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第2章

8.町の外の戦闘

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 ローゼはフェリシア、ジェラルドと共に神殿を出た。

 レオンの感知能力は人よりずっと優れているものの、瘴穴の規模や魔物の強さなどはある程度近くまで行かないと分からない。
 今回の瘴穴は東に出ており、神殿は町の東寄りの方にある。もし門の外に魔物が出たとすれば神殿からは少し距離があるのだが、人で混雑していた場合のことを考え、ローゼたちは馬を使わずにそのまま走ることにした。
 
 もしも町中に瘴穴が出来ていたら厄介だ。

 町中は人が多いのだから被害に合う人が増えるし、建物が損壊する可能性もある。
 しかしそれ以外にも、レオンは障害物を越えて瘴穴を見ることは出来ないという問題があった。もしも建物の向こうに瘴穴があるのならば、回り込んで探さなくてはいけない。
 
 町の中と外ならまだ外の方が良いな、とローゼが思ったちょうどその時、レオンの声がした。

【外だ。門の外、右手奥】

 とりあえず町の中でなかったことにローゼは安堵する。

「門の外の右手奥!」

 レオンの言葉を伝えると、2人は了解したと言いたげにそれぞれ片手を上げる。

 門が近づくと、門の外から町に流れ込んでくる人がどっと増えた。悲鳴の中に、魔物が、という言葉も聞こえる。門番たちが詰所の中から出て対応しようとするのを見て、真っ先に到着したジェラルドが彼らを止めた。

「神殿騎士のジェラルド・リウス、他、神殿騎士見習いだ。魔物は我々が対処する。表に出るのなら門番は住民たちの援護・誘導を行って欲しい」

 ジェラルドは警戒任務後ということもあって、神殿騎士の白い鎧を着ている。それを見た門番たちは明らかにほっとした表情を浮かべると、人の波を割って3人が通るための道を確保してくれた。

 一方、ローゼとフェリシアは鎧を着てない。フェリシアはともかく、ローゼは元々鎧を持っていなかった。代わりに特殊な服を着ている。神官服と同様の素材で作られており、鎧ほどではないが魔物の攻撃ならある程度防ぐことができた。
 おそらくフェリシアも同じ素材の服を着ているだろう。

 門の外へ出たところで、いつものようにレオンが、自身の見ているものをローゼにも見せてくれる。
 少し奥に人よりも大きい魔物と、その先に小さいとは言えない瘴穴が見えた。
 
「ありゃ。まずいな、食人鬼かよ。先にある程度弱らせないときついけど……俺、神聖術は苦手なんだよなぁ」

 顔をしかめながらジェラルドが呟く。

(そういえば神官見習いの時、落第ぎりぎりだったので神殿騎士に変更したって言ったっけ)

 神官になれば数多くの神聖術を使うのだから、術が苦手なら確かに神官になるのは厳しいだろう。

「まあ……でもなんとかやってみるしかないか。俺が先に行く。フェリシアちゃんとローゼちゃんは援護を頼むな」

 言い置いて、ジェラルドは剣を抜くと魔物の方へ走る。

「ローゼはいつものようにお願いしますわね」

 フェリシアがローゼへと微笑んで見せ、ジェラルドに続いた。自分の方へ来る人物に気付いた魔物が、2人へ向かっていく。

 それを見たローゼは、魔物から外れて瘴穴へ急いだ。早くあれを消してしまわなくてはいけない。

 聖剣を抜いて逆手に持ち替え、そのままあと一息で到着するというときにレオンの声が響いた。

【止まれ! もう一体いるぞ!】

 立ち止まると、瘴穴から影が這い出ようとしているところだった。幽鬼か、とレオンが吐き捨てるように言う。
 ローゼは跳び退ろうとしたが、その瞬間左足に鋭い痛みが走った。力が抜けて後ろに倒れこんでしまう。見れば魔物が振るった爪が、左足のすね辺りを切り裂いていた。

(あ、まずい)

 足を見ると、傷が深いらしく、思ったよりも出血している。腰に用意しておいた薬を使うかどうか一瞬迷うが、先に魔物を倒すことに決めた。
 目線を魔物に戻そうとした瞬間、レオンの声が響く。

【避けろ!】

 声と同時に、右側に体をひねって避ける。しかし完全には避けきれず、左の腕にも薄い傷を負った。その間にも魔物はずるずると出現しており、先ほどまでは肩までだったものが胸元まで出てきている。
 ローゼは焦る。今の段階でも戦えていないのに、このまま全部出現してしまうとどうなるか分からない。

 なんとか立ち上がると、ローゼは振りかぶった魔物の手に大振りで聖剣を叩きつける。かなり雑な攻撃ではあったが、手ごたえと共に魔物の片腕がばさりと落ちた。さすがに神の鍛えた剣は威力が違う。

 右手を失った魔物が身をくねらせている隙を見計らい、ローゼは聖剣を逆手に持ち替えて瘴穴に突き立てる。
 いつものように聖剣からにじみ出た光が瘴穴の黒を塗り替えて行き、消滅する。同時に幽鬼も、まだ完全に出現していなかったためか共に消え去った。

 安堵で座り込みたくなるが、まだ終わってはいない。

 ローゼは腰の物入れから薬を取り出し、足の傷に直接かける。思ったより深手だったのか、傷はふさがらない。
 もう1本取りだしてさらに傷にかけ、聖剣を杖代わりに立ち上がる。まだ治ってはいないし、腕の傷に回す薬もない。若干ふらつきもあるが、それでもなんとか持ちこたえられそうだった。

 振り向けば、フェリシアとジェラルドの戦いはまだ続いている。

 自己強化の神聖術を使ってはいるのだろうが、さすがに食人鬼を神殿騎士と見習い騎士の2人だけで相手にするのは辛かったようだ。ジェラルドの体にはあちこち赤いものが見える。それでも致命傷がなさそうなのはさすが魔物慣れをしている神殿騎士だとローゼは感嘆した。
 とにかく、瘴穴は消えた。これで魔物は瘴気から力が供給されなくなったのだから、先ほどよりは楽に戦えるだろう。

 2人の方へ駆けつつ、ローゼは叫ぶ。

「あとは、そいつだけ!」

 ローゼとの戦いを経験しているフェリシアがなにごとか言って、ジェラルドがうなずく。ローゼが食人鬼の近くへ寄ると、2人はほぼ同時に魔物の両腕を剣ではね上げた。
 それを見たローゼが聖剣を半ば振り回すようにして、魔物の足を切り裂く。
 食人鬼がぐらりとゆらいだところで、ジェラルドが剣を叩きつける。後ろへ倒れこんだ魔物のもう片方の足をローゼが切断し、立ち上がれなくなった腹部を聖剣で刺し貫く。そのまま後ろへ下がった。
 地面に縫い留められた格好になった食人鬼は聖剣を抜こうとするが、その手へジェラルドとフェリシアが切りつける。

 食人鬼は少しの間暴れていたが、やがて聖剣の力に耐えられなくなり、霧散した。

「あー……終わった……」

 ローゼはくたりと倒れこむ。
 天を仰ぎながら、今の戦いで聖剣を手放すのが早すぎたと反省する。おそらく後でレオンから『今回の戦闘で駄目だった点』として小言をもらうだろう。

「ローゼ!?」

 倒れこんだローゼを見て、フェリシアが慌てて駆け寄ってきた。傷を見て、自分が持っていた薬をかけてくれる。

「ありがと……フェリシアは平気?」
「わたくしはかすり傷程度ですから問題ありませんわ。ローゼの方がずっと深かったようですわね」

 ジェラルドがだいぶかばったのだろう。フェリシアの傷は確かに浅いものばかりのようだ。

「ちょっと失敗しちゃった。まさか瘴穴から魔物がもう1体出てこようとしてるなんて思わなくってさ」

 言いながら、これもレオンから叱られるだろうなとローゼは苦笑した。

「そうでしたの。でも頑張って下さいましたのね」
「えー、いやいや……。そうだ、ジェラルドさんは大丈夫でしたか?」

 ローゼが身を起こしてジェラルドを見ると、座り込んだ彼の周囲には薬瓶が5本転がっている。やはり深手の傷が多かったようだ。

「おう、なんとか大丈夫だ」

 口調はいつも通りだが、覇気がない。顔から血の気も引いている。

「いやぁ、あれを3人で倒すのは、さすがにちっとばかりきつかったなぁ」
「お兄様ったら。でしたら最初に偉そうなことを言わず、門番の方々に助力をお願いすればよろしかったでしょう?」

 フェリシアの呆れたような口調に、ジェラルドはニヤリとして答える。

「そこはあれだ、神殿騎士の意地ってやつだな。かっこいいとこ見せたいじゃねぇか」


   *   *   *


 町の人が呼んでくれたのか、神殿から先ほどの神官がやってきて神聖術を使ってくれる。おかげで傷は完全に回復したが、失った血や体力はすぐに戻ったりはしない。

 結局ローゼとジェラルドはこれ以上動けなかったので、フェリシアが神殿に戻り、自分の馬に乗ってジェラルドの馬を牽いてきた。ローゼはフェリシアと共に彼女の馬へ相乗りし、ジェラルドは自分の馬に乗って神殿へ向かう。

 寝台に横になると、起き上がることすらしたくなくなった。

「今日帰るのは無理……」

 ローゼが独り言のように呟くと、近くにいたフェリシアがすごい形相で睨みつける。

「当り前ですわ! そんな状態で帰るなんで無茶に決まってますわよ! 今日はもうずっと寝ていていただきます!」

 返事をする代わりにローゼは布団を引き上げた。

「いやぁ、それにしてもよ」

 話しかけてくるのは、フェリシアの向こうにある寝台で横になっているジェラルドだ。

「聖剣ってのはやっぱりすげぇもんだな」

 その声は純粋に感嘆の響きしかなかったが、ローゼはなんとなくいたたまれなくなる。

 ジェラルドとフェリシアがあれだけ苦労していたのは、魔物に対して大きな傷を与えられないからだ。もちろん神殿騎士が振るう剣は、普通の人が振るう武器よりも魔物に対して深手を負わせることができる。
 しかし当然だが、聖剣の威力はそれらの比ではない。どんな魔物でも、簡単に切り裂くことが可能だった。

 もしもあの場で聖剣を持っているのがジェラルドだったら、とローゼは考えずにいられない。
 そうすれば戦闘は早く終わっていたし、怪我もずっと少なかったはずなのだ。

【それでもお前が主なんだから仕方ない。俺も元々は剣なんか使えなかったんだが、最後は多少マシな程度にはなれたんだ。頑張れ】

 ローゼが落ち込んでいる雰囲気を感じ取ったのか、レオンが励ましの言葉をかけてくる。

(まあ、そうだよね……)

 深くため息をつくローゼに、ところで、とジェラルドが話しかけてくる。

「ローゼちゃんたまに誰かに返事してるみたいだけど、一体誰と話してるんだ?」

 言われてローゼはフェリシアと顔を見合わせる。ややあってフェリシアがジェラルドに言った。

「……お兄様の気のせいではありませんこと?」
「俺だけ仲間外れなんてひどいぞ!」
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