結婚とは案外悪いもんじゃない

あまんちゅ

文字の大きさ
2 / 37

第1話 夢見心地-1

しおりを挟む
美幸の衝撃的過ぎる告白から7年。
俺と美幸は付き合うことになり、なんやかんやでお互いの親の承認も得て、結婚することになった。

別に流れに任せて適当に結婚を決めた訳じゃない。
俺は高校卒業後、調理師免許を取得するために専門学校へ通い、何とか調理師免許を取得。その後はイタリアン料理店に就職し、今年で4年目になる。

決して多い給料とはいえないが、結婚するのに必要なお金は貯めたつもりだった。結婚しようと言い出したのは俺の方からだった。いや、正確には7年前の美幸が先か……。

そんな美幸は、実家が農家を営んでおり、その手伝いをやっている。高校卒業してからもう6年。毎日、朝から元気に働いているようだった。

今は互いに共働きだが、いつかは俺の収入だけで食わしていく! と、美幸のご両親への挨拶の時も、豪快に宣言してしまっていた。

うちの親はというと、「まさか本当にあんたが結婚するなんて……!」と号泣していた。いささかオーバーリアクションだとは思うが。


「純平ー! 早く早くー!」
「はいはい」
「はいは1回でよろしい!」
「はーい」
「伸ばすな」

俺と美幸が今いるのは、市役所だ。なんと俺たちは今日、婚姻届けを提出するのだ。
つまり、晴れて正真正銘の夫婦になるということ。未だに俺が一家の主になる、という実感はわいていない。もちろん、その覚悟はあるつもりなのだが。

そんなことを考えていると、市役所の入り口に到着した。俺たちは2人で自動ドアを通る。
整理券を取り、自分達が呼ばれるを待つ。すでに婚姻届けは書けるところは全て記入済みなので、後はこれを提出するだけだ。

「ついに今日という日が来たね」
「なんだ美幸。俺に引導を渡す気か?」
「誰も決闘なんて挑んでないでしょ」

俺の横に座る美幸は、どこか落ち着かない様子だ。ソワソワしている。こうやって緊張してるやつを見ると、逆に緊張しなくなるんだよなあ。

「今日から私たち、夫婦になるんだね。なんかそう思うとドキドキしない?」
「そうか? 俺はいつも通りだけど」
「えー。純平のケチー」
「俺のドキドキは安売りしてないの」
「入籍する日なんだから特売にしてくれ」
「どんなせびり方だよ」

そんな下らない話をしていると、俺たちが持っていた整理券の番号が呼ばれた。窓口まで行き、婚姻届けを提出したい旨を伝える。

「本日ご入籍なんですね、おめでとうございます。では、手続きを進めますので、おかけになってお待ちください」
「はい、ありがとうございます」

……何だろう、お祝いの言葉をもらうのは嬉しいんだけど、恥ずかしいな。チラッと美幸の方を見ると、耳が真っ赤になっていた。

「ご入籍……ご入籍……」

次に呼ばれるまで、妄言のようにその言葉を繰り返していたので、相当嬉し恥ずかしいのだろう。



「……はい、では以上で手続きは終了です。本日は、誠におめでとうございます!」

満面の笑みで祝福され、俺たち二人は顔を赤らめながらお礼を言った。
心ここにあらずといった具合で、市役所を後にする。これで、今日から正式に夫婦になったのか。
まさか俺がこんな歳で嫁さんをもらうことになるとは、思ってもみなかった。

「じゅ、純平! 写真撮ろう!」
「お、おう」

市役所をバックにして、二人寄り添ってピースサインを作る。俺が右手で携帯を持ち、撮影を試みる。

「ねえ、たまにはいつもと違うポーズで撮ってみない?」
「ああ、いいよ」

美幸の提案に、俺はすぐに賛成した。こういう時にすぐ悪知恵を思い付くのは、俺の悪い癖だ。

「よーし。じゃあ私が合図言うね。せーの、はいチー……ずっ!?」

シャッターの合図と同時に、左手でピースを作り、それを美幸の鼻に突っ込んでやった。軽く、軽くな。

「じゅ、純平!」
「ごめん、手が滑った」
「んな訳あるかー!!!」

その直後、美幸の渾身の一撃が俺の急所を襲い、その場からしばらく動けなくなってしまった。
くっ……。俺の何がいけなかったんだ……!

ふと時計を見ると、午後14時37分を指していた。今日は半休を取らせてもらった。本当は正午にあがる予定だったが、少し仕事が長引いてしまった。

忙しい毎日を送っている俺たちだが、今日だけは2人でゆっくり過ごす時間がほしかった。

「さてと、今から何する?」

俺に制裁を下し、どこか満足そうな美幸が聞いてきた。こいつには秘密だが、夜には洒落乙なレストランを予約してある。俺が料理を作ってもいいのだが、いつも作ってやってるので特別感がないかなと思ってやめた。
とはいえ、予約してある時間まであと5時間ほどあるので、このまま市役所の前で立ち往生しているわけにはいかない。

「そうだな……2人の思い出の地でも巡りますか?」
「思い出の地…………ありだね!」
「よし決まり!」

俺と美幸は、生まれたその時から今までずっとこの街で暮らしてきた。付き合う前からも、2人で色んな所へ遊びに行っていた。
この街には、俺たちの思い出の欠片がたくさんある。

「まずはどこ行く?」

美幸の問いに対する答えは、すでに決まっていた。この場所からも近い。最初に行くところといえば、あそこしかないだろう。

「そりゃお前、あそこしかないっしょ」
「あそこ?」
「美幸にプロポーズされたところ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...