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第2章

10.聖剣の二家

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 正直に言えばローゼは儀式に全く集中できなかった。

 理由はレオンだ。

 大聖堂へ着くまで静かだった彼は、ローゼが大勢の人の間を進むうち、緊張のせいか余計なことを言い出す。

【俺の時よりも人数が多い気がするな。これは何人ぐらいいるんだ? いち、に、さん……まあ数える意味はないか】
【む、あの神殿騎士のマント、ちょっと外れかけてるな。けしからんぞ】
【扉は開きっぱなしか。晴れてる日で良かったな、ローゼ】

 あげく

【お、あいつ頭頂部がハゲてる。やっぱりそういう奴もいるんだなあ。神木とどっちが輝いてるだろう】

 などと言い出すにあたって、ローゼは聖剣をその場でガシガシと踏みつけてやりたい衝動にかられた。

 しかしさすがに大神殿長が聖剣を受け取り、祭壇へ向かって捧げて聖句を唱える辺りではレオンも黙っている。ようやく静かにする気になったかと胸をなでおろしたのだが、その後ローゼが宣誓を行い、改めて聖剣を受け取った時に

【すごいぞローゼ……真の主役は俺だった……】

 と、感動のあまり震えた声で囁き、またしてもあれこれ言い始める。
 ローゼは「やっぱり、こんなうるさい剣いりません」と言いおいて帰るべきか、真面目に悩んだのだった。


   *   *   *


 控室に戻ってきてレオンに一通り文句を言い終えたローゼは、椅子に座ってため息をつく。
 この後は夕方から開催される王宮のお披露目会……という名の舞踏会で、貴族を中心とした人々の相手をする必要がある。それが終わるまではこの格好でいなくてはいけないのだが、今はまだ昼前だ。

「始まるまで時間あるし、一度脱いじゃ駄目なのかな」
【もう一度湯浴みからしたいのならいいんじゃないか。お前のギャーギャー言う声は外まで聞こえてたぞ】

 大聖堂のあれは緊張をほぐすための好意だったのに、と反論していたレオンの機嫌はまだ下降したままなので、彼の返事はとてもぞんざいだ。
 その物言いに、ローゼも少しむっとする。

「……へーえ。レオンって案外いやらしいんだ」
【なんだそれは!】

 とはいえ確かに、湯浴みから香油のすりこみまでをもう一度されるのは嫌だ。

 ならば仕方ない、この格好のままでいるかと思っていたその時、扉が叩かれる。
 返事はするが扉は開かない。

 なんか儀式の前にもこんなことあったなと苦笑しつつ、椅子から立ち上がったローゼが自分で扉を開くと、廊下にいたのは2人の男性だった。
 
 彼らがローゼと同じ衣装を身に着けているのを見て、思わず息をのむ。

(……この2人は……)

 聖剣の主だ。
 そういえば彼らは先ほどの儀式の際、大神殿長の横に立っていた。

 鼓動が早くなるのを感じながら、ローゼは大きく扉を開いて中へ促す。男性2人はお互いの目を見合わせると中に入った。

 扉を閉め、ローゼは丁寧に頭を下げる。

「初めまして、ローゼ・ファラーです。お会いできて光栄です」

 2人の内、40代半ばの男性が先に口を開いた。

「こちらこそ。マティアス・ブレインフォードです。よろしく」

 次いで、50代初めと思しき男性が挨拶をした。

「スティーブ・セヴァリー。お初にお目にかかる」

【……さすがに威圧感があるな】

 ぼそりとレオンが呟く。その言葉にローゼは内心でうなずいた。 
 いずれも堂々とした体躯の男性だ。さすがに風格と威厳が違う。

 2人のうちスティーブがローゼの腰に目をやった。

「それが君の聖剣かね」
「はい」

 腰から聖剣を外すとスティーブが手を出すので、鞘ごと渡す。受け取って、彼はすらりと抜き放った。

「ふむ。我々のものより短いな。意匠も少し違うようだ」
 横からマティアスもローゼの聖剣を眺め、うなずく。
「確かに。ああ、でも柄頭の宝石は私たちの聖剣と同じじゃないですか」
「そのようだ」

 2人がそれぞれ手に取り、一通り眺めると鞘に入れてローゼに返す。

【……湯浴みやらなんやらされたお前の気分が少しだけ分かったぞ】

 羞恥しゅうちをにじませながらレオンが言うが、やはりマティアスとスティーブには聞こえていないようだった。

「聖剣を受け取った時の状況を聞かせてもらえますか?」

 マティアスに言われたのでローゼはかいつまんで話すが、それだけでは不足だったらしい。彼らは古の聖窟内の構造や受け渡しの状況なども細部にわたって尋ねてくるので、そのうちローゼは尋問されているような気分になってきた。

「剣をくだされた神はどなたでしたか」
「ティファレト神です」

 そこでやっと質問が終わる。
 2人の男性は目でうなずき合うと、ローゼの方を向いて笑みを浮かべた。

「色々と質問して悪かったな。少し確認をさせてもらいたかったのだ」

 いいえ、とローゼは答える。正直に言えば猜疑さいぎの視線には慣れていた。そして次に来る質問も大体想像がつく。

「君は年上と年下どちらが好みかね?」
「はい、それはですね……………………は?」

 てっきり瘴穴しょうけつが見える件だと思っていたローゼは、予想外の質問に思考が停止する。

「男性の好みですよ。あなたは17歳でしたね。もしかして既に、将来を誓い合った相手がいますか?」
「え? い、いえ、いませんけど」
「結構」

 聖剣と男性の好みとの関係は一体何なのだろうか?
 ローゼが目を白黒させていると、スティーブが言葉を続ける。

「我々の、つまりアストラン国の聖剣二家だが、これは昔からつながりがあってな」

 ブレインフォード家とセヴァリー家の祖、つまり最初の聖剣の主は元からの友人だったらしい。そのため二家は昔から共同で何かを行うことが多く、その慣例は今でも続いているそうだ。

 最たるものが各地に置かれている別宅で、これは聖剣の主が各地を巡っていることに由来する。つまり、各地を巡る際には別宅を中心として動いているわけだ。
 ある程度の規模の町ならばどちらかの別宅が必ずあるので、お互い自由に使って良いということにしているらしい。

「これなら宿屋に泊まるより気楽ですからね」

 とはいうものの、宿に泊まった方がずっと安い。
 これは確実に聖剣の主を務めると分かっている家だからこそできるのだろう。

「今までは二家だったのでこれでも良かったのですが、新しい聖剣の主が誕生しましたからね。スティーブと話し合った結果、どちらかの家であなたをめとろうという話になったのですよ」
「幸いどちらにも、親族の中に君と釣り合いそうな年齢の若者が複数いる。特に好みがないのであれば、今夜の王宮で――」

「あ、あの、すみません」

 どんどん進みそうな話を、ローゼはあわてて止める。

「お話が急すぎて、どうしていいのか――」
「なに、気にすることは無い。我々に任せてくれれば構わんよ」
「いえ、そうではなくて」

 なにを話せば良いのか分からず、思考が空回りする。とにかくこの場を押しとどめなければ。

「私のような者を迎え入れても良いと言ってくださるのは光栄ですが、私は一代限りの主です」

 そうだ、この件で押せばよいのだ、とローゼは思い至る。

「どういうことですか?」
「この聖剣は私の子孫ではなく、全く別の誰かが受け継ぐことになります。ですから、お家に入れていただくには及びません」

 それを聞いて男性2人は顔を見合わせる。

「現在のところ君が聖剣の主なことには変わりはないね? 途中で交代することはないのだろう?」
「それはありませんが……」
「ならば問題はない。では、相手に関してだが――」
「ちょ、ちょっとお待ちください」

 結局このまま進んでしまいそうで、ローゼはまたしても焦る。

「……急に相手と言われましても、私は今までそんなことを考えたこともなかったので、どうしたら良いのか分かりません」

 言いながら、無意識に右手で左手首の銀鎖を握る。

「それに今は聖剣を拝領したばかりなので、結婚のことまで考えてる余裕は……」

 ローゼの言葉を聞いて、マティアスはうなずく。

「一理ありますね。ではこうしましょう。相手になるであろう人物を、ひとまず随伴として選ぶのはいかがですか」
「おお、それは良い案だな」

 スティーブも同意した。

 聖剣の主は1人で旅をすることは少ない。いやむしろ、望んで1人にならない限りは、複数で旅をすることの方が多い。

 旅に同伴するのは、魔物との実戦修行を目的として預けられる者たちだ。貴族や騎士の子どもたち、神官見習いや神殿騎士見習いなどだが、一番多いのは聖剣の主候補たちだと聞く。
 次代の聖剣の主になる可能性を考えて、あらかじめ経験を積んでおくらしい。

 そういえば、とローゼは以前聞いた話を思い出す。

 現在の主がもう戦えないと判断された場合は、その旨の託宣たくせんが巫子に下る。誰が判断するのかは分からない。聖剣かもしれないし、神々かもしれない。

 とにかくその場合には大神殿にいる巫子が、次の主となるべき人物の名前を夢に見るのだそうだ。名前が上がるのは、鍛錬を積んで一定以上の力量を持つと思われる人物が中心となる。
 ただし、巫子全員が同じ名前を言うことはなく、大抵は3~4人ほど、多いときは10人全員が違う名前を言ったこともあるとも聞いた。

 そして名前が挙がった者たちは、しかるべき日に試合を行う。
 試合で一番勝ち数の多いものが、次代の主になるのだ。

(この二家は――)

 本当に、聖剣の主としてのためだけにある。

 違いすぎる歴史と覚悟にローゼが気おくれしているうち、夜のお披露目会で今後の旅に随伴する者、つまりは将来ローゼの夫になるかもしれない人物を選ぶという話は進んでしまっていた。
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