伯爵令息の僕だけど、姉上のフリをして初恋の彼女の教師になります!? ~偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで~

杵島 灯

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第3章

授業の後にはお弁当

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 『靴を探しに行く競争』……いや、『靴を探しに行く研究』も僕の勝ちだった。サラはちょっぴり唇を尖らせて「ざんねーん」とは言ったけれど、瞳はずっとキラキラ輝いていた。
 頬が緩むに任せながら僕は、綺麗な装飾のほどこされた白い靴を差しだす。だけどサラはなかなか手を出さないどころか、妙なことを言い出した。

「エレノア様の靴は私が預かります。代わりに私の靴は、エレノア様が持っていてください」
「どういうことですの? わたくしではサラさんの靴を履けませんわよ」
「履かなくていいです。今日の行動は、靴なしにしますから」
「く、靴なし?」
「はい! たまにはいいと思いませんか?」

 そりゃ女性用の靴はカカトも高くて不安定になるし、痛いし、僕だって脱いでしまいたくなる。
 でも、頷くわけにはいかないよ。
 エレノアとサラが出会った初夏の頃だったらこの辺りもまだ緑の草がいっぱいで、靴がなくても平気だったかもね。でも秋を迎えた今は草が少しずつ減って地面が見えてきてる。靴を探す短い間だって何度か小石を踏んだくらいだよ。

 正直な話をすると。
 この場にいるのが僕だけなら、さっさと裸足になったと思う。女性用の靴を履いて痛いより、小石を踏んで痛い方がまだいいからね。だけど女性用の靴を履きこなしてるサラに、わざわざ小石を踏んで痛い思いなんてさせたくなんてない。

「靴なしで動き回ることが良いことだとは思えませんわね。身だしなみを整えるのは淑女の基本ですわよ」
「でもぉ……」
「はい、どうぞ。きちんと履いてくださいませ」

 サラの前に白い靴を突き出して僕が言いきると、サラは少し不満そうに、でもそれ以上に……なんだろう。心配? そんな表情をみせながら、しぶしぶのように靴を交換して履き始めた。僕も足をベージュの靴の中に押し込む。さようなら、自由だった時間。仕方のないことだけど名残惜しいよ。

「このあとは何をいたしますの?」
「そうですねえ……」

 サラが提案した内容は『花をたくさん見つける授業』だった。

「時間内により多くの花を探すんです」
「終了の合図はどうしますの?」
「これを使います」

 “懐中時計”なる高価なものを手にしたサラは、バスケットの中から小さなベルを取り出す。リンリンという澄んだ音が辺りに響いた。

「では、開始!」

 思い思いの方角へ向かった僕たちのうち、勝ったのはサラだった。「やった!」って笑いながら、サラは摘んできた花を僕に渡してくれた。
 続いての授業は水辺にいる鳥『薄紅うすべにさぎを探す授業』。これもサラの勝ち。
 そして『弁当を食べるのに良い場所を提案する授業』は、偶然にも僕とサラが同じ場所を選んだこともあって引き分けになった。

「二勝二敗、一引き分け。お揃いですね!」

 笑うサラが大きな木の下で敷き布を広げ、靴を脱いでから僕を呼ぶ。どうやらここでじかに座って昼食をとるみたいだ。なるほど、それで今日のサラの着ているドレスはいつもよりシンプルなんだね。装飾が多くて膨らむスカートだったら、今みたいに座るのはきっと難しかったはずだもんなぁ。
 ……僕のスカートは……うん、まあ、もともとシンプルだから……。

 とにかく。椅子や机なしの食事は非日常な感じがして、僕はとってもワクワクする。またしても靴を脱いで布に座ると、サラが僕たちの間にバスケットを置いて、開いた。

「まあ! なんて美味しそう!」

 中には、緑、赤、茶、白と、さまざまな色合いの食べ物がきれいに並んでいたんだ。僕のお腹も小さく「キュウ」って鳴く。恥ずかしくて頬が熱くなるけど、サラは何も言わない。なぜだか緊張した顔つきでお皿に料理をとりわけ、僕に差し出してくれた。とってもいい匂いが近づいてきて、喉までごくりと鳴る。
 でも、大丈夫だよ。このあとサラが自分のぶんを取り分けるまで待てる精神力くらい、僕だって持ち合わせてる。……こ、こら、右手! 勝手にカトラリーを動かすんじゃない!

「エレノア様のお口に合うといいんですけど」

 独り言のように呟くサラがカトラリーを持ったところで、僕は中途半端な位置で止まった右手に許可を出す。よしよし、まずは白い野菜へ向かおうじゃないか。

 これは根菜の煮込みだね。もっちりとした噛みごたえの後に、優しい甘さがじんわりと広がる。それを引き立てるのは絶妙な塩味だ。シンプルだからこそ材料の選定と火加減が重要で、誤魔化しがきかない。そんな料理に思えるよ。
 うん、美味しい! 僕好み!

 この一口で弾みがついた僕は次に、オレンジ色のソースがかかった肉にフォークを刺す。あ、もう分かった。これは僕の大好きな山ウズラだ!

 冷たいまま提供されるのを想定しているからかな、肉はしっとり蒸されていて、ぜんぜん硬くない。独特の臭みが少なくなってるのは手間をかけて下ごしらえをしたからだろうなあ。果実の風味が残るソースもよく合ってる。
 ああ……口の中が幸せ。飲み込んでしまうのが惜しくてたまらないよ。

 そんなことを思いながらひたすら口を動かす僕は、お皿がほぼ空っぽになった段階でようやく感想を言ってないことに気がついた。

「どの料理もとっても美味しいですわね!」
「本当ですか?」
「ええ。夢中になってしまうあまり、無言になってしまいましたの。恥ずかしい姿をお見せしましたわね」

 サラは「そんなことないです」って言いながら大きく首を横に振る。

「エレノア様に喜んでいただけたなら、作った甲斐がありました」
「え? もしかしてこのお弁当は、サラさんがお作りになられましたの?」
「はい、そうです。よろしければまだお取りしましょうか?」
「いただきますわ!」

 うわあ、嬉しい!
 大事に食べよう!
 ……と思うのに、どの料理もすごく美味しいせいで、口と手の動きが止まらないよー!

「最初はいつもみたいに料理人たちへお願いしようと思ったんですけど、私が作った食事もぜひ召し上がっていただきたいなと思って。私の母は料理上手で、一緒に暮らしていた頃はいろんな料理の作り方をくれたんですよ」

 そういえばサラのお母さんには会ったことが無いなぁ。

「お母様は今、どちらに?」
「遠くの町の屋敷で、弟たちと一緒に暮らしてます。一番上の弟が父の後継者としてもうじき家を出る予定なので、寂しがってるかも。私のときもすごく落ち込んでたんですよ」

 口元は微笑んでいるサラだけど、湖の向こうを見つめる瞳は少しうるんでいる。

「……まだ……家族全員で暮らしていたころ。父の後を継ぐのは私だと思っていました。でもそれは、あくまで平民の商人としてで。……あんなやりかたをする商人じゃ、なくて……」

 ぽつぽつと話すサラの顔がほんのわずか、ゆがんだ。

「……私は、昔のお父さんがやっていたような……埋もれていた良いものを見つけて、広く人に知ってもらう。そういう商売をやりたかったんです。……自分が自信を持って薦められるものを、ほかのひとも良いって評価してくれて、世間でも人気になっていく……。それは、まるで魔法みたいで……すごいなって思ってた……」

 本物の姉上エレノアだったらこういうときに気の利いたことを言えたはずだけど、僕の頭はなんにも思いついてくれない。それで話す代わりに食べることで口を動かし続けた。サラに「意地汚い奴だ」って思われたらどうしよう、ってちょっとドキドキしながら。
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