都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

26 お茶会にて(4)

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「それで、ピエタリの様子はどうだ?」

「頑固ですね」

「頑固!? どう言うことだ?」

 頑固と答えたトゥーレの言葉に、ザオラルが軽く目を見開きながら訊ねた。

「今はまだ船の数も少ないですが、操船については問題ありません。連携して鯨を仕留めていただけに複数の船での連携も問題ないでしょう。我々にとって大きな力となるのは間違いありません」

 元々水運が盛んなカモフだがその役目は物資の輸送が主であり、運用しているのは殆どがトルスター家に連なる商人たちだ。所有する軍船の数が少ないため、戦いの際には商船を徴発することが多い。だが流れの少ない湖では、輸送が主任務となるため練度はお世辞にも高いとは言えず、フェイル川を行き来する商人の方が操船技術は高いほどだった。
 そのような状況下で海戦の経験が豊富なピエタリが、ザオラルの求めに応じて一族を引き連れ移り住んできたのだ。
 彼らはサトルトに住居を与えられ、港湾施設の建設と造船の指揮を任されていた。すでに港は彼らの意見を取り入れて改良をおこなっている箇所もある。急ピッチで建造が進む船がある程度数が揃ってくれば、カモフ初の水軍として組織される予定だった。

「ザオラル様が気に掛けておられたヘカテ殿が当地に残られたのは残念でしたが、ピエタリが二百名もの人数を引き連れて来たのは僥倖ぎょうこうでした」

 ザオラルと共にヘカテと交友のあったシルベストルも嬉しそうに目を細めている。

「そうだな。ピエタリを含め故郷を捨ててきた彼らの覚悟を感じる。トゥーレ、彼らの気持ちには応えてやらねばならんぞ」

「そこで俺に振るんですか!?」

「あら、ピエタリはあなたに付けたのですよ。面倒を見るのは当たり前でしょう?」

「やれやれです。ピエタリは父上に憧れているんですよ」

 冷やかすように言ったテオドーラの言葉に、トゥーレは肩を竦めて首を振った。
 幼かったピエタリから憧憬の眼差しを向けられていたザオラルは、先日およそ三十年振りに彼との再会を果たした。その際にもピエタリは昔と変わらぬ眼差しをザオラルに向けていたのだ。

「ザオラル様に向いている眼差しを自分に向けさせれば良いだけではないですか」

「母上は俺を何だと思っているんですか?」

「ザオラル様とわたくしの子ですもの。ピエタリ様の目を向けることもできるのではなくて?」

「はぁ・・・・。母上の言葉は素直に嬉しいですが、少々俺を買い被りすぎです。他の者に言わせれば俺は天邪鬼あまのじゃくで通っているんですよ」

 息子を露ほども疑っていないテオドーラの言葉に、トゥーレは盛大に溜息を吐く。

「まあ! 誰がそんなことを?」

「誰でもいいじゃないですか?」

「いえ、よくありません。今度連れて来なさい。わたくしが言い聞かせて差し上げますわ!」

「勘弁してください。自分でできますから大丈夫です。それにその評価は割と気に入ってるんです」

 息子をけなす言葉に鼻息が荒くなっていく母にうんざりした表情を浮かべ、トゥーレは母を諫めた。しかし彼の『気に入っている』という言葉に反応したのは、それまで置物のように存在感のなかったエステルだった。

「天邪鬼が気に入ってるですって!? お兄様はやっぱり変態ですか?」

 ツインテールを揺らしてとんでもないことを口にする。
 それまで黙って遣り取りを聞いていたザオラルが流石に吹き出し、他の者もそれに釣られるように苦笑を浮かべた。

「お前は黙っててくれないか? 皆が変わり者を見る目で俺を見るじゃないか?」

「それはわたくしのせいではありません。お兄様が天邪鬼だからです」

 今まで話の内容について行けずに必死で眠気と戦っていたエステルが、話題に食いついたことでお茶会の雰囲気が緩む。

「とりあえず、サトルトの運用についてはトゥーレとオリヴェルに引き続き任せる。ルーベルトの鍛冶工房やピエタリの水軍が、将来ドーグラス公に対する切り札となるかも知れぬからな。二人とも頼むぞ」

「はっ!」

「ひとつお願いがあるのですが?」

 全員の声が木霊して空気がぴしりと締まる中、天邪鬼の本領を発揮するようにトゥーレが声をあげる。

「どうした?」

「ピエタリについてです。彼がサトルトに居を構えて数ヶ月経ちますが、未だに仮住まいのままです。しかもピエタリのみならず全員が掘っ立て小屋のような仮住まいで寝起きをしています」

「何と!?」

「父上に恩を返すまでは仮住まいから動くつもりがないようで、俺が言っても聞きません。秋も深まってきてる中、間もなく冬となります。彼らはこの地の冬を知りません」

「なるほど分かった。一度ピエタリと話をしよう」

「ありがとう存じます」

 春の終わり頃に移り住んできたピエタリたちは、厳しいカモフの冬を知らない。男たちだけならばともかく、女子供がいる中で仮住まいのまま冬を越すのは余りに危険だった。トゥーレは領主命令を使ってでも、彼らに住まいを整えさせたかったのだ。

「サトルトが軍事拠点として順調に稼働できたとしても、やはりドーグラス公の脅威が去らない限り我らに安息は訪れない。トゥーレには悪いと思うが、この状況でリーディア姫をカモフに迎え入れるのは難しいだろう」

「存じております」

 殊勝に答えるトゥーレだったが、テオドーラとエステルから不満が上がる。

「何とかならないのでしょうか? わたくし早くリーディアとお茶会がしたいですわ」

「わたくしだけリーディア姫様にお目にかかってないのです。お目にかかったらお兄様の悪口をたくさんお話して差し上げるのです」

 婚約式の際にリーディアと言葉を交わしたザオラルやテオドーラと違い、留守番していたエステルは特に不満顔だ。

「俺の悪口はともかく、ドーグラス公がこのカモフを諦めない限りリーディアを呼べる訳ないでしょう?」

「それでは姫のとうが立ってしまうではないですか!?」

「テオドーラ、言い過ぎだ!」

「っ! 申し訳ございません。言い過ぎました」

 あまりの暴言に流石にザオラルがすぐにたしなめると、自分でも言い過ぎたのは分かっていたのか直ぐにトゥーレに謝罪を述べた。

「薹が立つと言っても彼女はまだ成人してません。二、三年程度の延期など問題ありません」

 同盟が成立し、トゥーレとリーディアの婚約も成立した。そのため街では戦況を楽観視する論調が目立っていたが、情勢としては依然として厳しいことに変わりはない。
 広く祝福された二人の婚約だったが、オリヤンはドーグラスの脅威が迫りつつあるカモフへリーディアを送り出すことには難色を示していた。
 リーディアが嫁ぐことを先延ばしにする代わりに提案されたのが、トゥーレが彼女の元へと通う所謂『通い婚』だった。彼女がサザンに移る代わりにトゥーレが年間二、三回の頻度でフォレスを訪問するというものだ。
 ウンダル側としては、危険の迫りつつあるカモフへ嫁ぐことを保留でき、必要以上にカモフに関わらなくてすむ。カモフ側はサザンへ通う際にウンダルの情勢を知ることができ、更にはウンダル内に人脈を築くことができる。
 お互いに納得できる所を探り合った結果、通い婚という妥協点が生まれたのだった。

「わたくし、やはり一度リーディア姫様にお目にかかりたく存じます。今度、お兄様がフォレスに行く際にご一緒することはできませんか?」

「却下だ!」

「むぅ! でもお兄様は、今のわたくしよりも小さい頃にフォレスに行ったじゃありませんか。わたくしも行ってみたいです」

「そ、そうだな。一度外の街を見ることも必要だろう。許可しよう」

 即座に拒否をしたトゥーレだったが、潤んだ上目遣いの目でエステルがザオラルに懇願すると、あっさりと彼女のフォレス行きを認めたのだった。

「ありがとう存じます。お父様!」

 満面の笑みを見せるエステルと露骨に嫌そうな顔を浮かべるトゥーレ。
 そんなエステルを羨ましそうに見ていたテオドーラだったが、残念ながらここは全員が空気を読んで彼女には気付かないふりをしていた。
 かくして次回のフォレス行きにはエステルが同行することになったのであった。
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