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星のない夜だとしても  1

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 今日は初めからついていなかった。
 何オレ厄年だっけ、しかも一年分の厄が一日に集約したのと本気で疑ったレベル。すぐにいや今世に厄年なんて概念ないよねと我に返ったが。
 寝ぼけて階段から落ちかけるなんて失態を犯すし、寝癖がきつすぎて戻せないし、細かいことはあげたらきりがないほどだった。
 あげく久しぶりに城に出仕したら、シーズベルト様と関係を持った令嬢に出会うし。(アルバートの姿だったので、絡まれることはなかった)過去に関係があったことは仕方ないし納得しているが、相手を目の当たりにすると否応なく思い出すのでテンション下がる。
 前世では結婚するまで誰とも関係を持たないなんてめったにない。今世では処女でない令嬢なんてほぼいないが、男が体の綺麗さを求められることはない。でも恋人と関係を持っていた相手を目にして、穏やかでいられる人なんてめったにいないと思う。
 極めつけはようやく寝付いたときに見てしまった夢だ。よりによって自分が死ぬ直前の。
 そりゃあ飛び起きるし、再入眠できないって。
 虚しさ、やり残した無念、若くして人生を終えることの後悔。そういうそれまで自分が生きてきて味わった真っ黒い感情全てを味わうんだから。
 前世関係で落ち込んだりしたとき、傍にいたいのはシーズベルト様及びアーテルなんだけど、今日は外出していてまだ帰ってこない。
 空には満月が浮いていて。その周りにはぴかぴかと燦然と星々が光っていて。前世では見たことのないきっれーな星空だ。前世では高いビルだのマンションだの、二十四時間営業の店だのごろごろしてたからな。星なんか全然見えなかった。
 オレは一人夜の庭で、ティータイムをしていた。
 厨房に行ったらまだメイドがいたので、休む前に申し訳ないと思いつつお茶の用意をしてもらったのだ。
 テーブルに頬杖をついて、空を見上げる。
 ……一人星を眺めていると、なんだかセンチメンタルな気分になってさらに落ち込む。
 普段能天気だの何も悩み事がなさそうだのなんだのぼろくそ言われているオレだって、そういう気分に陥るのだ。だってまだ十八だもん。
 じゃあ落ち込むことをしなければいいんだけど、したくなるときがある。
 なんだろう、フラれた時に失恋ソング聞いて追い打ちかけるみたいな。
 テンション下がってるときに、気分の上がるようなことをするのも無理なんだけども。

「あれが北極星だから、あれが北斗七星……。デネブ、ベガ、んー、あれはなんだったかな」

 指で空をなぞってみたが、オレは星座に詳しくない。つうか今見えてる星が前世と同じものとは限らないんだけどな。

「あれって、アルタイルのことかなー?」

 後ろから呑気な声で助け船が入る。

「アーテル様」

 外出していたアーテルが帰宅したらしい。

「星詳しかったでしたっけ?」
「前世で図鑑とかめちゃくちゃ見てたし。誕生日には望遠鏡もらったしさ。今世では全然見てないんだけど、覚えてるもんだねー。あの時見てたのと同じ空なのかは疑念が残るけどね」

 いいよと言っていないのに、勝手に相席した上、皿のクッキーをほおばる。
 おい、そのジャムが塗ってあるクッキー、最後の一枚だったのに。楽しみにとっておいたのに!
 ムカついたから肘でわき腹を打ってやる。

「ぐっ」

 ちょうど紅茶を口に含んだタイミングだったけれど、吹き出さなかったのはさすが。
 だからそれメイドさんがオレのために入れてくれた紅茶なんだけどね!「きゃっ。それって間接キスじゃないですかー☆」とは今さら思わないけども。
 さすがにアーテルもムッとしている。

「ちょっと、アルバート? 仮にも恋人にひどいんじゃない?」
「すみません、よろけて肘があたっちゃったー! 許して?」

 我ながら気持ち悪いと思いつつ舌をだして小首をかしげると、

「……うっ……じゃあ仕方ないけど、気を付けてねー?」

 不本意そうにしながらも、胸を押さえてにやけながらあっさり許された。
 ちょろい。
 リディアならまだしも、アルバートがかわい子ぶってもきくんだよな。本当頭おかしい。
 ふいに口づけてきた。触れるだけの、軽いキスはすぐに離れた。

「……っ。いきなり何ですか?」

 別に嫌じゃないけど驚くんですが。

「なーんかアルバートくんが落ち込んでる気がして?」

 ふふ、と笑いながらアーテルが顔をのぞき込んでくる。

「なんで分かるんですか」

 ものすごく普段よりテンション高いとか声が小さいとかいうこともなく、ごく普通の態度だったと思うけど。

「んー。オレに気づいても『わー、アーテル様会いたかった! 大好き!』って寄ってこなかったから?」
「……はぁ」

 相当テンション高いときでもめったにないっていうか、もしあったとしたらアーテルの夢の中だけだ。シーズベルト様相手ならやったような気もするけど。
 んだよ、オレがやってるの想像して鳥肌たっちゃったじゃん!

「ま、あるよね。落ち込むことくらい。人間だし―」
「アーテル様も落ち込むことがあるんですか?」

 アーテルから出た言葉とは思えないので、オレはぽかんと口を開けた。
 いつだって自己中心的。「他人を気づかう? 何それおいしいの?」って感じのアーテルが?
 他人に何の感情もなさそうでイケメンで爵位持ってて金持ちのアーテルが何に落ち込むことがあるんだ?
 アーテルに対してオレがひどいのは知ってる。

「あのね」

 アーテルがあきれた顔をした。

「アルバートくん忘れてるみたいだから教えるけど、オレも感情持った人間なんだけどー?」
「へえー、知らなかったです」
「あっそう。じゃあこの瞬間からでいいから覚えてね」

 ばちん!とウインクするアーテル。
 うわ、腹立つほど決まってる。アイドルかよ。

「例えばどういうときに落ち込むんですか? 狙ってた女の子落とせなかったとき? でもアーテル様だったら落とせない女の子いないっていうか、向こうから来ますよね」
「……君がオレのことどう思ってるのかはよぉーく分かった」

 ジト目のアーテルが、つんつん俺の額を人差し指で連打する。痛くはないけれどじみにうっとおしい攻撃だ。

「前世のこと思い出したときとかね。あと、アルバートにつれなくされたらすごく落ち込んで夜も眠れなくなるよー。ずっと一人で酒飲みながら泣いちゃう」

 目元を指でぬぐいながら、アーテルは泣きまねをした。

「……はぁ」

 それは絶対嘘だろ。アーテルがそんな豆腐メンタルなはずがない。
 でも大げさだとしても少しはこいつ本当に落ち込むのかなと思うと、可哀想で可愛く思えた。
 だって今アーテルがそう言っている相手は絶世の美女であるリディアではなく、ごく平凡などこにでもいる男、アルバートなのだから。

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