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第2章
3.散策と邂逅
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夕食後にローゼが部屋で待っていると、昼間に言っていた通りフェリシアがやってきた。手土産として大量の焼き菓子を持っている。
「このお菓子美味しいんですのよ。ぜひローゼにも召し上がっていただきたくて持ってきましたの」
「こ、こんなに食べるの? 夕食後だよね?」
「あら。この程度、平気ですわ。きっとすぐに無くなってしまいますわよ」
うふふふ、と笑いながら、いつものようにお茶の支度を始める。
その横でお菓子の準備をしながらローゼは尋ねてみた。
「ねえ、フェリシア。チェスター・カーライルって人、知ってる?」
フェリシアはお茶を淹れながら答えた。
「チェスター様? ええ、存じてますわ」
「偉い人なの?」
「お父上のカーライル侯爵は国内でも有数の大貴族ですの。そのご嫡男ですから偉いと言えば偉いですわね。ご本人も子爵の地位をお持ちですし」
お茶の支度が終わったフェリシアがそれぞれの椅子の前へ置く。
ローゼも焼き菓子を皿に移して机の上へと乗せた。
「どういう人? その、性格とか評判とか」
「年代問わず、悪い評判はあまり聞きませんわ。若い女性からの評判は特に良いですわね。容姿が良くて、身分をお持ちですもの。ローゼも気になります?」
「ならない」
「そうですわよね」
あっさり肯定してくるフェリシアに内心首をかしげつつ、質問を返してみる。
「フェリシアも気になる?」
「わたくしが? いいえ。それにあの方は、お姉様との婚約が内々に決まっていますのよ」
「へぇ……」
フェリシアの姉なのだからもちろん王女だ。
王女を妻に迎えられるとは、やはり色々な意味でただものではないのだろう。
「でも急にチェスター様のことをお聞きになるなんて、何かありましたの?」
「うん……今日ちょっと、フェリシアと別れた後で会ってね」
どこまで話そうか悩んで、とりあえず鞘の話だけをかいつまんで聞かせる。
菓子を食べながら聞いていたフェリシアは、ローゼの話が終わるとうなずいた。
「そんなことがありましたの……。確かにレオン様のお話をするわけには参りませんものね」
「うん」
「でもせっかく美しい鞘を作って下さったんですもの。たくさんの方に見て頂いた方が職人の皆様も喜んでくださると思いますわ」
「そうなのよねー。でもそれはつまり……」
こういう物が作れる人がいる、という宣伝をするのはとても良いと思う。作った人も嬉しいだろう。
しかしいざ自分が使うとなれば、見合うだけの価値がある人間なのだと宣伝しているような気がする。考えるだけでローゼは身の置き所がない気分になってきた。
「……あたしはまだ、これを使えるほどの人間じゃないしなあ……」
自信が無くなってぼそぼそ呟くと、菓子に伸ばしかけた手を止めたフェリシアが首をかしげる。
「どうなりましたら使える人になれますの?」
「どうなりましたらだろうねぇ。あたしも知りたい」
「それなら使ってしまえば良いのですわ」
ローゼは思わず見返すが、フェリシアは別にからかっている顔ではない。
「聖剣の主になるだけで、本来ならものすごいことですもの」
「でもそれは、あたしの実力とは関係ないから……。なっただけで何もしてないし、何もすごくないよ」
「何かをするのはこれからですわ。でもこの後に何かを成すのですから、別に問題ありませんでしょう?」
ローゼは瞬く。
「成す……のかな」
「もちろん。だってローゼは聖剣の主なんですもの」
そう言ってフェリシアはにっこりと笑い、菓子に手を伸ばす。
「うーわー、その言葉、すごい重圧だわ」
苦笑しながらローゼは左手で頬杖をついた。
「でも確かにあたし、今までそんなこと考えたことなかったな……」
ため息をつき、右手で菓子を取る。
そもそも聖剣の主というだけで、神殿内での特権が色々と発生しているのだ。各方面への影響力もかなりのものになる。
その辺りを考えないのなら、最初から受け取るべきではなかったのかもしれない。
(あーあ……失敗したかな。あたしはただの村娘だったのに、いきなり高貴な立場になっちゃって……)
と思ったとき、高貴という言葉に少しひっかかりを覚えた。そういえばローゼは高貴な場へ行く機会がなかっただろうか。例えば、王宮とか。
「……聖剣の主って、儀式の時とお披露目会の時は何を着るのか知ってる?」
「わたくしも見たことはありませんけれど、儀式もお披露目会もローブだと聞いたことがありますわ。とても美しい衣装だそうですわよ」
ローゼは口に菓子を運びながら眉根を寄せた。
「そういう服には今まで縁がなかったなぁ。裾を踏んだりしなきゃいいけど」
「あら、でしたら」
顔を輝かせてフェリシアが身を乗り出してくる。
「今度わたくしのお部屋にお越しくださいな。ローゼに合う丈のローブを用意しておきますわ」
「……それで何をするの?」
もちろん、とフェリシアは片目をつぶる。
「練習いたしますのよ……あら?」
皿に手を伸ばしたフェリシアの手は何もつかめない。
気が付くと山盛りの焼き菓子は無くなっていた。
「すごい、本当に食べちゃった」
「ね? わたくしの申し上げました通りでしょう?」
2人は顔を見合わせてくすくすと笑った。
* * *
次の日。
ローゼは朝食を届けに来た世話係の神官に、大神殿内の見学に行きたいので誰か一緒に来て欲しいと告げる。
戻ってきたのは意外にも、1人で好きな場所へ行って構わないという返答だった。
ローゼは既に神殿関係の人物となっているため、案内人などは特に必要ないらしい。ただし修行している神官や神殿騎士の見習いたちを邪魔することだけはないようにと頼まれたので、その辺りの場所は避けて見学することに決める。
そしてぶらぶらして分かったのは、案外いろいろな人に声をかけられるということだ。
ローゼの出身が国の最西グラス村であることは知られているので、西側出身の人はどうやらその辺りでローゼに親しみを抱いているらしい。他にも同じ年ごろだという理由や、目や髪の色が似ているということ、もちろん聖剣に興味があって声をかけてくる人も多かった。
それ以外だとアーヴィンを知っているという人や、先日の慣例破りについての話をしてくる人もいる。
もちろん全員が好意的な反応示すわけではなく、嘲笑されたり、嫌な目線を向けられたりすることも多い。むしろそういった人物の方が多かったくらいだ。しかしその辺は気にしても仕方ないと早めに忘れるようにしていた。
懐かしい人物に会ったのは出歩き始めて3日目のことだ。
名前を呼ばれて振り返ると、60歳をいくつか過ぎたくらいの女性が立っている。記憶にある顔よりも少し年を取ったが、声は変わらない。ローゼは思わず駆け寄った。
「神官様、お久しぶりです!」
「覚えていてくれたのね、嬉しいわ」
「もちろんです。神官様こそ、お元気そうで良かった」
神官様ことミシェラ・セルザムは、30年以上グラス村の神官を務めていたのだが、6年ほど前に魔物が出た際、足にひどい怪我をしてしまった。
自分の神聖術だけでは完全に治しきれず、これ以上村で活動するのは難しいということで大神殿へ戻ったのだ。
人柄が良い上に長い付き合いの神官だったこともあり、ミシェラがグラス村から離れる時には村人たちがかなり嘆いていたのを覚えている。
彼女に替わってグラス村に来たのがアーヴィンだ。
「お怪我は大丈夫ですか」
「少し引きずるけれど、日常生活に問題はないのよ。ローゼこそ綺麗になったわね。もう立派な大人だわ。しかも聖剣の主様だなんてびっくりしちゃった」
「あー、あたしも驚きました」
ローゼが照れたように笑うと、ミシェラは記憶と変わらない優しい微笑を浮かべる。
「皆様はお元気かしら? と言ってもレスター神官がお手紙を下さるので、大まかなことは把握しているのだけれど」
「アーヴィンが? ……あ、いや、えっと」
「ふふ。レスター神官は最初の頃からずっとお手紙を下さるのよ。当初は村のことを色々と聞いてらしたけど、今は逆に様子を教えて下さっているの。私の方があれこれ聞いているくらい」
ミシェラの前で神官の名前を呼び捨てにしたのはまずかったかと焦ったが、どうやらその辺りは流してくれるようだ。
「今でもグラス村のことを気にかけて下さっているんですね、嬉しいです。みんなこのことを聞いたら喜ぶだろうなあ」
「私の方こそ、忘れないでいてくれて嬉しいわ」
「忘れるわけないですよ。今は何をなさってるんですか?」
「神官見習いたちの授業を担当したり、薬草の調合や、薬に神聖術を籠めたりといったことをしているのよ」
薬の販売は神官が使う直接の神聖術と並んで、神殿の大事な資金源だ。
薬草を調合し、出来上がった薬に神官の神聖術を籠める。すると、たちどころに傷が治る薬が出来上がるのだ。魔物からの傷はこの薬か神聖術でないと治らない。
もちろん普通の傷にも効くので、各家庭には何本か常備してある。需要が高いので大神殿だけではなく、各神殿でも作られて販売されていた。
「これから薬を作るの。良かったら一緒に来ない? せっかく会えたのだもの、お話し相手になってくれると嬉しいわ」
ローゼは大きくうなずく。
「はい、ぜひ!」
ミシェラとの久しぶりの邂逅で話は弾み、部屋へ向かう時にはもう日が暮れていた。良い気分のまま回廊を歩いていると、人が切れたころを見計らってレオンが話しかけてくる。
【お前、神官様とちゃんと話せるんだな】
「んー?」
【村にいた時には呼び捨てだったし、普通の話し方だったろう】
「あー、あれは……」
ローゼは口ごもる。アーヴィンを呼び捨てにしているのは、その昔の恥ずかしい記憶に関わることなのであまり思い出したくも話したくもないのだ。
初めのうちは、漏らした原因の人物なので会いたくないという気持ちしかなかったのだが、神官の存在は色々と日常に関わってくるので、避け続けているのも難しい話だった。
ローゼもどう克服したら良いのか困っていたが、実はアーヴィンも困っており、周囲に相談をしていたらしい。――この辺りは後で周りから聞いた話だが。
そんなある日「あのときの神官だと思わず、友達として仲良くしないか」と言った旨の手紙をもらう。さすがにローゼも申し訳なく思い、なんとか気分を切り替えた結果会えるようになったのだ。
ため口だったり敬称をつけなかったりすることに文句を言う村人もいたが、態度を変化させるきっかけがつかめず、結局この歳まで来てしまっている。
……という自分でも良く分からない内容なので、質問されても答えるのが面倒だし、そもそもこの話はしたくない。更に正面に人が見えたこともあって、ローゼはさっさと話を切り上げる。
「あれは、乙女の秘密よ」
【そうか】
なぜか納得してくれたようなので、それで良しとすることにした。
「このお菓子美味しいんですのよ。ぜひローゼにも召し上がっていただきたくて持ってきましたの」
「こ、こんなに食べるの? 夕食後だよね?」
「あら。この程度、平気ですわ。きっとすぐに無くなってしまいますわよ」
うふふふ、と笑いながら、いつものようにお茶の支度を始める。
その横でお菓子の準備をしながらローゼは尋ねてみた。
「ねえ、フェリシア。チェスター・カーライルって人、知ってる?」
フェリシアはお茶を淹れながら答えた。
「チェスター様? ええ、存じてますわ」
「偉い人なの?」
「お父上のカーライル侯爵は国内でも有数の大貴族ですの。そのご嫡男ですから偉いと言えば偉いですわね。ご本人も子爵の地位をお持ちですし」
お茶の支度が終わったフェリシアがそれぞれの椅子の前へ置く。
ローゼも焼き菓子を皿に移して机の上へと乗せた。
「どういう人? その、性格とか評判とか」
「年代問わず、悪い評判はあまり聞きませんわ。若い女性からの評判は特に良いですわね。容姿が良くて、身分をお持ちですもの。ローゼも気になります?」
「ならない」
「そうですわよね」
あっさり肯定してくるフェリシアに内心首をかしげつつ、質問を返してみる。
「フェリシアも気になる?」
「わたくしが? いいえ。それにあの方は、お姉様との婚約が内々に決まっていますのよ」
「へぇ……」
フェリシアの姉なのだからもちろん王女だ。
王女を妻に迎えられるとは、やはり色々な意味でただものではないのだろう。
「でも急にチェスター様のことをお聞きになるなんて、何かありましたの?」
「うん……今日ちょっと、フェリシアと別れた後で会ってね」
どこまで話そうか悩んで、とりあえず鞘の話だけをかいつまんで聞かせる。
菓子を食べながら聞いていたフェリシアは、ローゼの話が終わるとうなずいた。
「そんなことがありましたの……。確かにレオン様のお話をするわけには参りませんものね」
「うん」
「でもせっかく美しい鞘を作って下さったんですもの。たくさんの方に見て頂いた方が職人の皆様も喜んでくださると思いますわ」
「そうなのよねー。でもそれはつまり……」
こういう物が作れる人がいる、という宣伝をするのはとても良いと思う。作った人も嬉しいだろう。
しかしいざ自分が使うとなれば、見合うだけの価値がある人間なのだと宣伝しているような気がする。考えるだけでローゼは身の置き所がない気分になってきた。
「……あたしはまだ、これを使えるほどの人間じゃないしなあ……」
自信が無くなってぼそぼそ呟くと、菓子に伸ばしかけた手を止めたフェリシアが首をかしげる。
「どうなりましたら使える人になれますの?」
「どうなりましたらだろうねぇ。あたしも知りたい」
「それなら使ってしまえば良いのですわ」
ローゼは思わず見返すが、フェリシアは別にからかっている顔ではない。
「聖剣の主になるだけで、本来ならものすごいことですもの」
「でもそれは、あたしの実力とは関係ないから……。なっただけで何もしてないし、何もすごくないよ」
「何かをするのはこれからですわ。でもこの後に何かを成すのですから、別に問題ありませんでしょう?」
ローゼは瞬く。
「成す……のかな」
「もちろん。だってローゼは聖剣の主なんですもの」
そう言ってフェリシアはにっこりと笑い、菓子に手を伸ばす。
「うーわー、その言葉、すごい重圧だわ」
苦笑しながらローゼは左手で頬杖をついた。
「でも確かにあたし、今までそんなこと考えたことなかったな……」
ため息をつき、右手で菓子を取る。
そもそも聖剣の主というだけで、神殿内での特権が色々と発生しているのだ。各方面への影響力もかなりのものになる。
その辺りを考えないのなら、最初から受け取るべきではなかったのかもしれない。
(あーあ……失敗したかな。あたしはただの村娘だったのに、いきなり高貴な立場になっちゃって……)
と思ったとき、高貴という言葉に少しひっかかりを覚えた。そういえばローゼは高貴な場へ行く機会がなかっただろうか。例えば、王宮とか。
「……聖剣の主って、儀式の時とお披露目会の時は何を着るのか知ってる?」
「わたくしも見たことはありませんけれど、儀式もお披露目会もローブだと聞いたことがありますわ。とても美しい衣装だそうですわよ」
ローゼは口に菓子を運びながら眉根を寄せた。
「そういう服には今まで縁がなかったなぁ。裾を踏んだりしなきゃいいけど」
「あら、でしたら」
顔を輝かせてフェリシアが身を乗り出してくる。
「今度わたくしのお部屋にお越しくださいな。ローゼに合う丈のローブを用意しておきますわ」
「……それで何をするの?」
もちろん、とフェリシアは片目をつぶる。
「練習いたしますのよ……あら?」
皿に手を伸ばしたフェリシアの手は何もつかめない。
気が付くと山盛りの焼き菓子は無くなっていた。
「すごい、本当に食べちゃった」
「ね? わたくしの申し上げました通りでしょう?」
2人は顔を見合わせてくすくすと笑った。
* * *
次の日。
ローゼは朝食を届けに来た世話係の神官に、大神殿内の見学に行きたいので誰か一緒に来て欲しいと告げる。
戻ってきたのは意外にも、1人で好きな場所へ行って構わないという返答だった。
ローゼは既に神殿関係の人物となっているため、案内人などは特に必要ないらしい。ただし修行している神官や神殿騎士の見習いたちを邪魔することだけはないようにと頼まれたので、その辺りの場所は避けて見学することに決める。
そしてぶらぶらして分かったのは、案外いろいろな人に声をかけられるということだ。
ローゼの出身が国の最西グラス村であることは知られているので、西側出身の人はどうやらその辺りでローゼに親しみを抱いているらしい。他にも同じ年ごろだという理由や、目や髪の色が似ているということ、もちろん聖剣に興味があって声をかけてくる人も多かった。
それ以外だとアーヴィンを知っているという人や、先日の慣例破りについての話をしてくる人もいる。
もちろん全員が好意的な反応示すわけではなく、嘲笑されたり、嫌な目線を向けられたりすることも多い。むしろそういった人物の方が多かったくらいだ。しかしその辺は気にしても仕方ないと早めに忘れるようにしていた。
懐かしい人物に会ったのは出歩き始めて3日目のことだ。
名前を呼ばれて振り返ると、60歳をいくつか過ぎたくらいの女性が立っている。記憶にある顔よりも少し年を取ったが、声は変わらない。ローゼは思わず駆け寄った。
「神官様、お久しぶりです!」
「覚えていてくれたのね、嬉しいわ」
「もちろんです。神官様こそ、お元気そうで良かった」
神官様ことミシェラ・セルザムは、30年以上グラス村の神官を務めていたのだが、6年ほど前に魔物が出た際、足にひどい怪我をしてしまった。
自分の神聖術だけでは完全に治しきれず、これ以上村で活動するのは難しいということで大神殿へ戻ったのだ。
人柄が良い上に長い付き合いの神官だったこともあり、ミシェラがグラス村から離れる時には村人たちがかなり嘆いていたのを覚えている。
彼女に替わってグラス村に来たのがアーヴィンだ。
「お怪我は大丈夫ですか」
「少し引きずるけれど、日常生活に問題はないのよ。ローゼこそ綺麗になったわね。もう立派な大人だわ。しかも聖剣の主様だなんてびっくりしちゃった」
「あー、あたしも驚きました」
ローゼが照れたように笑うと、ミシェラは記憶と変わらない優しい微笑を浮かべる。
「皆様はお元気かしら? と言ってもレスター神官がお手紙を下さるので、大まかなことは把握しているのだけれど」
「アーヴィンが? ……あ、いや、えっと」
「ふふ。レスター神官は最初の頃からずっとお手紙を下さるのよ。当初は村のことを色々と聞いてらしたけど、今は逆に様子を教えて下さっているの。私の方があれこれ聞いているくらい」
ミシェラの前で神官の名前を呼び捨てにしたのはまずかったかと焦ったが、どうやらその辺りは流してくれるようだ。
「今でもグラス村のことを気にかけて下さっているんですね、嬉しいです。みんなこのことを聞いたら喜ぶだろうなあ」
「私の方こそ、忘れないでいてくれて嬉しいわ」
「忘れるわけないですよ。今は何をなさってるんですか?」
「神官見習いたちの授業を担当したり、薬草の調合や、薬に神聖術を籠めたりといったことをしているのよ」
薬の販売は神官が使う直接の神聖術と並んで、神殿の大事な資金源だ。
薬草を調合し、出来上がった薬に神官の神聖術を籠める。すると、たちどころに傷が治る薬が出来上がるのだ。魔物からの傷はこの薬か神聖術でないと治らない。
もちろん普通の傷にも効くので、各家庭には何本か常備してある。需要が高いので大神殿だけではなく、各神殿でも作られて販売されていた。
「これから薬を作るの。良かったら一緒に来ない? せっかく会えたのだもの、お話し相手になってくれると嬉しいわ」
ローゼは大きくうなずく。
「はい、ぜひ!」
ミシェラとの久しぶりの邂逅で話は弾み、部屋へ向かう時にはもう日が暮れていた。良い気分のまま回廊を歩いていると、人が切れたころを見計らってレオンが話しかけてくる。
【お前、神官様とちゃんと話せるんだな】
「んー?」
【村にいた時には呼び捨てだったし、普通の話し方だったろう】
「あー、あれは……」
ローゼは口ごもる。アーヴィンを呼び捨てにしているのは、その昔の恥ずかしい記憶に関わることなのであまり思い出したくも話したくもないのだ。
初めのうちは、漏らした原因の人物なので会いたくないという気持ちしかなかったのだが、神官の存在は色々と日常に関わってくるので、避け続けているのも難しい話だった。
ローゼもどう克服したら良いのか困っていたが、実はアーヴィンも困っており、周囲に相談をしていたらしい。――この辺りは後で周りから聞いた話だが。
そんなある日「あのときの神官だと思わず、友達として仲良くしないか」と言った旨の手紙をもらう。さすがにローゼも申し訳なく思い、なんとか気分を切り替えた結果会えるようになったのだ。
ため口だったり敬称をつけなかったりすることに文句を言う村人もいたが、態度を変化させるきっかけがつかめず、結局この歳まで来てしまっている。
……という自分でも良く分からない内容なので、質問されても答えるのが面倒だし、そもそもこの話はしたくない。更に正面に人が見えたこともあって、ローゼはさっさと話を切り上げる。
「あれは、乙女の秘密よ」
【そうか】
なぜか納得してくれたようなので、それで良しとすることにした。
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