現代文の模試に出そうな評論たち

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「無悪善」は誰が書いたのか。

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「無悪善」。
これを「さがなくてよからむ。」と
読んだのは9世紀の公方、文人の小野篁である。
嵯峨天皇の御前で、この漢文を朝廷批判の「嵯峨なくてよからむ」の文と読み取り、それを天皇に奏上した篁は嵯峨天皇に、「この文を書いたのは貴様ではないか?」と疑われる。しかし、嵯峨天皇が篁を試すために出した問題を見事にこなし、嵯峨天皇は彼の才を認めて、それ以上咎めなかった。


宇治拾遺物語に収録される、篁の才能を
描いたエピソードだが、この話ではそもそも篁の才能にバイアスがある。だから、篁の詳細な人物像は記されず、「無悪善」は誰が書いたのかということの真相もわからず終いだった。



「無悪善」は誰が書いたのか。

明確な答えはないが、(そもそも宇治拾遺物語のエピソード時代が脚色されたものにすぎない可能性がある)大方の予想はついている。


まず一つの予想は、やはり「小野篁が書いた」説である。

本エピソード中では、咎められなかった篁だが、彼の出自と経歴を見ると、嵯峨天皇との関係は必ずしも常に良いものではなかった。


小野篁という人は、書の天才と言われた父のもとに生まれ、にもかからず初めは馬乗り武者を志す。
しかし、父の才能を大変買っていた嵯峨天皇に、「父の功名に比べ、なぜ貴様は馬などにのめり込むのだ」と小言を言われたのをきっかけに一念発起。父と同じく、漢学を熱心に追求する。嵯峨天皇のもと、朝廷内の優れた漢詩知識人として着々と地位を高めていった。


小野篁の名は、遠く中国まで知れ渡り、
当時極東地域で最も権威のあった漢詩家である白居易(この当時、日本では白居易の詩集「白氏文集」が大流行していた。)が一度会ってみたいと言うほどであった。


そんな優れた漢学者もスロープ式の官僚的上昇路線にいつまでも乗っていれるわけではなかった。

そもそも、篁には性質上問題があった。
篁が偉大な漢学者の父を持つにも関わらず、当時としては珍しく親子で官職を世襲せずに自ら武士の道を切り開こうとしたのは、彼の「反骨精神」にあったのである。そう、小野篁は少々考え方がねじ曲がった男なのである。

その「反駁精神」はさまざまなところに矛先を向ける。

ある時、篁は遣唐使として中国へ航海をしていた。この時、すでに5回目の渡航挑戦であり、篁としては不満も募っていたところだろう。
そんななか、船団を嵐が襲う。なんとか篁の船は無事だったものの、上司の乗っていた船が大破し、沈没した。上司は自身の船の代わりに篁の船を自分の船に指定する。篁は文句も言えず、京に帰ることになった。


ここまでは、我慢していた篁くんだったが、京でやらかしてしまう。

当時の京で漢詩を書くと、それが高名な人のものであればあるほど、たくさんの人に読まれた。ましてや、朝廷内の随一の漢学者である小野篁ともなると、その文は皇族にもさらされる。

篁は自身が遣唐使に行けなかった鬱憤を漢詩にして晴らそうとした。その内容は遣唐使の制度の悪質性と、遣唐使団の腐敗、それから朝廷内への批判を揶揄したものだった。それもかなり攻撃的な言葉を使って。

この漢詩は例の如く、皇族の目に留まる。当時、退位して上皇となっていた嵯峨上皇がこれを読んでしまったのである。当然、天皇の臣下たる貴族の1人がこのような朝廷批判の文を垂れ流すのは嵯峨上皇の逆鱗に触れた。

この事件により、小野篁は朝廷から官位を剥奪され、隠岐に流された。
あんなに、有能な漢学者であったのに。


このようなエピソードからも、小野篁の体制や、権力といったものへの反発精神は明らかであり、嵯峨天皇との軋轢を考慮すると小野篁が嵯峨天皇の治世に対して「嵯峨なくてよからむ」としたのは極めて自然なことなのである。


よって、私は「無悪善」の文字を小野篁が書いたものだと、ここに断定したい。







一応、もう一つ説があるのだが、
それについてはここには言及しないでおこう。
(そっちは嵯峨天皇と薬子の変ということから導き出した解だ。)

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