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番外編 あなたの痛みにふれさせて 3

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 シーズベルト様がどうしても言いたくなさそうなご家族の話。なぜそんなに言いたくないのか分からない。ましてやオレには、なんて。
 知りたいのは山々だけれど、そんなにも言いたくないのなら、聞く必要はないか、と思い始めていた。
 ある昼下り。
 手持ち無沙汰だったオレは、暇つぶしのボードゲームでもないかと物置を漁っていた。一応使用人が定期的に掃除しているはずだけれど、ほかの部屋に比べてほこりっぽい。まー、優先順位は落ちるもんな。

「……へくちゅっ」

 オレは口元を押さえた。
 ……この部屋を探すのは大変そうだ。
 あとでアーテルに探してもらおう。
 諦めて退散しようとしたとき、肩にあたった本が床に落ちる。拾い上げようとして、本に何か挟まっているのを見つける。

「……これ」

 白黒の家族写真だった。派手な美人に抱かれている赤ちゃん。厳格そうな男性。線の細い少年。シーズベルト様にはあまり似ていない。
 シーズベルト様のご家族かな?
 性別不明の赤ちゃんがシーズベルト様? 可愛い。

「アルバートここにいたのか。ほこりっぽいだろう。……」

 写真に見入っていて、シーズベルト様が入ってきたのに気がつかなかった。

「シーズベルト様」
「アルバート、それは」

 オレが手に持っているのを見て、シーズベルト様がさっと顔色を変える。
 取り上げようと手を伸ばしたから、オレは背中にそれを隠した。

「まだ残っているとは思わなかった。渡すんだ」
「だめ! シーズベルト様! これ、捨てる気でしょう!? もう、元に戻すことなんかできないのに」

 オレはいやいやと首を振った。
 どんなにいい思い出がないんだとしても、最後の写真を捨てたら絶対に後悔する。

「後悔なんか絶対にしない。絶対にだ。いいから渡すんだ」
「だめ、だめなんです!」
「……はぁ」

 強情なオレに、シーズベルト様は根負けしたようだった。
 本棚を背に、床に座り込む。窓から差し込んだ光に、舞い上がる埃が浮かび上がる。
 オレもシーズベルト様の隣に座った。シーズベルト様は、ゆっくりと話し始めた。

「……本当に、君に話したいような楽しいものではないんだ。
 兄は体が弱くて、寝込みがちだったからあまり一緒に過ごした記憶はない。大人になる前に亡くなった。たった一人の兄弟がなくなったのに、涙は出なかったよ。オレが薄情なせいか、幼かったせいか。
 その後母は愛人と駆け落ちした。兄を溺愛していた人だったから、ショックだったんだな。
 父はオレに爵位を譲って出て行った。父はどんなに奔放でも母を愛していたから、思い出のあるこの屋敷にいたくなかったんだろう。妻に逃げられて外聞も悪いしな。
 二人とも居場所すら分からない。……それでも、オレが立派に公爵を務めていれば、戻ってきてくれるんじゃないか、そう考えて頑張ってきたつもりだったが、……ありえないだろうと本当は分かっている。
 少しは幸福な時間もあったから、すがってしまうんだ。辛い思い出だけを残してくれたらよかったのに。バカみたいだろう」

 シーズベルト様は終始何の感情もなく、淡々と話した。
 オレが想像した以上に、重い話だった。シーズベルト様から無理やりに聞き出したことを、後悔した。
 聞きたくなかったわけではない。かさぶた程度にはなっていたであろう過去を思い出させたことをだ。
 自嘲するようにシーズベルト様が笑ったから、オレは悲しくなった。
 ほんの少し、何かが違っていたら、シーズベルト様はこの広い屋敷に一人きりにならなくてすんだのかな。若くして、公爵という重責に耐えなくてもすんだのかな。
 
「すみません。オレ……」

 シーズベルト様のことを考えたら泣きそうになって、オレが泣くのは違うから必死でこらえた。シーズベルト様が優しくオレの頭を撫でる。

「……君には言いたくなかった。綺麗だから。こんな話に触れさせたくなかったんだ。君の家族はいつも朗らかで……幸福な匂いがする。アルバートの中の家族像を、汚したくなかった」

 あー、またこの人は。
 なんでオレのこと、聖人君子みたいに思えるんだろう。
 相変わらずの嫁補正に呆れてしまう。

「アーテル様もシーズベルト様も勘違いしてません? オレ、そんなにきれいな人間じゃないですよ? もう大人ですし、いろんな貴族のごたごたの話、知識としてはありますし……。普通に汚い感情もありますよ。シーズベルト様に触ってくる女の子見たらキレそうになるし、アーテル様が女の子口説いてたら蹴りたくなるし」
「……蹴っていたな。実際」
「何回かに一回はこらえてるんですけどね。だってデート中に他の女の子口説くのありえないでしょ」

 アーテル的には口説いているわけではなく、挨拶らしいが。

「きっとアーテル様は、シーズベルト様にとってお兄さんみたいな役割でもあるんですね」
「兄らしいことなど、されたことはなかったけどな。できるはずもないが」
「それでも、オレはシーズベルト様にアーテル様がいてよかったなーと思います。オレと出会う前も気持ちだけは一人にさせなかったんじゃないかって。一応レオナルド様や使用人はいたけど、レオナルド様は上司で、使用人は友だちじゃないですからね」
「アルバート……」

 オレは指を折りながら、

「シーズベルト様はアーテルがいてオレがいて、リディアもいてー、今は四人家族ですもんね! 家族構成がめんどくせーな。アーテルが兄だからリディアは兄嫁か。で、オレの両親と妹もシーズベルト様の家族ですもんね。別世帯だけど」
「……ああ、気がつかなかった」

 シーズベルト様がオレを抱きしめた。オレの肩口に額をあてる。

「家族は増えるんだな。少なくともオレの家族は減るものなのだと……、オレはたった一人になってそれで終わりなのだと思っていた」
「一人じゃないですよ」

 オレはシーズベルト様の硬い髪を、くしゃりと撫でる。小さい子にするように、よしよしと繰り返し。

「オレはあなたの子どもを産めないけど、それでも家族は増やせるんです。少なくとも、誰がいなくなってもオレはずっとあなたと一緒です。シーズベルト様がオレを必要としてくれる限りですが」

 いたずらっぽく言うと、

「必要だよ。オレには君が必要だ、永遠に。分かっているだろう」

 シーズベルト様はぎゅうっとオレの手を握った。
 
「はい。オレもです」

 埃っぽい狭い物置部屋の中。お行儀悪く床に座り込んで、オレとシーズベルト様は顔を見合わせて笑って、約束した。
 オレだけは、この人の最後の一人になる。オレはそう心に誓った。
 どうかこの人に、この先幸福しかおとずれませんように。

「……ほら。なぁーんだって話でしょ?」

 アーテルの声がした気がした。全然なんでもない話じゃなかったんだけど。
 次に会ったとき、文句を言ってやろう。
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