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第1章
22.神殿
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ローゼはレオンの夢を見た後から思っていたことがある。
(レオンは、エルゼや神官が何を伝えたかったのかを知らなくてはいけないんだわ)
そうしなければ同じ場所で足踏みをして、いつまでも悪夢を見てしまう。
できればすぐにも何とかしてやりたいのだが、残念なのは、彼らの故郷が分からないことだ。
レオンに尋ねたところで、彼は故郷へ帰りたくないのだから言うはずもないだろう。もし言ったとしても、たどたどしい口調ではこちらに伝わるか分からない。
そもそも村の名前が変わっている可能性だってある。何しろ400年も経っているのだ。
それならば、聖剣の主として旅に出ている途中で、いつかレオンの出身地に立ち寄るという偶然が起きるかもしれない。
もしも立ち寄れたら、レオンが剣に宿ったように、エルゼや神官の想いが残っている場所が見つかる可能性がある。
見つかりさえすれば、あとはなんとかしてエルゼたちの話をレオンに聞かせる方法を探そう。
ローゼはそう心に決めていた。
国は広い。ましてや町や村などたくさんある。一体どのくらい時間がかかるか分からないと覚悟していたのだが。
(まさかとは思うけど)
以前、レオンの夢の中でちらりと神殿が見えた。
神殿などどこも似たような造りだと思っていたから、見覚えのある形をしていても特に気には留めなかった。
でも、ローゼの血がかかった時に受けたレオンの衝撃は。
だとすれば、見覚えのある神殿は、もしかしたら。
* * *
ローゼがグラス村へ向かう理由を、フェリシアは特に聞かなかった。
聞かないということは、ここで別れて彼女は単身王都へ向かうのかと思ったが、意外にも一緒に西へ向かっている。
(いや、意外じゃないのかも)
フェリシアは神殿騎士の装束以外に鎧を持って来ていた。実は最初から少しあちこちうろつく予定だったのかもしれない。
あるいはローゼのことが心配でついてきてくれているのかもしれないし、純粋に一緒に旅をするのが楽しいのかもしれない。
いずれにせよ、ローゼにとってフェリシアは心強い旅の道連れだった。
道中では魔物にも遭遇することもあり、村で討伐隊を組んでいるところに遭遇して手伝う、という事態も発生した。
その際はフェリシアの神殿騎士見習いという身分が役にたち、村人からは大いに感謝されたのだが。
「わたくしだけ感謝されるなんて納得できませんわ……ローゼは感謝されてませんのに……」
とフェリシアは不満そうだった。しかしローゼはこっそり1人で瘴穴を消しに行っていたのだから仕方がない。
それでもローゼが誰にも評価されていないことがフェリシアにとっては大いに不満だったようだ。
そんな心が伝わってきたので、ローゼは自分を思ってくれるフェリシアの想いが素直に嬉しかった。
瘴穴から噴き出した瘴気が魔物を強化しているというのは、どうやらフェリシアにとって納得ができる話のようで、聞いた後は大興奮だった。
大神殿に戻ったらみんなに話すと意気込んでいたので、頼んでそれはもう少し待ってもらうことにする。
何せ情報の元はローゼだ。なったばかりの聖剣の主が言うのだから、あまりにも怪しすぎる。せめてもっと実績を積んで、信用を築いてからにしたい。
そう頼むと、フェリシアは不承不承うなずいた。
レオンは【えるぜ】と言って以来話さなくなったが、それでも魔物が出れば、きちんと視界は貸してくれた。
どうやら話をしないだけで、見聞きはしているらしい。
ローゼとしては面倒な奴だと思っていたのだが、これ以上何かあればさらに面倒なことになりそうなので、その感想は胸の内だけに留めておくことにした。
出会った魔物を倒しつつも、セラータやゲイルには悪いと思ったが少し急ぎ目に道を行ったおかげで、思ったより旅程は早く進んだ。
* * *
遠くにグラス村が見えてきたとき、久しぶりにレオンの声がする。
【いや】
グラス村に行きたくないということなのだろう。
しかしもちろん、ローゼはレオンの意見を聞くつもりが無い。それにレオンが嫌がるのなら、やはりあの村は彼の故郷なのだ。
「レオンってさ、グラス村の出身でしょ」
ローゼは言う。
「もしかしたら当時は違う名前かな。とりあえずさ、この国の最西端の村の出なんじゃない?」
夢の中で垣間見たレオンの故郷にあった家や道に覚えはない。何せ400年の差がある。
しかし遠くの山や、木の具合は違うとはいえ森の位置、そして何より神殿がその証拠だ。
レオンからの返事はないが、返事の有無は関係ない。
もうじきグラス村に到着する。そうすれば明らかになることなのだ。
そして日が完全に暮れて辺りが暗くなるころ、ローゼは故郷に戻ってきた。
神殿が見えた辺りから、なぜか誰かに呼ばれているような気がする。
【いやだ】
レオンがもう一度拒否をするが、もちろん取り合わずに神殿へ向かう。
神殿の裏にある庭に、馬屋があるのは知っている。出発までセラータを預かってもらっていた馬屋だ。勝手に入って馬を繋いでも、アーヴィンは気にしないだろう。
しかし、早く、と呼ばれている気がして仕方がないローゼは、一時的に入り口の木に繋いでおいた。フェリシアもローゼと同じようにゲイルを近くの木に繋ぐ。
こんな時間に神殿を訪ねる村人はいないが、幸いなことに神官補佐はまだ入り口にいたので、挨拶もそこそこにアーヴィンの所在を尋ねてみる。
ローゼは村の出身だし、神官補佐もグラスの村人だ。お互い顔見知りなので、気安い間柄ではある。
しばらくローゼを見なかった疑問を軽く口にしつつ、彼は神官がちょうど外出していることを告げ、用事があるなら中で待つかと問われる。
帰りを待った方が良いのは分かっている。しかし気が急くローゼは、どうにも待つ気にならない。神殿の中へは入ったものの、少し迷ってそのまま祭壇の前へと進み出た。
祭壇は神官のための場所だ。さすがにローゼが近寄るのはまずかったようで、神官補佐が制止しようとする。それを止めてくれているらしいフェリシアの声を聞きながら、ローゼは腰の聖剣を抜いた。
【いやだ いやだ】
「とりあえず、話を聞いてみようよ。エルゼだってずっと聞いて欲しがってたじゃない」
この神殿は400年前にもここに建っていた。
当時の神官のことはきっと覚えている。
レオンやエルゼのことも、もしかしたら覚えているかもしれない。
しかしどうやって彼らの話を聞けば良いのだろうか。
とにかく祭壇の上に聖剣を置き、膝をつくと、手を祈りの形に組んで呼びかけてみた。
「神官様、あるいはエルゼ。もし想いを残しているのなら、ちょっとこの人と話をしてやってください」
ここで駄目なら墓場かな、と思ったあたりで、誰かに抱きしめられるような感覚がした。
じんわりと高揚感がせりあがってきて、脳裏に声が響く。
『ああ、やっと話を聞いてもらえる』
そして誰かの記憶が流れ込んできた。
(レオンは、エルゼや神官が何を伝えたかったのかを知らなくてはいけないんだわ)
そうしなければ同じ場所で足踏みをして、いつまでも悪夢を見てしまう。
できればすぐにも何とかしてやりたいのだが、残念なのは、彼らの故郷が分からないことだ。
レオンに尋ねたところで、彼は故郷へ帰りたくないのだから言うはずもないだろう。もし言ったとしても、たどたどしい口調ではこちらに伝わるか分からない。
そもそも村の名前が変わっている可能性だってある。何しろ400年も経っているのだ。
それならば、聖剣の主として旅に出ている途中で、いつかレオンの出身地に立ち寄るという偶然が起きるかもしれない。
もしも立ち寄れたら、レオンが剣に宿ったように、エルゼや神官の想いが残っている場所が見つかる可能性がある。
見つかりさえすれば、あとはなんとかしてエルゼたちの話をレオンに聞かせる方法を探そう。
ローゼはそう心に決めていた。
国は広い。ましてや町や村などたくさんある。一体どのくらい時間がかかるか分からないと覚悟していたのだが。
(まさかとは思うけど)
以前、レオンの夢の中でちらりと神殿が見えた。
神殿などどこも似たような造りだと思っていたから、見覚えのある形をしていても特に気には留めなかった。
でも、ローゼの血がかかった時に受けたレオンの衝撃は。
だとすれば、見覚えのある神殿は、もしかしたら。
* * *
ローゼがグラス村へ向かう理由を、フェリシアは特に聞かなかった。
聞かないということは、ここで別れて彼女は単身王都へ向かうのかと思ったが、意外にも一緒に西へ向かっている。
(いや、意外じゃないのかも)
フェリシアは神殿騎士の装束以外に鎧を持って来ていた。実は最初から少しあちこちうろつく予定だったのかもしれない。
あるいはローゼのことが心配でついてきてくれているのかもしれないし、純粋に一緒に旅をするのが楽しいのかもしれない。
いずれにせよ、ローゼにとってフェリシアは心強い旅の道連れだった。
道中では魔物にも遭遇することもあり、村で討伐隊を組んでいるところに遭遇して手伝う、という事態も発生した。
その際はフェリシアの神殿騎士見習いという身分が役にたち、村人からは大いに感謝されたのだが。
「わたくしだけ感謝されるなんて納得できませんわ……ローゼは感謝されてませんのに……」
とフェリシアは不満そうだった。しかしローゼはこっそり1人で瘴穴を消しに行っていたのだから仕方がない。
それでもローゼが誰にも評価されていないことがフェリシアにとっては大いに不満だったようだ。
そんな心が伝わってきたので、ローゼは自分を思ってくれるフェリシアの想いが素直に嬉しかった。
瘴穴から噴き出した瘴気が魔物を強化しているというのは、どうやらフェリシアにとって納得ができる話のようで、聞いた後は大興奮だった。
大神殿に戻ったらみんなに話すと意気込んでいたので、頼んでそれはもう少し待ってもらうことにする。
何せ情報の元はローゼだ。なったばかりの聖剣の主が言うのだから、あまりにも怪しすぎる。せめてもっと実績を積んで、信用を築いてからにしたい。
そう頼むと、フェリシアは不承不承うなずいた。
レオンは【えるぜ】と言って以来話さなくなったが、それでも魔物が出れば、きちんと視界は貸してくれた。
どうやら話をしないだけで、見聞きはしているらしい。
ローゼとしては面倒な奴だと思っていたのだが、これ以上何かあればさらに面倒なことになりそうなので、その感想は胸の内だけに留めておくことにした。
出会った魔物を倒しつつも、セラータやゲイルには悪いと思ったが少し急ぎ目に道を行ったおかげで、思ったより旅程は早く進んだ。
* * *
遠くにグラス村が見えてきたとき、久しぶりにレオンの声がする。
【いや】
グラス村に行きたくないということなのだろう。
しかしもちろん、ローゼはレオンの意見を聞くつもりが無い。それにレオンが嫌がるのなら、やはりあの村は彼の故郷なのだ。
「レオンってさ、グラス村の出身でしょ」
ローゼは言う。
「もしかしたら当時は違う名前かな。とりあえずさ、この国の最西端の村の出なんじゃない?」
夢の中で垣間見たレオンの故郷にあった家や道に覚えはない。何せ400年の差がある。
しかし遠くの山や、木の具合は違うとはいえ森の位置、そして何より神殿がその証拠だ。
レオンからの返事はないが、返事の有無は関係ない。
もうじきグラス村に到着する。そうすれば明らかになることなのだ。
そして日が完全に暮れて辺りが暗くなるころ、ローゼは故郷に戻ってきた。
神殿が見えた辺りから、なぜか誰かに呼ばれているような気がする。
【いやだ】
レオンがもう一度拒否をするが、もちろん取り合わずに神殿へ向かう。
神殿の裏にある庭に、馬屋があるのは知っている。出発までセラータを預かってもらっていた馬屋だ。勝手に入って馬を繋いでも、アーヴィンは気にしないだろう。
しかし、早く、と呼ばれている気がして仕方がないローゼは、一時的に入り口の木に繋いでおいた。フェリシアもローゼと同じようにゲイルを近くの木に繋ぐ。
こんな時間に神殿を訪ねる村人はいないが、幸いなことに神官補佐はまだ入り口にいたので、挨拶もそこそこにアーヴィンの所在を尋ねてみる。
ローゼは村の出身だし、神官補佐もグラスの村人だ。お互い顔見知りなので、気安い間柄ではある。
しばらくローゼを見なかった疑問を軽く口にしつつ、彼は神官がちょうど外出していることを告げ、用事があるなら中で待つかと問われる。
帰りを待った方が良いのは分かっている。しかし気が急くローゼは、どうにも待つ気にならない。神殿の中へは入ったものの、少し迷ってそのまま祭壇の前へと進み出た。
祭壇は神官のための場所だ。さすがにローゼが近寄るのはまずかったようで、神官補佐が制止しようとする。それを止めてくれているらしいフェリシアの声を聞きながら、ローゼは腰の聖剣を抜いた。
【いやだ いやだ】
「とりあえず、話を聞いてみようよ。エルゼだってずっと聞いて欲しがってたじゃない」
この神殿は400年前にもここに建っていた。
当時の神官のことはきっと覚えている。
レオンやエルゼのことも、もしかしたら覚えているかもしれない。
しかしどうやって彼らの話を聞けば良いのだろうか。
とにかく祭壇の上に聖剣を置き、膝をつくと、手を祈りの形に組んで呼びかけてみた。
「神官様、あるいはエルゼ。もし想いを残しているのなら、ちょっとこの人と話をしてやってください」
ここで駄目なら墓場かな、と思ったあたりで、誰かに抱きしめられるような感覚がした。
じんわりと高揚感がせりあがってきて、脳裏に声が響く。
『ああ、やっと話を聞いてもらえる』
そして誰かの記憶が流れ込んできた。
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