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異世界編 1章

第37話 狂人その2

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 今日の冒険者ギルドは、トンデモナイことになっていた。
 受付前には血の池ができており、手首を首に付けた死にそうな為次が床で転がっている。
 何よりも、受付嬢のおねーさんが、テーブルの上で奇声を発しながら、お立ち台状態なのだ。
 普段なら、到底見ることなどできない場面であった。

 だから為次は思う。

 動画を撮りたい。

 と……

 だが、為次は首をえぐられ、腕をもがれ、床を舐めさられ、動くことすらままならない。
 つまり、無理だ。
 むしろ、床で転がっているのが邪魔だ、邪魔過ぎる。

 「こいつ、邪魔くさいな」

 正秀は、邪魔な為次を端っこの方へと移動させて、今回の出番を無くすのである。
 ついでに、サバイバルナイフを借りといた。

 それはともかく、現場は大参事だ。

 「なあ、サーサラさんどうしちまったんだ?」

 正秀はマヨーラに訊いた。

 「バーサーカーよ、もう自我も無いわ」

 「あれが、バーサーカー……」

 「ええ、破壊と殺戮しかしない、狂った人間。まだ、大丈夫だって言ってたのに…… どれだけ我慢してたのよ…… え? マサヒデはバーサーカーのこと知ってたの?」

 「あ、ああ…… 噂くらいは聞いたぜ」

 「そう……」

 「サーサラさんって古いのか?」

 「そうね、私も詳しくは知らないけど、前回の転生から300年位らしいわ。みんなとの思い出を失いたくないって、最近よく言ってたみたいね」

 「そうか…… どうにか、ならないもんかな?」

 「転生の儀式を受けるしかないわね。もっとも、あそこまで完全にバーサーカーになったら……」

 「どうなるんだ?」

 「……ううん、なんでもないわ、きっと大丈夫」

 「おう…… じゃあ、とっとと捕まえようぜ」

 「そうね」

 「おーい、スイちゃん」

 指を咥えながら、隅っこで誰かさんを見ているスイを呼ぶ正秀。

 「はーい、なんでしょうか?」

 「こっちに来て、ちぃっと手伝ってくれ」

 「でも…… ですぅ」

 「そいつは今回、出番無しだから放っておいて大丈夫だぜ」

 「分かりましたぁ」

 返事をしながら、正秀の元へとやって来た。
 
 「何をお手伝いすればよろしいのでしょうか?」

 「サーサラを捕まえたい。戦闘用ポーションを作ってくれないか?」

 「分かったのです」

 「私のもね」

 「はいです。エンチャントブレスとかエンチャント色々えーい」

 誰かさんに買ってもらったばかりのポーションセットで、適当に戦闘用ポーションを作るスイ。
 ちなみに、複合ポーションの凄いやつなの。

 「できたのです」

 「やったぜ」

 3人は戦闘用複合ポーションをゴクゴク飲むと、力がみなぎる。

 「マズイっ! もう一本っ!」

 「只の水よ……」

 「おう! それじゃ、いっちょやるか! って、アレ? どこ行った? サーサラさん」

 サーサラはテーブルの上から居なくなっていた。

 「あっちよ」

 「あっちなのです」

 「あっちか」

 あっちを見ると、あっちの方でサーサラは他の冒険者達と戦っている。

 「……俺達の出番は無いかな」

 「そうでもないわ、苦戦してるみたいよ」

 サーサラは四つん這いになりながらピョンピョン跳ね回っており、魔法はもちろん、剣激も避けまくっている。
 しかも、当たらない魔法を撃ちまくってるせいで、建物の中がボロボロになったり、ちょっと燃え始めていた。

 「あいつら、建物の中で無茶苦茶やってるわね……」

 「俺達も加勢するぜ」

 「そのちっこいナイフで戦うの?」

 「おう、このサバイバルナイフしか持ってないぜ」

 「大剣は持ってきてないの?」

 「テーブルの上に置きっぱなしだぜ」

 「しょうがないわね……」

 「そうだスイちゃん、その光る剣を貸してくれ」

 「あ、それは……」

 マヨーラは何か言おうとしたが、スイがライトブレードを振り回しながら横から訊く。

 「これですか?」

 「おう」

 「これは誰か様に買って頂いた、大切な武器なのです」

 「じゃあ、後で誰かさんの脱ぎたてのパンツやるから、な?」

 「どうぞ、使って下さいです」

 パンツを貰えると聞いたスイは嬉々としてライトブレードを正秀に渡した。

 「パンツの方がいいのね……」

 「どうやって使うんだ?」

 「人差し指のとこにある、レバーを引くのです」

 「これか?」

 正秀はライトブレードのトリガーを引く……
 が、何も起こらない。

 「ん? なんだこれ。何もならないぜ」

 「バカねー、それは付与魔法が使える戦魔道士専用よ」

 「奴隷、専用ですぅ」

 「なんだ…… 使えないのか。返すぜ」

 正秀はガッカリしながら、ライトブレードをスイに返した。

 「貸したので、パンツは欲しいのです」

 「お、おう…… 分かったぜ」

 「どんだけ、アホのパンツが欲しいのよ…… とにかくやるわよ」

 「おう、そうだな」

 さっそく呪文を唱えるマヨーラ。

 「ライトニン…… グ、ハァッ!」

 が、魔法を撃とうとしたマヨーラの頭に何かヒットした。

 「痛っーい、なんなのよもうっ!」

 「大丈夫か?」

 「頭と頭がごっつんこなのです」

 マヨーラは頭を押さえながら、足元を見ると黒っぽい物が転がっている。
 どうやら、あっちの戦闘している場所から飛んで来たらしい。

 「何これ?」

 そう言いながら、マヨーラは黒っぽい物を足で転がしてみる。
 
 ゴロ ゴロ……

 「「ぎゃぁぁぁぁぁ!」」

 それを見た正秀とマヨーラは思わず叫んでしまう。
 転がした黒っぽい物は、人の頭部だった……
 サーサラと戦っている冒険者の一人のようだ。

 「なんだこりゃ……」

 「魔法を撃とうとしたから、こっちに投げてきたようね」
 
 あっちを見ると、首の無い死体が転がっている。
 他にも2体ほど、動かなくなって血を流している冒険者も見えた。

 「マジかよ…… サーサラさん……」

 「被害が広がらない内に、なんとかしないとマズイわね」

 「ああ、そうだな…… どうする? マヨーラ」

 「うーん…… 魔法が当たらないんじゃ、どうしようも無いわね」

 「では、スイがやりましょうか?」

 「あらスイ。そうね、足を切断して動きを止めてくれれば、後はライトニングかバインドで拘束できるわ」

 「できるのか? スイちゃん」

 「どうでしょう? とりあえず、やってみますです」

 「分かった、頼んだぜ」

 「お任せ下さい」

 スイはライトブレードを展開させる。
 そして、あっちで戦っているサーサラに向かって行こうとした。

 その時だった……
 
 ドカーン!

 あっちの方で大爆発が起こった。
 スイはびっくりして、足を止める。

 「はぅ! 驚きました、です」

 「うぉっ! なんだよ」

 爆風と熱風があっちから飛んで来た後に、辺り一面、埃と煙で視界が遮られる。

 「ゲホッ、ゲホッ、あいつらこんなとこで…… 冗談じゃないわ」

 「どうなってんだ? ゲホッ」

 「エクスプロージョン、爆発魔法よ」

 「そんな魔法まであるのかよ、なんでもアリだな」

 「もう、無茶苦茶ね」

 少しすると、あっちが、おぼろげに見えてくる。
 あちこちで火の手が上がり、天井も崩れ始めていた。
 死体らしきモノも増えている……

 「サーサラさんは……」

 正秀はサーサラを探そうとしていた。

 「あそこのなのです」

 スイが指す方を見ると、サーサラは爆発の影響もあまり無いのか、まだ元気にピョンピョン跳ねている。
 もっとも、服は焼けたのか、爆風で吹っ飛んだのか分からないが、結構ボロボロで、ちょっとセクシーだ。
 そして、跳ねながら崩れた壁に向かって、外にでようとしていた。

 「あっ、出て行かれますよ」

 「お? 逃げる気か?」

 「追いかけないと外に出られると被害が広がるわ」

 「建物もヤバいぜ、こりゃ」

 火の勢いは、更に強まっていた。
 天井や柱も崩れ、今にも崩壊しそうだ。

 「俺達も逃げるぜ」

 「ええ」

 「はいです」

 3人は急いで、外へと向かう。

 「急げー」
 
 玄関の扉は近い、ヘイストの効果もあって直ぐに外へと出ることができた。

 「はぁ、はぁ…… 危なかったわね」

 「もう崩れそうだぜこりゃ」

 「助かりましたぁ」

 だが、何か忘れている……

 「むぅー、大事なものを忘れている気がしますぅ」

 「「あっ!」」

 正秀とマヨーラ気が付いた、誰かさんを部屋の隅っこに置きっぱなしだ。

 「しまった! あいつを置きっぱなしだったぜ」

 「はぅ!」
 
 大事なモノを忘れて来たスイは、慌てて冒険者ギルドへと戻って行く。

 「あ、スイちゃん待つんだ。今戻ると危ないぞ」

 「止めても無駄よ」

 「くそっ! 俺も行くぜ」

 「待って、マサヒデが行っても足手まといなだけよ」

 「だけどっ!」

 「大丈夫よ、多分ね」

 「多分か……」

 冒険者ギルドの建物は、既に崩落寸前だった……
 外壁も崩れて、建物全体が炎に包まれている。
 そんな中から、ボロボロになった冒険者もチラホラと脱出して来た。

 そして……

 ガラ ガラ ガラ!

 ついに建物が崩壊した。
 街中にある冒険者ギルド周辺は、轟音と共に煙のような灰色の埃に飲み込まれる。

 仲間が崩壊に巻き込まれるのを見る正秀は叫ぶ。

 「為次! スイちゃん!」

 「……マサヒデの負けね」

 「あっ、しまった…… 思わず為次の名前呼んじまった」

 なんの勝負かよく分からないが、正秀が負けたので誰かさんも復帰する。

 「誰か出てきたわよ」
 
 埃の中から薄っすらと人影が見える……
 2人は駆け寄ると、そこには為次をお姫様抱っこするスイが居た。
 為次は相変わらずグッタリしているが、一応は生きているようだ。

 「よくやったスイちゃん、偉いぞ」

 「パンツは貰うのです」

 「お、おう…… そうだな。じゃあ、あそこの瓦礫の裏にでも置いてくれ」
 
 「はいです」

 スイは為次を隠すように、瓦礫の陰に置いた。

 「よし、スイちゃんは向こうでマヨーラと待っててくれ」

 「はいです」

 スイが向こうへ行くのを確認すると、正秀は為次のズボンを下ろしてパンツを脱がせる。
 日本刀がちょっと邪魔だ。

 「しかし、こいつなんだって木刀なんて持ってるんだ? まあ、いいか……これでよし」

 何が「よし」なのか分からないが、無事に為次のパンツを回収すると、正秀は為次を置いてスイとマヨーラの元へと向かった。

 「ほら、約束のパンツだ」

 そう言いながら、正秀はスイに為次のパンツを渡す。
 受け取ったスイは大はしゃぎで、超嬉しそうにしている。

 「やったのです、スイの宝物にしますです」

 「良かったわね……」

 「そんじゃ、サーサラさんを追いかけるか」

 「はいです」

 「だけど、何処に行ったんだ?」

 サーサラの姿はもう見えない。
 3人がバカなことをしている内に、ピョンピョンしながらどっかに行ってしまったのだ。

 「屋台の方じゃないかしら?」

 マヨーラの言うように屋台の並ぶ通りが慌ただしい。

 「そうか、行くぜ」

 そうして、再び3人は狂ったサーサラを追いかけるのであった。

 だが、何か忘れている……

 忘れられたモノはゾウさんを出しながら思うのだ。

 もう嫌……

 と……
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