さえつけている手を止めなかった。
「息がっ、できな……むぐっ」
風太はまた水槽へ押し込まれた。
今度は鼻や口の中に、汚水が流れ込んだ。肺に蓄えておいた空気はすぐに消費してしまい、もう水を飲み込むしかなかった。
(このままだと……本当に……死……)
地獄のような3分間が続いた。
* *
そして3分後。
6年2組では、何事もなかったかのように、算数の時間が始まった。しかしその教室には、『美晴』の姿だけがなかった。
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