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第1章

21.向かう先

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 話が決まったところで荷物をまとめ始める。
 ローゼがセラータに荷物を積み終わるころには、フェリシアも自分の馬、ゲイルに荷物を積み終わっていた。

「そういえばフェリシアの鎧、あの白いのじゃないんだね」

 フェリシアの鎧は昨日までの物とは違うものだ。
 いぶし銀の鎧は白い鎧ほどではないが、それでも優美な印象を与えるものだった。

「あれは神殿騎士の装束ですわ。一団を離れているのに着ていたら変ですもの。ですからこっそり荷馬車の中に隠してましたの」
「……ということは、大神殿を出るときから離脱する予定でいたってこと?」
「それは、ひ・み・つ、ですわ」

 うふふふ、と微笑むフェリシアを見て、とりあえずローゼは深く追求するのをやめておいた。

 昨日までは大人数で移動していたが、今日からはフェリシアと2人きりになる。
 ローゼは長い旅が初めてなので不案内だが、フェリシアは訓練などで少し長めの旅もしたことがあるらしい。
 道中に関しては彼女に任せることにした。

「一番楽なのは、街道沿いを進みながら王都に向かうことですわ」

 というフェリシアの意見により、まずは大きな道を目指すことにした。
 大きな道には要所要所に案内の札もあるため、行先が分かりやすくなっているそうだ。

「宿泊はどういたします?」

 これまでは夜は天幕を張り、その中に簡単な寝具を敷いての旅だった。
 確かにもうそんなことをする必要はないが、宿泊と言えば宿屋なのではないだろうかとローゼは首をかしげる。

「何か選択肢があるの?」
「神殿と宿屋がございますわ」
 
 神殿関係者なら各村や町の神殿に宿泊することも可能らしい。しかも費用はかからないそうだ。
 無料という言葉に惹かれかけたローゼだが、今回の旅は宿屋に泊まる方を選択した。

 最初にもらった荷物の中には十分すぎるほどの路銀も入っていたので、宿代の心配もないし、今はまだきちんと神殿関係者ではないというのも気が引ける。
 何より初めての旅だ。宿屋というものに泊まったことがないから泊まってみたかった。 

 いずれにせよ、今日は地面の上に敷いた簡易寝具ではなく、きちんとした寝床で休めそうだということで、ローゼは少しほっとする。
 多少は慣れたものの、やはり連日簡易寝具での就寝はさすがにつらかった。

 古の聖窟いにしえのせいくつがある山から下り、来た道を戻る。
 途中で方向を変え、王都への街道に向けて小さな道を行く。
 その途中で声が響いた。

【まもの いる】

(え?)

 一瞬視線が揺らいだような気がしたかと思うと、左側の木立の中に小鬼のような影が見える。

「なに、これ……」
「ローゼ?」

 小鬼以外にも、近くの地面に落ちた黒い影、そしてその影から立ち上る黒いものが視界に入った。

【まもの ちかく しょうけつ しょうき】
「もしかしてこれ、レオンが見てるもの?」
【そう】

 ローゼに伝えるレオンの声は、とても嬉しそうで、そして感慨深そうだった。

「あたしにも見せてくれてるの?」
【そう】
「ローゼ、どうしましたの?」

 心配そうに尋ねてくるフェリシアに、ローゼは汗ばむ手を握りしめながら告げた。

「フェリシア。魔物がいる」

 ローゼの言葉を聞き、フェリシアは即座に腰の剣を抜く。
 
「どちらにいますの?」
「もう少し先の左側、森の中。魔物の大きさは小さいけど、瘴穴が近くにある」

 瘴穴がある、という言葉に不思議そうな様子を見せたものの、フェリシアは深くは追及せずにうなずく。

「わかりましたわ。ローゼはこの場に残って……」
「駄目」

 腰の聖剣を見下ろしてローゼは言った。

「あたしはもう聖剣をもらったの。この先、ずっと後ろに隠れてるわけにはいかないでしょ。きっとレオンも手伝ってくれる。一緒に行くわ」


   *   *   *


 ある程度まで近づいてから、森の手前で馬を降りる。

「どちらですの?」
「……あっち」

 最初に見た場所から魔物はほぼ動いていない。

「わたくしが先に行きますわ」

 緊張しているローゼを見てフェリシアが微笑む。しかしいつもとは違い、その表情は少しだけこわばっていた。

「でも」
「援護をお願いしますわね」
「……うん」

(あたしが持ってるのは、魔物を倒すための聖剣なのに)

 自分が先に行く、と言いたいのだが、言えない自分が悔しかった。
 2人がそろそろと近づくと、気配を感じたのか魔物がこちらに向かってくる。

「フェリシア!」

 小鬼の最初の一撃をフェリシアが剣で受け止めた。
 そのまま斬りかかるが、小鬼は素早く後ろに下がる。

 魔物とフェリシアを見ながら、ローゼはどうしたら良いのか分からずに聖剣を握りしめたまま立ち尽くしていた。

(何か、何かあたしにもできることは……)

【しょうけつ】

 そんなローゼを叱咤するようにレオンの声が響く。
 はっとしてローゼは聖剣を見た。

【しょうけつ ある】

(夢の中で、レオンは瘴穴を消していた)

「レオン。もしかして、瘴穴をなんとかできる?」
【できる】

 その言葉を聞くなり、ローゼは瘴穴に向かって駆けだす。
 黒いいびつな楕円形が地面にくっきりと描かれており、そこから瘴気が噴き出し、流れ、周囲を黒に染めていた。
 
 そして瘴気の一部は魔物の方へと流れている。目で追ってみれば、小鬼の中へと吸収されているように見えた。

(え、なにこれ。もしかして瘴穴が近くにあると、そこから出てきた瘴気が魔物を強くしちゃうとかそういうこと?)

 フェリシアはそんなことを言っていなかった気がする。

 しかし瘴穴や瘴気は人には見えないのだから、確かに他の人たちには分からないのかもしれない。
 もしそうだとすれば、神殿騎士の人たちが思い切り剣を振るってもあまり傷を与えられていない理由がなんとなく理解できた。

【けん しょうけつ さす】
「刺す?」

 夢の中で見た光景が浮かぶ。
 確か北の地で、こうやってレオンは瘴穴を消していたはずだ。

 ローゼは聖剣を思い切り地面に、瘴穴に突き立てる。
 すると聖剣を突き立てた場所からまるで水がにじむようにして光が広がって行き、次の瞬間に瘴穴は雲散した。

「消えた……」

 思わずその場にへたりこみそうになるが、まだ戦いが終わったわけではない。
 聖剣を握りしめ、フェリシアの元へ向かう。

 フェリシアと小鬼の戦闘は終盤を迎えているようだった。

 小鬼の手は片方なく、足にも大きな傷がついている。
 一方のフェリシアには、傷が無いように見えた。
 フェリシアが、渾身の力を込めて魔物を剣で払ったので、これで終わりかとローゼは思ったが、小鬼はフェリシアの攻撃をかがんでかわすと、そのまま跳躍し――。

「うそ!?」

 ローゼの方に跳んできた。
 とっさにかわそうとするがかわしきれず、右手に鋭い痛みが走る。

(大丈夫、まだ剣は握れる) 

 逃げられるわけにはいかない。そのまま小鬼に向かって聖剣を叩きつける。
 小鬼はあっけなく消滅した。
 ほっとしたローゼが握った右手から、たらりと聖剣に血が垂れる。

 ――瞬間、雷に打たれたような衝撃がローゼに走った。
 いや、本当に衝撃を受けたのはローゼではなく、レオンの方だ。

【――えるぜ】

「ローゼ!」
 血相を変えたフェリシアが走ってくる。
「ああ、ごめんなさいローゼ! 怪我はいかがですの!?」

 衝撃の余韻で目がくらんでいるローゼを、フェリシアは怪我が大きかったせいだと思ったようだ。
 真っ青な顔をして、ローゼの全身を確認する。
 ローゼはフェリシアの方をのろのろと見て、なんとか笑顔を作ってみせた。

「……大丈夫」
「ごめんなさい、まさかローゼの方に魔物を逃がしてしまうことになるなんて……」

 言いながら手を取ると、腰の物入れから薬の瓶を取り出してローゼの右手にかける。すると傷はたちどころに綺麗になった。もう痛みもない。
 神官が神聖術を籠めた薬だ。

「ありがとう、フェリシア」
「お礼などいりませんわ。わたくしのせいですもの」
「そんなことないよ。ほとんどフェリシアが倒したようなもんじゃない。フェリシアの怪我はどう?」

 ローゼが尋ねると、フェリシアは両腕を広げて体を見せる。

「わたくしは平気ですわ」
「そっか。それなら良かった」

 そう言って握ったままだった聖剣の血をぬぐう。
 鞘に戻し、少し視線を落として考え、フェリシアの方を向いた。

「ごめん、フェリシア。あたし王都じゃなくて、先に行きたいところができちゃった」
「あら。何かありまして?」
「うん、あると言えば、まぁ、あったかな……」

 歯切れ悪く言うローゼに首をかしげながらフェリシアは尋ねる。
「どちらへ行かれますの?」
 ローゼは腰の聖剣を見ながら答えた。

「あたしの故郷。グラス村」
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