年下彼氏の策略

水無瀬雨音

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風邪5

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 食事が終わると寝室に押し込められ、「はい」と程よく温かい濡れタオルを洗面器に入れて渡してくれた。
「お風呂じゃなくて清拭のほうがいいから。終わったら言ってね。洗濯しちゃうから」
「ありがとうございます」
 ドアが閉まって佑がリビングに消える。
 佑の食器を洗う音を聞きながら、とりあえず上半身から先に脱いで清拭を始める。
 エアコンで部屋は適温だし、タオルも温かいので半裸になったところで寒くはない。腕をけがしているわけではないので自分自身で清拭をすることになんの不自由もない。が、「佑が手伝ってくれてもよかったのに」と自然に考えたことに気づいて頭を打ち付けたくなる。
 下半身が元気になりそうな気配がしたので、
「3.14159 26535 89793 23846 26433 83279 50288……」
 円周率を唱えながら清拭を終えた。集中したいときや意識を紛らわしたいときに円周率を唱えるのは樹の癖だ。もちろん人前で口に出して唱えることはない。
 ……最近の樹は佑のことに関して富におかしい。
 洗面器に着替えを入れてリビングに出ると、
「終わった?貸して」
 と佑が洗面器を受け取って脱衣所に消えてしまった。
 洗濯くらいは自分で、と思ったのだが風邪のときくらいは甘えてもいいだろう。
 多少の申し訳なさを感じつつ、樹はソファに座って本を開いた。
 しばらくして戻ってきた佑は、
「あと用事なければ僕帰るね」
 時計を見るともうすぐ八時になろうというところだ。確かに佑は明日も仕事なのだし、もう帰宅したほうがいいだろう。
「……帰んないでください」
 思わず口からつい出た言葉に、樹自身が慌てる。
 なぜこんなことを言ってしまったのだろう。
 面倒くさいカノジョのような。
 言われた佑は困った顔をしている。
 それはそうだ。
 樹は彼女ですらないただの後輩なのだから。
「気にしないで帰ってください。遅くまですみません」
 慌てて佑に帰るよう促すが、
「ちょっと待ってね」
 と佑は困り顔のまま廊下に出て行った。
 めんどくさいと思われただろうと樹は激しく落ち込む。樹なら思う。
 樹にとってはかなり長い時間に感じられたが、実際は5分前後で佑が戻ってくる。
「明日有休もらえたよ。その次は土日だしその間には治るかな」
「貴重な有休をすみません……」
 本来なら自分のことに使いたかっただろう有休を急きょとってくれたらしい。
 申し訳ない反面所詮風邪とはいえ病気の時は心細いのでうれしくもある。
「病気のときは誰か傍にいたほうがいいもんね。いつも有休消化しきれないからいいよ。急ぎの仕事もなかったし」
 笑顔を崩さない佑は天使のようだ。
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