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風太と美晴と春日井雪乃
ケンカはだめ
しおりを挟む玄関には雪乃が立っていた。
「ゆき……のっ……!?」
「こんにちは! 美晴ちゃん、おはようっ!」
雪乃は不思議なあいさつをした。おはようにしては遅いし、こんにちはにしては早い時間だから、そうなったかのかもしれない。
「お……おはよう……」
「もしかして今日、忙しい?」
「いや……別に……」
「やったぁ! 遊びに来たよっ! 美晴ちゃん!」
「でも……、どうやって……この家まで……?」
「ふっふっふ。それはねぇ、わたしの嗅覚で美晴ちゃんの匂いをたどって……」
「……本当は?」
「風太くんナビのおかげだよっ!」
「えっ……!? あいつも……来てるのか……!?」
開いたドアの陰から、風太くんナビ……もとい、『風太』がそっと出てきた。
「こっ、こんにちはっ」
「おはよう……」
余裕無さそうに焦る『風太』に対して、『美晴』は少しムッとした様子であいさつを交わした。
「ねぇ、美晴ちゃん。わたしね、あなたのお家にすっごく興味あるの! もしよかったらー、そのー、なんというかー」
そう言いながら、雪乃はキラキラした目で訴えかけてきた。
相変わらず、下手くそな交渉だ。やれやれと呆れながらも、風太は雪乃を家に入れることにした。
「いい……よ……。あがっても……」
「ほんとっ!? それじゃ、お邪魔しまーす!!」
ドタドタと足音を立てながら、雪乃が家の中へと入っていく。その後ろで、美晴がさりげなく家に入ろうとしていたのを、風太は見逃さなかった。
「おい……待て……」
「お、お邪魔、しますっ」
「何……言ってるんだ……。ここは……お前の……家だろ……」
「で、でもっ、今はあなたが暮らす家だからっ」
「じゃあ……、どうして……お前は……『あなたの家』に……、勝手に……雪乃を……連れて……来てるんだ……?」
風太が不満に思っているのは、美晴が雪乃を連れてきたことだった。入れ替わりのこと、イジメのこと……何も知らない雪乃の前では、風太は『美晴』でいなくてはいけない。
「ち、違いますっ……! 雪乃ちゃんの方から『美晴ちゃんの家に行こうよ』って、わたしを誘ってきたんですっ」
「雪乃……の方……から……? あいつ……は……何を……考えてるんだ……」
「雪乃ちゃんは、『風太くんと美晴ちゃんを仲直りさせてあげたい!』って、思ってるらしくて」
「仲直り……? 何の……話だ……?」
「おそらく、保健室でわたしと風太くんが、掴み合いになった時のことだと思います。あれから、雪乃ちゃんはずっとそのことを気にしていたみたいで」
美晴と体が入れ替わった初日の話だ。あれから色々なことがありすぎて、風太には遠い昔の出来事のように思えた。
あの時、風太が女子と掴み合いのケンカをしていたことが、雪乃にとってはショックだったらしい。彼女に余計な心配をさせているという罪悪感は、風太にも芽生えた。
「別に……もうケンカはしてないって……雪乃に……言えよ……」
「一度はそう言いましたけど、雪乃ちゃんはあまり信じてくれなくて。それに……」
「それに……?」
「き、昨日……! 風太くん、わたしのこと嫌いって言ってたからっ!! わ、わたしも、風太くんと仲直りしたくてっ!!」
「それは……また別の話……だろ……。そっちを……解決したい……なら、おれの……体……今すぐ……返せよ……」
「わ、わたし、風太くんとは仲良くなりたいんですっ!!」
「だから……、それは……今……関係ないだろっ……! おれが……お前のこと……嫌いって……言ってるのは……、そういう……意味じゃなくて……。なんていうか……その……り、理解しろよっ……! バカっ……!!」
引き裂く。
「ケンカはだめーーっ!!!!!」
突然、雪乃が二人の間に割って入り、マンションの全室に聞こえるくらいの大声で叫んだ。
「「!!?」」
風太と美晴は、驚きのあまり一瞬動きが止まった。
そして二人は驚愕の表情のまま、大声の発信源の方に顔を向けた。その発信源は、眉間にシワを寄せて頬をぷっくりと膨らませている。
「風太くんも、美晴ちゃんも、ケンカはだめっ!」
ぷん、すか、ぷん。
「……」
「……」
風太と美晴は顔を見合わせ、一度アイコンタクトをすると、気迫を放つ雪乃に対し、まずは『風太』が話しかけた。
「ゆ、雪乃?」
「何? 風太くん」
「わたしと風太く……おれと美晴は、ケンカなんてしてないよ?」
「ウソついてもだめだからねっ! 今してたでしょ!」
「今のケンカは、その……前のケンカとは違うケンカだよ」
「どんなケンカでも、ケンカはだめなのっ! お互いに傷つくだけなんだよ?」
「そ、そうだね……」
美晴は雪乃にあっさり敗北した。
見ていられなくなって、今度は『美晴』から雪乃に話しかけた。
「雪乃……、あのな……」
「何? 美晴ちゃん」
「おれと……こいつの……ケンカは……、そういう意味の……ケンカじゃ……なくて……」
「待って!」
「えっ、何……?」
「『おれ』とか『こいつ』とか、男の子のしゃべり方を真似するのはだめっ!」
「はぁ……? な、なんで……?」
「男の子の真似をするから、男の子みたいに激しいケンカになっちゃうんだよ! もっと優しい言葉を使って!」
「どういう……理屈だ……」
「美晴ちゃんは女の子なんだよ? 試しに、もっと女の子っぽくしゃべってみて。そしたら、ケンカもなくなると思うの!」
「違う……、おれは……」
「ねぇ、風太くん。風太くんもそう思うよねっ? そっちの美晴ちゃんの方が、かわいいよねっ?」
雪乃は美晴に話を振った。当然、風太に女の体を受け入れてほしいと考えている美晴が、それに異論を唱えるはずもなく。
「う、うん……。もっと女の子らしくした方がいいと思う」
美晴は雪乃側についた。
「裏切ったな……!? お前っ……!!」
「『お前』はだめっ! ちゃんと『風太くん』って、呼んであげて! 優しい言葉にしてっ!!」
「……っ!」
屈辱だった。まるで、名前まで奪われたような気持ちだった。しかし、ここでケンカを続けたとしても、雪乃が悲しそうな顔をするだけで、何も良いことはない。
『美晴』はできるだけ前髪で顔を隠しながら、その小さく可愛い声で、ぼそぼそっと言った。
「ふ……」
「ふ?」
「風太……くん……」
風太は悔しくて仕方がなかったが、それを聞いた美晴と雪乃は大喜びした。
「な、名前で呼んでくれてありがとうっ、美晴っ!」
「やったね! はい、じゃあ仲直りの握手!」
雪乃は、『美晴』の不健康な右手と『風太』の健康的な右手を掴むと、手のひら同士を触れさせ、握手を促した。『美晴』はその手に力を入れようとしなかったが、『風太』は満更でもない様子で手を握ってきた。
「じゃあ、まず風太くんから。ごめんなさいして?」
「お、おれも悪かったよ。ごめんねっ」
『美晴』の目の前にいる『この野郎』は、あっさりと謝罪の言葉を述べた。述べやがった。
この状況で、今さら『美晴』だけが拒否することはできない。
「わ、わたしの……方こそ……、ごめん……なさい……」
この平和的で素晴らしい結果に、雪乃は大満足だった。
「よーし、ケンカはおしまい! 改めてお邪魔しまーす!!」
「お邪魔しますっ!」
バタンッ!!
風太は二人の来客が家の中に入るのを見届けると、玄関の重い扉を八つ当たりのフルパワーで閉めた。
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