伯爵令息の僕だけど、姉上のフリをして初恋の彼女の教師になります!? ~偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで~

杵島 灯

文字の大きさ
64 / 64
第4章

再びの王都へ

しおりを挟む
 僕が荷物を用意して外へ出ると、三人の使用人たちはもう待っていてくれた。あの栗毛馬も馬具が装着されて準備は万端だ。
 下働きの男性が僕から荷物を受け取って馬に結び付けてくれる。メイドが「このお弁当も一緒にお願いしまーす!」なんて言っている横で、老執事が僕に白い包みと革袋を差し出した。

「お財布には前回と同じ額をお入れしております。革袋にはお花を。切り口には水を浸した布を巻いておきました」
「ありがとう」

 細い革袋には一本の茎が差し込まれている。頭部には布がふんわりとかけてあるから、風よけってことだね。
 僕は革袋についていたベルトをネックレスみたいに首から下げてみた。長さを調節したら、うまいこと胸元に来る。これなら馬に乗ってもちゃんと守れそう。
 一つ頷いたところで、下働きの彼が手綱を渡してくれた。

「今の時期は、フユガネリンゴを喜びます」
「分かった」

 前回はハジケモモの季節だったね。あれから二か月のあいだにいろいろあったなあ。その経験で僕自身も少しくらいは変われていたらいいなと思うよ。

「じゃあ、行ってきます! 父上のことはよろしくね!」
「頑張ってくださいね、坊ちゃん!」
「いってらっしゃいませ」
「このあとの若君に良い風が吹きますよう、祈っております」

 途中でいちど振り返ると、三人はまだ並んで手を振ってくれてた。
 それはまるで、あたたかい明かりが屋敷の前に灯っているみたいに思えた。


***


 その日は途中で一泊して、僕は翌日の夜に王都へ到着した。
 今回は少しゆっくりめに馬を進ませたから前よりも遅い。もちろん理由は『暁の王女』を抱えていたからだよ。馬を速く進ませたら蕾が折れたり飛ばされたりしそうで怖かったんだ。

 ――そう。老執事が用意してくれた『暁の王女』は、蕾だった。

 花じゃなくて蕾を選んだってことは「『暁の王女』が必要になる“出来事”はすぐ起きるわけじゃない」って知ってたってことだよね。
 しかもみんなは僕が王都へ行くことに対して何も言わなかったわけで……。

 ……ここまでの流れを考えたらもしかして『僕がサラに対して特別な気持ちを持ってて、そこに『暁の王女』が関わってる』ってことはバレバレだったってことなのかって思えてくる。な、なんか恥ずかしいなあ。でもそのおかげで僕はこうして『暁の王女』を持って王都へ向かえるわけだから、むしろありがたくて……ううーん、でもやっぱり、複雑な気分。
 ……知らずについたため息のおかげで、風よけのマフラー内がちょっぴり暖まった。

 王都は相変わらず人が多い。だけど秋に来たときよりどことなく静かな気がするのは、今が完全に冬になったからかな。
 街灯がほんわりと闇を照らす中、僕はゆっくり貴族街へ向かう。今回の行先は宿じゃない。パートリッジの別邸なんだ。
 白い息を吐く馬を止め、僕はパートリッジ別邸の門前へ降り立つ。冷たい鉄扉を押し開いて敷地内に入り、玄関扉のノッカーを叩くと、コン、コン、という音が空へ吸い込まれていった。

 待つこと、しばし。

 毛羽だった手袋越しに手を握り合わせていると、小さな音を立てて扉が開いた。
 顔尾を出したのは初老のメイドと執事だ。二人は僕を見て顔をほころばせる。

「グレアム様でしたか!」
「ようこそお越しくださいました」

 別邸の住み込み使用人はこの夫婦二人だけ、ほかの使用人は通いで働いてくれてるから今はいないんだ。
 執事が進み出て、僕の手から手綱を取る。

「馬をお預かりします」

 と言ってくれたから、寒い中ごめんねと思いつつお願いし、一緒にフユガネリンゴも預けた。馬は弾む足取りで執事の後をついて行く。ふふ、馬房でもらうんだよ。

「さあ、グレアム様も、どうぞ中へお入りくださいな」
「ありがとう」

 別邸は本邸よりも小ぢんまりとしている。もちろんモート家に家財は差し押さえられてるからガランとした様子なのは否めないけど……なんだろう。入っただけで本邸との空気感の違いはすぐに分かるよ。
 本邸はかなり空虚な印象があるのに対して、別邸はまだ息をしている感じがするんだ。

「王都っていう活気のある場所に建ってるからかな……」
「何か仰いました?」
「ううん、なんでもない。ところで姉上はいる?」

 夜会に行ってたら留守かもしれないな、と考える僕の問いに答えたのはメイドじゃなかった。

「妙に騒がしいから何事かと思いましたわ」

 毛織のショールを羽織った姉上が、正面階段の手すりに手をかけて立っていた。
 良かった、在宅だった!

「姉上、聞きたいことがあるんだ!」

 勢い込んで言う僕を、姉上は黙って見つめてた。その視線の先にあるのは僕の顔じゃなくて、僕が抱いてる『暁の王女』のような気がした。

「……こんな寒い場所で立ち話をする趣味なんて、わたくしにはありませんわよ」

 それだけを言って姉上は踵を返す。つまり「こっちへおいで」ってことだね、姉上らしいなあ。
 メイドと顔を見あわせて少し笑って、僕は階段をのぼった。姉上は部屋の前で立っていた。

 開けてくれた扉の中へ入ると、ほわっと暖かい空気が迎えてくれる。奥の暖炉が赤々と燃えてるんだ。同時に僕は、ものすごーく寒かった事実に気がつく。うううっ、て小さく呻いて火の方へ行こうとしたら、マントがぐいっと後ろに引っ張られた。

「お前は相変わらずお馬鹿ですのね」

 姉上が何のことを言ってるのかはすぐ分かった。うん、本当に僕は馬鹿だ。
 僕が首からかけていた革袋を外すと、受け取った姉上は棚へ向かう。小さな花瓶からドライフラワーを抜き取り、水差しの水を注いで、丁寧な手つきで『暁の王女』を移し変えてくれた。

「これで安心でしょう?」
「うん。ありがとう」

 暖炉に近寄ると、パチッと爆ぜた薪が火の粉を舞い上がらせた。うひゃあ、あったかーい!
 色あせた絨毯に座り込んだ僕が手袋を外したところで、後ろの方から「それで」という声が聞こえた。

「お前は何をしに王都まで来ましたの?」

 言葉はきついけど口調はそこまででもない。
 僕は火を見つめたまま、背後に向かって答える。

「姉上は、何日か前にアシュフォード侯爵邸で行われた夜会に出た?」
「出ていませんわ。あの夜会は、身内に向けて開催されたものでしたもの」
「……そっか……」

 僕の声は明らかに落胆したものになった。
 今回、僕が王都を目指したのには理由がある。そのうちの一つが姉上に会って「アシュフォード侯爵邸の夜会で何があったのかを聞きたい」というもの。“最高の淑女”って呼ばれる姉上ならきっと参加してると思ったんだけど、なるほど、身内だけの夜会だったんだね。そういう事情なら姉上も情報なんて持ってないだろうな――。

「ですが」

 姉上は淡々と続ける。

「一部では既に噂になっていますもの。あの夜会でなにがあったのか、多少は知っていましてよ」
「本当に!?」

 僕は思わず振り返る。

「お願い、教えて!」

 姉上は無言のまま花瓶から離れて、長椅子に腰かけた。それが「話してもいい」という合図に見えたから、僕も立ち上がって姉上の正面にあった椅子へ座る。火から離れたせいで急に寒くなったけど、そんなの今はどうでもいいよ。

 しばらく待ってたけど姉上は何も言わない。黙って顔を横に――『暁の王女』の方へ向けているだけ。焦れた僕がもう一度「教えて」と言おうとしたとき、ようやく姉上は僕を見て、口を開いた。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

銀タ篇
2025.02.06 銀タ篇
ネタバレ含む
2025.02.07 杵島 灯

銀タ篇さま

来てくださってありがとうございます!
とにかく第一関門はクリア。女装が気づかれることなく、グレアムは“エレノア”として無事にモート家の教師となることができました。
ですが仰る通り、大変なのはこれから……。

期日が来るまでグレアムの奮闘はまだまだ続きます♪
またお時間があるとき、彼の頑張りを覗いてやってくださいませ!

解除
2025.01.25 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2025.01.25 杵島 灯

ブラックナイト田村二世 さま

読んでくださった上にお気に入りまで入れてくださったんですね。
すごく嬉しいです、励みになりますー!

文章や展開もお褒めいただいてありがとうございます。
私もぜひこの世界にお越しいただいて、グレアムたちに会っていただきたい気持ちでいっぱいです(笑)。

このあとも完結まで頑張ります!
感想、ありがとうございました。

解除

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。