上 下
24 / 145
小箱 蘇夜花

見てください

しおりを挟む

 「見てください。全部」
 「えっ……?」
 「わたしの体、見てください」
 「お、お前っ……! それで……いいのか……!?」
 「はい」

 風太が一度も見たことのない、美晴のはだか
 着ている服を脱ぐだけで簡単に見ることができるが、風太は今までそれをしなかった。その理由は、美晴が「見せたくない」と言ったからであり、女子の見られたくないところを勝手に見るような男では、雪乃にも顔向かおむけできないと思ったからだ。美晴と雪乃……二人の女子の気持ちを、尊重そんちょうしようとした結果だ。
 しかしそれも、この瞬間まで。美晴本人の口から、「見てください」という言葉が出た。ということは見てもいいのだろうが、風太はまず、急な心変こころがわりに疑問を持った。

 「どうして……?」
 「やっと、決心がついたので」
 「決心……?」
 「『見せる決心』と、『手放す決心』です」
 「手放す……決心……? それは……どういう意味……だ……」
 「その体は……もう、わたしのものじゃないってことです」
 「じゃあ……、誰のもの……だよ……! お前が……手放したら……この体は……誰のものに……なるんだ……!」
 「……」

 そこで無言むごんになることが、美晴としての答えだった。
 『手放す決心』とはつまり、もう他人の体だとみとめるからこそ、どうなってもかまわないという決心だ。このまま新しい体の中にいたいと願う美晴は、古い体の方を手放すことに決めたらしい。
 今ここで「はだかを見る」と、美晴は完全に元の体への未練みれんを捨てるだろう。風太は、それに気付いた。

 「見ない……!」
 「えっ?」
 「お前が……この体を……捨てる気なら……、おれは……見ない……! ずっと、ずっと……目をつぶって……おくからな……」
 「そんなっ! その体はもう、風太くんのものなのにっ!」
 「違うっ……! 勝手に……押し付けるな……! 『手放す決心』だけは……今……つけるなよ……! おれは……この体は……美晴のものだと……思ってるんだ……!」
 「でも、わたしはもう『見せる決心』もついてて……!」
 「そっちだけ……! 本当に……見る……だけ……なら……見る……! おれは……この体を……美晴の体として……なら……、見る……!」
 「わ、わたしの体として? 風太くんのじゃなくて?」
 「そうだ……。もう一度……だけ……聞くぞ……。この体は……誰のもの……なんだ……?」
 「……」
 
 風太はかたくなに、体を受け取ろうとしなかった。風太の「元の体に戻りたい」と思う気持ちは、美晴の「元の体に戻りたくない」と思う気持ちよりも、今は強い。
 今回は、美晴が折れた。そして、美晴は『手放す決心』の方を一旦あきらめ、『見せる決心』だけを固めた。

 「見てください」
 「何を……?」
 「わたしの体を、です」
 「分かった……」

 *

 『美晴フウタ』はスッと目を閉じた。
 『風太ミハル』はれた手つきで『美晴』のスカートを脱がせ、ブラジャーとパンツだけの姿にした。
 
 「風太くん、後ろに手を回してください」
 「こう……か……?」
 「そうです。あっ、もう少し上です」
 
 美晴に言われるがまま、風太がひじを曲げていくと、胸の背面辺りで、サポーターやコルセットのような、ゴワゴワしたさわ心地ごこちの物が、風太の指に当たった。
 
 「こ、これか……?」
 「その辺りに、ホックがあります。自分ではずしてみてください」
 「う……ん……?」
 
 小学6年生の男子なので当然だが、自分のものどころか、他人のものすら外した経験はない。少し時間がかかったが、体をひねり、指を上手く使って、風太はなんとか外すことができた。
 
 「ふぅ……。やった……! 外せた……!」
 「やりましたね。じゃあ、後は……」
 「パンツ……か……」
 「パンツ……ですね……」
 
 風太はパンツのゴムに指をかけ、前屈まえかがみになりながら、するするとあしを抜いていった。そして、脱ぎ終わったパンツはそっと床に置いた。
 
 「さ、最後の……一枚……を……脱いだ……」

 少女は、ほぼ一糸いっしまとわぬ姿で、大きな鏡(ダンスの授業で使うキャスター付きの姿見すがたみ)の前に立っている。

 「美晴っ……! め、目を……開ける……ぞ……!」
 「待って! その前にっ!」
 「うん……?」
 「ここを、いておきます……!」
 
 そう言うと、美晴は濡れたタオルを手に持ち、風太のまたの内側や両足の付け根のあたりを、丁寧ていねいに拭き始めた。風太は「そうか、それを忘れてた……!」とは思ったものの、そんなところの世話まで同級生の女の子にやってもらうのは、男としてなんだか恥ずかしくなった。
 
 「いい……よ……。拭くのは……自分で……やる……から」
 「いえ、今はわたしがやりますっ。わたしを見本にするつもりで、体のどこを拭けばいいかを覚えてくれれば……」

 と、美晴が股間こかんの奥に触れた瞬間。

 「んっ……」

 ビクンと、『美晴』の体が反応を示した。声が漏れたは、そこが繊細せんさいな場所である証拠しょうこ
 
 「あっ!! ご、ごめんなさいっ!!」
 
 触ってはいけない場所に触ってしまった『風太』は、即座そくざあやまり、素早く手を引っ込めた。
 
 「風太くん、大丈夫ですか……!?」
 「……」
 
 『美晴』は声も出さずに、小さくうなずいた。

 *

 「終わりました。これで全身、綺麗きれいになりましたよ」
 「うん……」
 「じゃあ、め、目を開けてくださいっ。お、お願いします」
 
 準備は全てととのったらしい。風太は静かに深呼吸しんこきゅうをして、ゆっくりとまぶたを開けた。

 「……!?」

 目の前の鏡には、髪の長い少女の裸が映っていた。
 色白でせている。乳房ちぶさには脂肪しぼうたくわえられ、ぷくっとふくらんでいる。陰部いんぶには、本来の男子の体にあったものは消え失せ、その代わりに下に向かってキュッとまんだようなかたちになっていた。

 「なんだ……これっ……!?」

 風太にとっては初めて見る女子小学生の裸体らたいだったが、驚いた理由はそこではなかった。
 
 「何が……あったんだよ……」

 肌の色がおかしい。膨らんだ胸の下からヘソの辺りにかけて、皮膚ひふはグロテスクにゆがみ、さらに一部は赤黒あかぐろく変色している。そして腰から陰部のあたりには、強くいた後にできるような「ミミズれ」が何本もある。血こそ出ていないものの、痛々しくれてうねっているそれはまるで、生き物のようだった。
 目の前の悲惨ひさんな現状に、思わず目をそむけそうになる。しかし、美晴は静かな声で言った。

 「しっかり見てください。これが、わたしの体の全てです」
 「まさか……、お前が……裸を……見せたくなかった……理由は……」
 「もちろん、恥ずかしいという気持ちもありましたけど、風太くんにこれを見せる勇気がなかったというのが、大きな理由です」
 「それで……、これは……なんだ……? この……赤い……肌は……」
 「火傷やけどあとです。熱湯をかけられました」
 「この……傷は……?」
 「刑の名前は、『ハリ裂けミミズ』。その痕です。針で刺青いれずみ真似事まねごとをする刑だそうです」
 「針か……」
 「肩の青アザは、界くんたち男子に殴られた時にできました。そしておデコの傷は、図工の授業の時につけられた傷です」
 「治る……のか……?」
 「分かりません。保健室や病院には行ってないので。ずっと残る傷かもしれません」
 「なんだよ……それ……」
 「でも、前髪を伸ばせばおデコは隠せますし、服を着ればその体の傷も分かりません」
 「そういう……ことじゃない……だろ……!」
 「みにくいですよね。こんなものを見せて、ごめんなさい」
 「……」
 「もう服を着てもいいですよ。風太くんに見てもらえて良かったです」

 美晴がそう言った後も、風太はしばらく鏡の前に立っていた。

 *

 5分ほど経過した。
 風太はうす水色のパンツをはき、美晴にやり方を教わりながら初めてのブラジャーを着けた。
 
 「これで……いいのか……?」
 「はい。胸、苦しくないですか?」
 「まぁ……、大……丈夫……そう……だ……」
 「じゃあ、ブラウスとスカートはここに置きますね。わたしは、風太くんが脱いだ服を片付けておきます」
 「あぁ……頼む……」
 
 『美晴』はブラウスのボタンを留め、紺色こんいろのプリーツスカートをはいた。目を閉じなくてもよくなったので、前とは違いスムーズに着ることができた。
 ふと、『風太』の方を見ると、畳んだ服を袋に入れて、赤いランドセルへと運んでいるのが見えた。
 
 「美晴……?」
 「あっ、終わりましたか?」
 「この体の……傷のことは……誰が知ってる……?」
 「全部知ってるのは、傷をつけた6年2組の一部の人たちと、風太くんだけです」
 「美晴のお母さん……は……?」
 「……!」

 『風太』の、作業していた手が止まった。

 「お前の……お母さん……は、どこまで……知ってる……?」
 「何も。何も知りません」
 「だ、だったら……! イジメのこと……、おれが……お前の代わりに……お母さんに……相談する……! お前のクラスで……何が起こってる……のか、おれが……ちゃんと……話してやるからっ……! だから……体を元に……」
 「それはダメっ!!」
 「!?」
 「お母さんには、絶対に言わないでっ!!」
 「な、なんで……?」
 「わたしのお母さん、離婚りこんしてからずっといそがしくてっ……! 毎日遅くまで働いて、ずっと疲れてるみたいで……。だから、わたしのことで心配をかけたくない……かけられないんですっ!」
 「それで……病院にも……行ってないのか……」
 「病院どころか、先生にも、校医の先生にも、誰にも言ってないです。もし誰かに言ったら、絶対にお母さんの耳にも入っちゃうからっ」
 「じゃあ……、蘇夜花たちは……お前が誰にも相談できないのを……知ってて……」
 「さ、最初に、蘇夜花ちゃんがわたしに言ったんです……!」

 美晴の声が、この第一だいいち用具庫ようぐこに響く。
 
 「『美晴ちゃんの家って、母子ぼし家庭かていで大変らしいね。ただでさえ大変なのに、もし娘が学校でいじめられてるなんて知ったら、お母さん……倒れちゃうかもねっ』って……!!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

侯爵様が好きにしていいと仰ったので。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,868pt お気に入り:4,239

僕っ娘は好きですか

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

貴方の想いなど知りませんー外伝ー

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,315pt お気に入り:1,753

【完結】結婚しないと 言われました 婚約破棄でございますね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,059pt お気に入り:2,601

冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:653pt お気に入り:5,828

実践!脱衣麻雀 巨乳編

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:19

続・拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,953pt お気に入り:9,839

転生したら倉庫キャラ♀でした。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:462pt お気に入り:412

処理中です...