9 / 13
「無悪善」は誰が書いたのか。
しおりを挟む
「無悪善」。
これを「さがなくてよからむ。」と
読んだのは9世紀の公方、文人の小野篁である。
嵯峨天皇の御前で、この漢文を朝廷批判の「嵯峨なくてよからむ」の文と読み取り、それを天皇に奏上した篁は嵯峨天皇に、「この文を書いたのは貴様ではないか?」と疑われる。しかし、嵯峨天皇が篁を試すために出した問題を見事にこなし、嵯峨天皇は彼の才を認めて、それ以上咎めなかった。
宇治拾遺物語に収録される、篁の才能を
描いたエピソードだが、この話ではそもそも篁の才能にバイアスがある。だから、篁の詳細な人物像は記されず、「無悪善」は誰が書いたのかということの真相もわからず終いだった。
「無悪善」は誰が書いたのか。
明確な答えはないが、(そもそも宇治拾遺物語のエピソード時代が脚色されたものにすぎない可能性がある)大方の予想はついている。
まず一つの予想は、やはり「小野篁が書いた」説である。
本エピソード中では、咎められなかった篁だが、彼の出自と経歴を見ると、嵯峨天皇との関係は必ずしも常に良いものではなかった。
小野篁という人は、書の天才と言われた父のもとに生まれ、にもかからず初めは馬乗り武者を志す。
しかし、父の才能を大変買っていた嵯峨天皇に、「父の功名に比べ、なぜ貴様は馬などにのめり込むのだ」と小言を言われたのをきっかけに一念発起。父と同じく、漢学を熱心に追求する。嵯峨天皇のもと、朝廷内の優れた漢詩知識人として着々と地位を高めていった。
小野篁の名は、遠く中国まで知れ渡り、
当時極東地域で最も権威のあった漢詩家である白居易(この当時、日本では白居易の詩集「白氏文集」が大流行していた。)が一度会ってみたいと言うほどであった。
そんな優れた漢学者もスロープ式の官僚的上昇路線にいつまでも乗っていれるわけではなかった。
そもそも、篁には性質上問題があった。
篁が偉大な漢学者の父を持つにも関わらず、当時としては珍しく親子で官職を世襲せずに自ら武士の道を切り開こうとしたのは、彼の「反骨精神」にあったのである。そう、小野篁は少々考え方がねじ曲がった男なのである。
その「反駁精神」はさまざまなところに矛先を向ける。
ある時、篁は遣唐使として中国へ航海をしていた。この時、すでに5回目の渡航挑戦であり、篁としては不満も募っていたところだろう。
そんななか、船団を嵐が襲う。なんとか篁の船は無事だったものの、上司の乗っていた船が大破し、沈没した。上司は自身の船の代わりに篁の船を自分の船に指定する。篁は文句も言えず、京に帰ることになった。
ここまでは、我慢していた篁くんだったが、京でやらかしてしまう。
当時の京で漢詩を書くと、それが高名な人のものであればあるほど、たくさんの人に読まれた。ましてや、朝廷内の随一の漢学者である小野篁ともなると、その文は皇族にもさらされる。
篁は自身が遣唐使に行けなかった鬱憤を漢詩にして晴らそうとした。その内容は遣唐使の制度の悪質性と、遣唐使団の腐敗、それから朝廷内への批判を揶揄したものだった。それもかなり攻撃的な言葉を使って。
この漢詩は例の如く、皇族の目に留まる。当時、退位して上皇となっていた嵯峨上皇がこれを読んでしまったのである。当然、天皇の臣下たる貴族の1人がこのような朝廷批判の文を垂れ流すのは嵯峨上皇の逆鱗に触れた。
この事件により、小野篁は朝廷から官位を剥奪され、隠岐に流された。
あんなに、有能な漢学者であったのに。
このようなエピソードからも、小野篁の体制や、権力といったものへの反発精神は明らかであり、嵯峨天皇との軋轢を考慮すると小野篁が嵯峨天皇の治世に対して「嵯峨なくてよからむ」としたのは極めて自然なことなのである。
よって、私は「無悪善」の文字を小野篁が書いたものだと、ここに断定したい。
一応、もう一つ説があるのだが、
それについてはここには言及しないでおこう。
(そっちは嵯峨天皇と薬子の変ということから導き出した解だ。)
これを「さがなくてよからむ。」と
読んだのは9世紀の公方、文人の小野篁である。
嵯峨天皇の御前で、この漢文を朝廷批判の「嵯峨なくてよからむ」の文と読み取り、それを天皇に奏上した篁は嵯峨天皇に、「この文を書いたのは貴様ではないか?」と疑われる。しかし、嵯峨天皇が篁を試すために出した問題を見事にこなし、嵯峨天皇は彼の才を認めて、それ以上咎めなかった。
宇治拾遺物語に収録される、篁の才能を
描いたエピソードだが、この話ではそもそも篁の才能にバイアスがある。だから、篁の詳細な人物像は記されず、「無悪善」は誰が書いたのかということの真相もわからず終いだった。
「無悪善」は誰が書いたのか。
明確な答えはないが、(そもそも宇治拾遺物語のエピソード時代が脚色されたものにすぎない可能性がある)大方の予想はついている。
まず一つの予想は、やはり「小野篁が書いた」説である。
本エピソード中では、咎められなかった篁だが、彼の出自と経歴を見ると、嵯峨天皇との関係は必ずしも常に良いものではなかった。
小野篁という人は、書の天才と言われた父のもとに生まれ、にもかからず初めは馬乗り武者を志す。
しかし、父の才能を大変買っていた嵯峨天皇に、「父の功名に比べ、なぜ貴様は馬などにのめり込むのだ」と小言を言われたのをきっかけに一念発起。父と同じく、漢学を熱心に追求する。嵯峨天皇のもと、朝廷内の優れた漢詩知識人として着々と地位を高めていった。
小野篁の名は、遠く中国まで知れ渡り、
当時極東地域で最も権威のあった漢詩家である白居易(この当時、日本では白居易の詩集「白氏文集」が大流行していた。)が一度会ってみたいと言うほどであった。
そんな優れた漢学者もスロープ式の官僚的上昇路線にいつまでも乗っていれるわけではなかった。
そもそも、篁には性質上問題があった。
篁が偉大な漢学者の父を持つにも関わらず、当時としては珍しく親子で官職を世襲せずに自ら武士の道を切り開こうとしたのは、彼の「反骨精神」にあったのである。そう、小野篁は少々考え方がねじ曲がった男なのである。
その「反駁精神」はさまざまなところに矛先を向ける。
ある時、篁は遣唐使として中国へ航海をしていた。この時、すでに5回目の渡航挑戦であり、篁としては不満も募っていたところだろう。
そんななか、船団を嵐が襲う。なんとか篁の船は無事だったものの、上司の乗っていた船が大破し、沈没した。上司は自身の船の代わりに篁の船を自分の船に指定する。篁は文句も言えず、京に帰ることになった。
ここまでは、我慢していた篁くんだったが、京でやらかしてしまう。
当時の京で漢詩を書くと、それが高名な人のものであればあるほど、たくさんの人に読まれた。ましてや、朝廷内の随一の漢学者である小野篁ともなると、その文は皇族にもさらされる。
篁は自身が遣唐使に行けなかった鬱憤を漢詩にして晴らそうとした。その内容は遣唐使の制度の悪質性と、遣唐使団の腐敗、それから朝廷内への批判を揶揄したものだった。それもかなり攻撃的な言葉を使って。
この漢詩は例の如く、皇族の目に留まる。当時、退位して上皇となっていた嵯峨上皇がこれを読んでしまったのである。当然、天皇の臣下たる貴族の1人がこのような朝廷批判の文を垂れ流すのは嵯峨上皇の逆鱗に触れた。
この事件により、小野篁は朝廷から官位を剥奪され、隠岐に流された。
あんなに、有能な漢学者であったのに。
このようなエピソードからも、小野篁の体制や、権力といったものへの反発精神は明らかであり、嵯峨天皇との軋轢を考慮すると小野篁が嵯峨天皇の治世に対して「嵯峨なくてよからむ」としたのは極めて自然なことなのである。
よって、私は「無悪善」の文字を小野篁が書いたものだと、ここに断定したい。
一応、もう一つ説があるのだが、
それについてはここには言及しないでおこう。
(そっちは嵯峨天皇と薬子の変ということから導き出した解だ。)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる