都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

25 お茶会にて(3)

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 一通りの防衛戦略について話し合った後、お茶会は小休止に入った。そのタイミングでオイヴァとヘルベルトが退席していった。
 遠慮なく意見や議論を交える場となっているこの領主のお茶会は、領主への遠慮のない物言いなどで顔色を失う者がいることから、開催されている間はザオラルの護衛以外の側近は控え室へと下がっている。小休止のタイミングで側勤めが呼ばれ、お茶や軽食が入れ替えられていく。

「エステル、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃありません。ちんぷんかんぷんです」

 疲れた顔で頭を抱えるエステルにテオドーラが優しく声を掛けた。
 ここまで二人は一言も発していない。
 戦場に立つことのない彼女らは口を出そうにも出せないというのが正しい。まれにテオドーラの何気ないひと言から新たな発見が見出されることもあるが、散々議論を尽くしてきた今、違う視点からの意見が入り込む隙間はなきに等しかった。

「お子様は寝ててもいいんだぞ」

「ひどいですお兄様! わたくしはもうお子様ではございません。それにお兄様も十二歳の時からこの会合に出ていたと聞きました。わたくしもお兄様に負けてはいられません」

 トゥーレの意地悪な言葉に、側勤めが差し出した果実水をくぴりと口にして、エステルはぷくっと頬を膨らませる。

「ふっ、それがお子様だと言うのだ」

 そう言って膨らんだ頬を突っついてトゥーレが遊ぶ。そうすると益々ムキになってエステルの頬が膨らんでいく。

「姫様はよく頑張っておいでですよ。トゥーレ様は最初のころはよく眠っておられましたからな」

「クラウス!」

「そうですね。途中で眠ってしまい床に落ちたことは、一度や二度ではございません。それからしばらくは眠らないように椅子に座らず立っていましたからな」

「シルベストル! やめてくれ」

 クラウスとシルベストルから黒歴史にしている彼の秘密を暴露されたトゥーレは、真っ赤になって頭を抱える。

「ふふふ、そうでしたね。あの頃のトゥーレは可愛かったですね」

「おや、テオドーラ様? 確かテオドーラ様も最初のころはよくテーブルに額をぶつけておられたと思いますが?」

「や、やめてくださいませ」

 まさかのシルベストルからのブーメランに、テオドーラも真っ赤になって息子と同じように頭を抱える。
 トゥーレだけでなくテオドーラも隠しておきたい黒歴史を暴露され、母子が揃って頭を抱える様子に執務室はしばらく柔らかな笑いに包まれるのだった。





「それでは、次にサトルトの進捗を報告いたします」

 小休止でリラックスできたところで、オリヴェルがサトルトについて報告を始める。

「まず、一号炉は順調に稼働しております。また建設中の二号炉と三号炉ですが、二号炉は早ければ年が明けた春の半ばには火を入れることができそうです。三号炉はそのあと、秋には完成する見込みです。三基の高炉は当初の予定通り、一年後にはフル稼働の目途が立ちました。また、それに付随する鍛冶工房ですが、鉄砲鍛冶を中心に六棟が現在槌音を響かせております。先ほど報告にありましたように現在五式銃と合わせ、通常の鉄砲の量産に全力を注いでいます。二号炉が稼働するころには、工房も今の倍に増やせるかと存じます」

「職人の手配に苦労していたと記憶しているが、その後順調なのか?」

 サトルト開発当初、肝心の鍛冶職人を集めるのに非常に苦労し、予定の半分も集まっていなかった。それから約二年で職人の手配も順調だという。シルベストルがにわかには信じられないという表情を浮かべる。

「はい、シルベストル様の仰る通り順調とは言い難かったのは確かです。ですがニオール商会の協力を取り付ける事ができましたので、職人の手配や石炭燃料の確保など随分と捗るようになりました」

「ニオール商会? 最近出入りするようになった商店だな。店主は確かオットマだったか?」

「はい。ですがオットマは長く体調が優れないようで、今は息子のルオが店を切り盛りしております。まだ若いですが商人らしい強かさを持った人物で、今サザンで最も勢いのある商人の一人です」

 トゥーレの評価はコンチャに振り回される苦労人というものだが、経営者としての腕は確かだ。オットマに代わりルオが表に出るようになってから、それまで新興の商店という評価でしかなかったものが、サザンで一、二を争うほどの大店おおだなにまで成長させたのだ。

「あそこは元々旅商人だった筈です。信頼できるのですか?」

 シルベストルの指摘は当然だろう。
 飛ぶ鳥を落とす勢いで評価を上げているとはいえ、それまでは旅商人で各地を渡り歩いていたのだ。サザンへの帰属意識もそれほど高いとはいえず、報酬次第でこちらの情報を売る可能性を懸念するのも当然だった。

「その心配は理解するが、それほど気にしなくてもいいだろう」

「トゥーレ様が断言されるのであれば大丈夫なのでしょう。ですが、その根拠をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「勘・・・・だと言ったら?」

「ふざけないで頂きたいのですが?」

 いつものトゥーレの冗談に、シルベストルの目がスッと据わる。冗談の通じないシルベストルにつまらなそうに肩を竦めると、トゥーレは軽く息を吐いて話を続ける。

「彼らは旅商人時代、このサザンやトノイなど各地を巡って商売をしていたのは確かだ。サザンを訪れた際にはこの街のヤルトール商店に世話になっていたようだ。この街に店を持ったきっかけはジャハの一件だ。ギルドがなくなり、父上が租税の免除などで広く商人を募集した際にこの街に店を構えた新興の商店のひとつだ。
 店を持つという長年の夢が叶ったわけだが、その時には世話になっていたヤルトール商店はギルドによって潰されていたそうだ。彼らは旅商人時代の恩を返すためヤルトール商店の人間を多く雇い、このサザンにしっかりと根を張ろうとしている。それをわざわざ壊すような真似をすることはしないだろう」

「承知しました。とりあえず信用できる理由にはなりそうです」

 トゥーレの説明に完全に納得していない様子だったが、シルベストルはそれ以上追求することなく頷いた。
 新しくこのサザンに店を構えた商人には、ギルドによって不遇をかこっていた者も多い。彼らはギルドのないサザンで、生き生きと商売に励んでいる。ニオール商会のみならず領主との取引をしている店も多かった。ニオール商会を信用出来ないというのなら他の新興の商人も排除しなければならないだろう。

「ちなみにヤルトール商店は、オレクの両親が営んでいた店だ」

「!?」

「そのオレクとニオール商会のコンチャの結婚も先日決まったところだ」

 オレクはシルベストルやオリヴェルの補佐をすることが多く、トゥーレの側近の中でシルベストルが最もよく知る人物の一人だ。それほど口数が多いほうではないが、知識を吸収する意欲と元商人らしい柔軟な発想をシルベストルは評価していた。そのオレクが結婚する相手がニオール商会の娘というのなら問題ないだろう。

「それを先に言って頂けませんか?」

「ああすまん。忘れてた」

 目を吊り上げてトゥーレを睨むと、口角を上げて笑いながら見え見えの言い訳を返すのだった。

「最後に、ま、魔砲だったか? あれはどうなっている?」

 魔砲は場合によっては、五式銃と並んで対ドーグラス公への切り札となる可能性を秘めた兵器だ。馴染みのない言葉に言いにくそうにしながらザオラルが問い掛ける。

「現在魔砲専用の弾丸として、魔炎弾と魔水弾の二種が研究開発中です」

 そう言ってオリヴェルが赤と水色の塊をゴトリとテーブルに置いた。弾頭だけでも通常の弾丸と違うのは分かる。魔法石と同じように全体に赤や青の弾頭にぼんやりと黒い靄のようなものが渦を巻いている。魔砲の口径は五式銃に合わせているため、弾丸だけでも子供の握り拳ほどの大きさがあった。

「弾頭部分を地面に投げつけるだけで通常の魔法石と同じ効果を発揮するのは、先のタカマ高原での襲撃の際に証明した通りです」

「確かにこうして見れば魔法石と変わらんな」

 隣に座るクラウスが弾丸を手に取り弄びながら呟いた。
 適当な大きさに割っただけの魔法石と弾丸に錬成した魔法石では形は違うが、魔法石特有の黒い靄が渦巻いているのはどちらも同じだ。

「効果も同じです。魔炎弾は炎が魔水弾は水が出ます」

「魔炎弾? についてはエンで見たから分かるが、魔水弾はどう使う? 使う場が限られるような気がするが、今ひとつ場面が思いつかんな」

 半径数メートルの火球になる魔炎弾に比べ、水が溢れるだけの魔水弾のイメージが湧かないようでクラウスは首を捻った。

「指先ほどの魔水石で瓶一杯の水が出るんだ。これだけの大きさだとどれほどの水が溢れるか想像も付かんな」

「現在使用方法を検討中ですが、効果は意外と高いかも知れません。使い方によりますが、水のない場所に突然鉄砲水を発生させる事も可能かと思います。ただ、ぶっちゃけてしまえば水が出るだけですからね。いっそのこと消火活動で使うのが一番実用的なのかも知れません」

 先のタカマ高原からの脱出の際に使用したように、魔炎弾は手で投げつけるだけでも高い殺傷能力を発揮する。対して魔水弾は包囲網を突破する際に相手を押し流したものの、殺傷力はそこまで高くない。大砲ほどの大きさがあれば軍勢を押し流すほどの水流を発生させることも可能だろうが、オリヴェルが言うように真価を発揮するのは火災の際の消火活動かも知れない。

「基本は魔炎弾を主として考えればいいだろう。だが、引き続き他の魔法石の検討は続けてくれ。それでこれの量産はどうなっている?」

「試作品がある程度形になれば他の工房でも製作に入りますが、今の所ヴァイダの工房のみで作業を進めています」

 専用の竈や道具が必要になる魔法石の工房は、現状ではヴァイダの専門となっていた。何か作成するたび道具から造らねばならないのだ。ある程度方法が確立されるまではヴァイダの工房で試作をしていくことになるだろう。

「その工房ですか? ルーベルトが入り浸っていたというのは?」

 困ったように眉根を寄せてクラウスが溜息を吐いた。
 現在は出入り禁止となっているが、それまでは殆ど毎日入り浸るせいで、陰でルーベルト工房などと揶揄されるほどだったのだ。

「あいつめ! 先日の護衛は卒なく務めたと窺っておりますが、うちの愚息はちゃんとトゥーレ様の護衛を務めているのでしょうか?」

「ああ、サトルトでは使い物にはならないが、それ以外では問題ない」

「えっと・・・・それはそれで問題では?」

 心配そうに問い掛けるクラウスに、苦笑いを浮かべてトゥーレが答える。

「あいつの試作した鉄砲に助けられているのも事実だからな。それで他のことがおざなりになれば今回のようにお灸を据えてやらねばならんが、ちゃんとしてるならサトルトにいる間ぐらいは大目に見るさ」

 思いがけず高いルーベルトの評価に、クラウスのみならず一同驚きを浮かべるのだった。
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