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第1章

12.出発

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 ローゼが草原に到着すると、様子は一変していた。あるいは元に戻ったというべきか。

 あちこちに張られていた天幕はとうに畳まれており、荷馬車の準備も終わりに近い。
 出発まで間がなさそうという話は間違っていなかったようだ。

「先に大神官に挨拶しとくか。多分俺やフェリシアちゃんと一緒にいても平気だと思うけどさ、その辺も確認しておきなよ」
「はい」
「……正直言うとまぁ、なんだ。神殿騎士の方も居心地はあんまり良くないかもしれないけど許してな」

 ジェラルドを仰ぎ見ると、気まずそうに視線をそらしている。

「大丈夫です。ジェラルドさんとフェリシアがいるんでしょう?」
 そう言うとジェラルドはパッと顔を輝かせる。
「おうよ! 俺とフェリシアちゃんはばっちり歓迎だからな!」
 ローゼは少し笑ってうなずいた。
「はい」
 
 アレン大神官が乗ってきたと思われる馬車も準備が整っている。近寄ったものの、不愛想に対応したのは近くにいた神官だけで、大神官は嫌な目つきでローゼの方を確認しただった。
 しかしセラータを見た途端、驚愕したように目を見開く。

(用意してなかったはずの馬を連れてるから驚いてるの? そこまで嫌がらせがしたかったとはね。あーやだやだ)

 しばらくの間馬だけを凝視していたものの、最後までローゼには声もかけなかった。今後も無視するという意思表示のようにも思えたので、ローゼも大神官のことは気兼ねなく無視することに決めた。
 
 対応した神官には一団のどこにいても構わないとも言われたので、ローゼは大手を振って神殿騎士の方へ向かう。

 草原の奥の方まで行くとジェラルドは、よう、と言って手を上げる。
「ローゼ・ファラーちゃんをお連れしたぜ。一緒に行動することになるから、よろしくなー」
「よろしくお願いします」

 ローゼが挨拶するとパラパラと挨拶は来るものの、歓迎の雰囲気とは程遠い。
 おそらく、ローゼがどういう人物か良く分からないのもあるだろうし、ローゼの立場をどう考えて良いのかも分からないのだろう。
 
(まあそうよね。あたし、大神官には無視されてる存在だもんね)

 荷物の最終点検をすると言うジェラルドと別れ、ローゼは1人で端に移動する。
 忙しそうな人々をぼんやり見ていると、横から可憐な声が聞こえた。

「こんにちは、ローゼ様。またお会い出来て嬉しいですわ」

 にっこりと微笑み、ローゼの手を取るのはフェリシアだった。
 覚悟はしていたものの、周囲の人たちは半分無視状態だ。そんな中で笑顔を向けてもらえるのはやはり嬉しい。

「こんにちは、フェリシア。しばらくの間よろしくね」
 ローゼが言うと、フェリシアは紫の瞳をこぼれんばかりに開き、とろけるような笑顔を見せる。

(うーわー、本当に可愛いわこの子……)

「初めて名前を呼んでくださいましたのね。わたくし、感激ですわ!」
「あれ、そうだっけ?」
「ええ。どうかこの後も仲良くしてくださいませ! それではわたくし、馬に荷物を積んできます。後ほどご一緒いたしましょうね!」

 ひらひらと手を振りながら、踊るような足取りで自身のと思われる青馬に向かっていく。

 ローゼの荷物は神殿でジェラルドが積んでくれているのだが、中身を見ていないことに気が付いた。

(そういえば何が入ってるんだろう……)

 気になると言えばなるのだが、これから出発するというのに開けるのは問題があるように思えた。
 用意してもらった荷物には大き目の物と小さめの物がある。小さい方ならあけてもいいだろうかと考えていると、ジェラルドが1振の小ぶりな剣を携えて戻ってきた。

「ローゼちゃん、ちょっと荷物を見せてもらっていいかな。ああ、奴が準備した小さい方な。多分入れてあると思うんだよなー」
 奴というのはアーヴィンのことだろう。どうぞ、と言うと先ほど結び付けた小さい荷物の方を開ける。
 上の方から1つずつ物を出していたが、ほどなく目的の物を見つけたらしい。
「あったあった。ほいよ、これ持って」
「帯ですか?」
「そう、剣帯。ローゼちゃんも今後は帯剣して行動することになるはずだろ? 剣があるとやっぱり勝手が違うからさ、今から慣れとくといいんじゃないかと思ってな」

 言って、着け方を教えてくれる。
 その通りに着用したところで、ジェラルドは持っていた剣を渡してくれた。

「俺の予備の剣だけどさ、まあ護身用って意味も含めて差してるといいぜ」
「ありがとうございます」

 手にずしりとした重さを感じ、ローゼは身が引き締まる思いがした。

 これからは魔物と戦う。
 もしかするとこの剣を使うことだってあるのかもしれない。

 腰に差して少し動いてみる。

「……動きづらいですね」
 だろ? とジェラルドは笑う。
「まあ、ぼちぼち慣れていけばいいさ」
「……はい」

 ローゼが聞いた出発時間は昼すぎだったはずなのに、昼と呼ぶにはかなり早い時間に一団は出立する。
 村の方を見ないよう、ローゼは頭上の覆いを目深に下げた。


   *   *   *


 一団の先頭を30人の神殿騎士が行き、その後ろに50人の神官たちと大神官の乗る馬車がいる。そしてさらに後ろに30人の神殿騎士がおり、ローゼがいるのは後ろ30人の中だった。

 最初は見知った景色が遠ざかっていくことに感傷的になっていたローゼだが、知らない景色ばかりになるにつれて逆に吹っ切れてくる。

 日中は食事の時以外は基本的に先を進み、夕刻近くに町があればそこが宿泊地になった。
 大神官はどうやら町の神殿に泊まっているらしい。他にも側近の神官たちが何人か宿泊しているようだが、ローゼには関係がない話だ。
 神殿騎士たちは基本的に町の外に天幕を張って寝起きしている。

 少ないながらも女性用神殿騎士の天幕があったのでローゼはそこに行くつもりだったのだが、フェリシアに誘われて彼女の天幕に行くことになった。
 話を聞くと、小ぶりの天幕を1人で使用しているのだという。
 別に断る理由もないので、以降は2人で一緒に寝ることになった。
 雰囲気からして、フェリシアはローゼ係としてあてがわれたような気もしているが、実際には分からない。
 ただ、ローゼもフェリシアと一緒の方が気が楽ではあったし、フェリシアも楽しそうにしてくれているからそこは良かったと思っている。

 ちなみに食事の用意なども手伝いを申し出たことがあったのだが、やんわりとではあるものの何もしてくれるなと言われてしまった。

(うーん。最初の態度から分かってたけど、あんまり好かれてない感じよねー)

 追い出されたりわざと置いて行かれたりしない分だけましだという気がした。そもそも7日で別れる間柄なのだから、あまり深く付き合う必要はないのかもしれない。
 結局、道中の話し相手はフェリシアとジェラルドくらいだった。
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