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風太と美晴と春日井雪乃
ホットケーキの歌
しおりを挟む「わぁー! 美晴ちゃんの部屋だー!」
美晴の部屋に入った雪乃は、全く中身の無い感想を大声で言った。
「わたしの部屋より綺麗かもっ」
「雪乃の……部屋……?」
風太は、雪乃の部屋には何度か入ったことがある。
雪乃の部屋は、可愛い小物に洋服、雑誌や漫画、そしてクッションやぬいぐるみなどで溢れ、いかにも「遊び場」という感じの場所。やたら物が多く、全体的にピンク色なのが特徴。同じ年の女の子の部屋だが、質素で地味な美晴の部屋とは正反対だ。
雪乃はぐるりと部屋を見回し、本棚の前で止まった。
「すごーい! 本がいっぱいだねっ! これ全部読んだのっ!?」
「えっ……!? いや……! まぁ……うん……」
「この『勇者アルセ厶の冒険』もっ!? とっても分厚い本だけど」
「うん……」
「へー、本を読むのが好きなんだね。美晴ちゃんって」
「まっ……まぁね……」
「あれ? ところで、風太くんは?」
「ちょっと……様子……見てくる……から……、この部屋で……本でも読んで……待ってて……」
「うんっ!」
本のことについて根掘り葉掘り聞かれるとマズい。風太は雪乃を部屋に残し、逃げるように廊下に出た。
*
美晴を見つけることには、それほど苦労しなかった。奥の部屋のリビングで、なにやら作業をしている。
「おい……美晴……」
「あ、風太くんっ」
「一人で……何……やってるんだよ……。部屋に……入らない……のか……?」
「すいません、あと少しだけ待ってくれませんか? もうすぐ終わりますから」
「お前……それ……掃除機か……?」
「はい。休日はいつも、お掃除や洗濯をわたしがやっていたので」
「お母さん……の……ためか……?」
「そうです。忙しいお母さんが、少しでも楽をできるようにしたいんです」
「……」
一生懸命家事に勤しむ美晴の横顔を、風太はじっと見ていた。そして少し考えてから、言った。
「教えろ……よ……」
「えっ?」
「どこを……どうやって……掃除……すればいい……とか……、洗濯の……やり方……とか……、おれに……教えろ……」
「えっ!? い、いいですっ。そんなことまでしなくてもっ」
「成り行き……だけど……、今おれは……ここに……住んでるんだ……。自分が……世話になるところ……なんだから……、やらない……わけには……いかない……だろ……」
「……!」
「それに……、美晴のお母さんに……何かあったら……、ここで暮らしてる……おれも困るし……」
「風太くん……! ありがとうっ!」
『風太』は頬を赤く染めて微笑み、両手を胸の前で重ねた。喜びのあまり出たポーズなのかもしれないが、男子がやるとなかなか気持ちが悪い仕草だ。
「そのポーズ……人前では……絶対に……やるなよ……」
「あっ! は、はいっ!」
*
「二人とも、ケンカとかしてないよねっ?」
風太と美晴は家事を終え、雪乃が待つ部屋へと戻った。
「うん。おれたち、ずっと仲良くしてまし……してた、ぜ。なぁ、み、美晴?」
「そ……そうですね……。おれ……じゃなくて、わたしたち……ケンカなんてしてな……してません……わよ……。風太くん……?」
二人は自分の体の方に口調を合わせ、顔を見合わせた。
「ふーん。まぁ、ケンカしてないならいいか。美晴ちゃん、この本おもしろいねー」
「えっ……!? あぁ……そうですね……」
二人を待っている間に、雪乃は美晴のベッドでくつろぎながら、部屋にあった児童書を夢中で読んでいたようだ。
監視の目がないので、風太はまたいつもの口調に戻すことにした。しかし、声の大きさは、ベッドの雪乃には聞こえない程度で。
「ふぅ……。そのまま……本に……夢中に……なっててくれ……」
「あの、風太くん」
美晴も風太と同様に、本来の口調かつ小さな声で話している。
「なんだ……? 美晴……」
「その……体調は安定していますか?」
「体調……? 体の……調子は……別に……悪くないと……思うけど……」
「そうですか。それならいいんです」
「……?」
「あっ、いえ、わ、わたしたちも、本を読みませんか?」
「ん……? ああ……そうだな……」
何かをごまかしながら、美晴は本棚の前へと進んだ。一冊、二冊と慣れた手つきで本を抜き取り、美晴が三冊目に指をかけたところで、風太はその辺りに「教科書」を片付けたことを、ハッと思い出した。
「あっ、ダメだ……! 美晴……待てっ……!」
「え? これって……」
一歩、遅かった。
美晴はすでに、ボロボロに破けた国語の教科書を手に持っていた。入れ替わり初日に風太が発見し、本棚の奥底にしまいこんでいた、あれだ。
「風太くん、これ……!」
「うん……。三日前に……見つけた……」
「もしかして……蘇夜花ちゃんたち、ですか?」
「それは……分からないけど……。お前の……クラスの……誰か……だと思う……」
「……」
美晴の表情が、曇っていく。
「ごめんなさいっ」
「謝るなよっ……!! どうして……お前が……おれに……謝るんだっ……!!」
「で、でもっ!」
「これは……お前が……謝ることじゃ……ないだろっ……!!」
哀し気な目を見て、風太も思わず熱くなった。
やったのは6年2組の誰かで、美晴じゃない。それが分かっているのに、美晴は謝ることしかできなかったのだ。美晴の気持ちを想うと、風太はとても悔しくなって、声を張り上げてしまった。
「はーいストップ! ケンカはダメですよー、皆さーん」
本を読み終えた雪乃が、馬鹿丁寧な口調で割って入ってくる。風太が出した大声に反応してやってきたらしく、話の内容まではおそらく分かっていない。
雪乃は、教科書と二人の顔を何度か見て、自分なりに状況を把握しようとした。
「このボロボロの教科書、誰の?」
「美晴の……。わ、わたしの……です……」
「原因は分かる? 何があってこうなったの?」
「……」
「一応聞いておくけど、風太くんがやったわけじゃないよね?」
「「違うっ!」」
「そうだよね。変なこと聞いてごめんね。なんで教科書がボロボロになったのかは、不明……」
雪乃はそう言った後、「うーん……」と唸って、少しの間考え事をした。そして、あとの二人は雪乃が出す結論を待った。
「よーし、じゃあ風太くん!」
「は、はいっ」
「風太くんは、これから6年2組で国語がある時に、美晴ちゃんに教科書を貸してあげること!」
「分かりま……わ、分かった」
「美晴ちゃんは、しっかり風太くんから教科書を借りること! そして、風太くんが忘れちゃった時は、わたしに借りに来ること! OK?」
「う……うん」
「約束ねっ! 美晴ちゃんも風太くんも、これでいい?」
雪乃は、風太と美晴の仲のことも考えて、そういう結論を出した。
強引に約束させられた風太と美晴だったが、どちらともその結果に不満を漏らすことなく、顔を見合わせて小さく笑った。
*
ダイニングテーブルの上の置き時計は、長針短針共に、てっぺんを指し示した。今日はそれほど暑くも寒くもなく、普通の人が快適にすごせる気温だ。
「ホットケーキ~♪ 素敵本気なケーキ~♪ フフフーンフーン♪」
美晴の提案で、家にある物を使って簡単な食事を作ることにした。何を作るのかは、食器並べ係の雪乃の鼻歌の通り。
「雪乃……ちゃん。もうすぐ……できる……ってさ……」
「センキュー、美晴ちゃん。あとはキッチンの風太くんに任せていいの?」
「あいつ……じゃなくて、風太くん……ホットケーキは……よく作るから……慣れてる……らしい……ですよ……」
「へぇー、なんか意外だね。4年生の時の調理実習だと、卵焼きすら失敗してたのに」
「あっ、あの時は……! お前が……砂糖……入れすぎたから……だろ……!?」
「えっ? 美晴ちゃん、なんで知ってるの?」
「あっ……! いや、その……風太くん……が……そう……言ってました……」
「それはウソだよ、美晴ちゃん。あれは絶対、風太くん側のミスなんだから!」
「へ、へぇー……。そう……なん……ですね……」
二人で飲み物やフォークを並べながら、美晴がキッチンで作っているホットケーキをのんびり待っている。
「そういえば、あの時は何を言おうとしてたの?」
「あの時……って……?」
「ほら、図書室でわたしに会った時……。『信じてもらえないかもしれないけど、実は……』って言って、途中で終わったよね?」
「……!」
昨日のことだ。チャイムに遮られて言えなかったことを、風太は思い出した。
「雪乃……!」
「なぁに? 美晴ちゃん」
きょろきょろと辺りを見回す。美晴はまだ、ホットケーキ作りに集中している様子だった。今、ここには自分と雪乃しかいない、と風太は確信した。
「実は……その……」
「え?」
「信じて……もらえない……かも……しれないけど……」
「うん?」
ダメで元々。何も知らない雪乃に、言うだけ言ってみてもいいかもしれない。
「おれ……風太なんだ……!」
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