魔術師の仕事

阿部うりえる

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7章

1 反逆者~レライデル~

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「おまえとナベリウスとの関係、話してもらおうか?」
短剣をゲルハルトの前に置きルカが言葉を切る
全てを知った今、彼らが再び暗殺者を送ってくる可能性は高い
僕はこいつの契約者として知らなければならない
こいつの悪魔としての過去を…
ゲルハルトは頭をかきながらふうと息を吐くと諦めたように口を開いた
「本当はおまえの手に渡る前に処分しようと思っていたんだが…俺にはこの通り…触れることも出来ないからな」
ゲルハルトが指先で短剣に触れると、火花が散り触れた箇所が火傷を負ったように赤く腫れあがった
「なるほどな…これで刺された日にはいくらおまえが悪魔だとしてもただじゃ済まされないって事は分かった…
ナターシャはおまえみたいな奴は悪魔と契りを結んだ末に誕生すると言っていたが、おまえが契りを結んだ悪魔がナベリウスと何か関係があったということか?」
「さすが鋭いな、おまえの言う通りだ、俺は地獄であいつに出会った…
これは俺の中にあるあいつの記憶…あいつと契りを結んだ時全てこの身に流れ込んだ悪魔レライデルの過去だ…」
ゲルハルトは今までにない静かな口調で、そして過去を懐かしむような遠い目で悪魔レライデルの事について語り始めた


地獄で反乱が起きた時の話だ
元熾天使セフィリールは地獄で絶対の力を誇る皇帝ルシフェルの意に背き、再び天に戻るため神への降伏、絶対の服従、人間界の神への返却を提案した
地獄の者の半数が彼の意見に賛同し、次第にその勢力は力を強めていった
しかしそれに反対の勢力、つまりルシフェル側の悪魔たちはそれをよしとはしなかった
地獄は一種の革命戦争へと突入しようとしていた
各地で暴動、反乱、暗殺、略奪が日常的に行われるようになり始め反逆者としての罪を着せられた仲間の多くがこれに巻き込まれ命を落としていった
その後始まった戦争でも勝敗は分かりきっていた
セフィリール率いる反乱軍は敗北、指揮官である彼もまたこの戦いで命を落とした
生き残った反逆者たちには死罪が言い渡され、それを逃れるため彼らは各地に散らばり身を潜めた
しかし彼らは諦めたわけではなかった
セフィリールの意思を継いだ後継者らによって皇帝ルシフェルの暗殺計画は秘密裏に着々と進められていた
その間、密告により殺された者たちもいたが彼らは決して口を割ることはなかった
死の時まで身を切り刻まれるような拷問を受けたとしても…

大公爵アスタロトの配下ナベリウスの部下にして強大な力を誇る伯爵、ナベリウスに最も愛されたレライデルもまたその一人であった
「レライデル・ゲルフィエス我らが法たるルシフェル陛下の意に背いた汝の罪は死に値するものなり」
彼に言い渡された判決、それは他の囚人同様三十日の投獄ののちの死刑宣告だった
死を待つ間、彼は愛した恋人ナベリウスの取り調べを受けることとなった
血なまぐさい地下の拷問部屋に両手を天上から吊るされたレライデルは痛みに歯を食いしばりうつむき黙秘を続けていた
「吐け!おまえ達が何をしようとしているのか!」
ナベリウスの振るった鞭が彼の体に当たり鈍い音をたてると同時にまだ完治していない傷口をえぐり更なる深手を負わせた
打たれるたびににじむ鮮血が辺りに飛び散り、生暖かい感触が背を伝う
「っ…!…フフ…女王様?もう気はお済ですか?」
「ふざけるな!この恥知らずが!よくも我が主の顔に泥を塗るようなまねを!よくもこの私を裏切って…」
裸の彼の急所を力任せに握りナベリウスが詰め寄る
「おまえを裏切ったつもりはないよ…俺は今でもおまえを愛してる…」
その言葉にナベリウスは顔を赤らめ動揺し後ずさる
しかしすぐに我に返った彼は前にも増し怒りに満ちた表情で鞭を振り下ろした
「黙れ!聞きたくない!聞きたくない!!」
拷問には冷静なはずの彼の取り乱しようといったらなかった
見かねて止めに入った部下のイポス達をもなぎ倒し鞭を振るう始末…それ故、レライデルの拷問中はその場に居合わせる者がいなくなってしまうくらいだった
レライデルが意識を失ってもなを肉を引き裂く鞭は止まることなく、それは毎日ナベリウスが疲れて倒れるまで続いた


独房の窓からは何かの焼けるような臭いと赤い空だけが見えた
さっきまで気を失っていたレライデルが激しくせき込み目を開く
「っ…少しは加減しろってんだ、これじゃあ処刑の前に逝ってしまうぜ…」
彼はきしむ体を起こしながら鉄格子越しに見える赤い空を見上げそう呟いた
「青く澄み渡るような空…か…最後に見たかったな…」
この地獄から出た事のない俺にとって人間界と同じ色、いやそれ以上に澄んでいると言われる天上界の青い空は憧れだった
この魔界で生を受けた俺でも天上の地を踏める、そんな夢みたいな期待をくれたセフィリールの言葉を信じここまで来た
彼はあの戦いで消滅してしまったが…彼は再び神に会うことはできたのだろうか?俺は消滅したら会えるのだろうか?
痛みのせいで起きてることもままならない彼はまた静かに体を横たえると魔力封じの枷をはめられた腕を伸ばし天を仰ぐ
明日の早朝俺は死ぬ
光から生まれた上位天使(堕天使)のみが使うことの許された消滅の力によって…
牢屋での暮らしはまあまあ快適だった
下層の者などは更なる深部へと落とされ眠る事のない原始からの霊に苛まれ処刑の日までまともにいれる者は一人としていない…
彼らに比べれば鞭で打たれるなんて可愛いものだ
「…ライデル…レライデル…!」
誰かの呼ぶ声が聞こえたので彼は再び起き上がり辺りを見回した
鉄格子の向こうから覗くのは見慣れた顔
「アンティパス!」
窓の外にいたのは彼の同志アンティパスだった
彼もまたレライデル同様、暗殺計画に加担する者の一人である
「助けに来た!今出してやる」
彼はそう言うと力を駆使し壁を通り抜けレライデルの手枷に手をかけた
「アンティパス、おまえ…脱獄の手助けはその場で処刑だぞ?」
「それはおまえだって同じだろ?うまくいけばそんな事関係ないさ」
外された枷がじゃらりと床に落ち、戻った力であれだけの傷はたちどころに癒えていった
幸いその日は警備が手薄だったため彼らは無事牢獄を抜け出すことに成功した
それからは待機していた仲間の馬車で森の中を東へと進んだ
「とりあえずアマイモン領地に入れれば、あそこはまだ奴らの手が及んでないはずだからしばらくは大丈夫なはずだ!
おまえにはそこでしばらく身を潜めていてほしい」
アンティパスはレライデルに顔を隠せるようにと用意したマントを投げつけ興奮気味に言った
彼の喜び具合から状況は好転しているのだと容易に想像がついた
「それで?上は何と?決行の目途がついたのか?」
「三日後だ、三日後皇帝は西の王との会合のため城を出る、もちろん護衛の方もいつも以上に厳重だろうが敵方に狙撃手と世話係としての味方の兵数人を潜り込ませてある
正面から立ち向かう俺たちが破れた場合、彼らが皇帝を味方の陣地に誘い出しそこでとどめをさす手はずだ
この計画が成功した暁には(地獄の)秩序が乱れ混沌とするが、セフィリール様の意思を引き継いだ上層の天使(堕天使)たちが地獄の全権限を手にし我々の真の計画が遂行される、その時こそ自由の到来だ!」
ついに…ついにその時が来たのだ…俺は安堵し馬車の窓から空を見上げた
空は相変わらずの赤だったが、この微かな希望でレライデルの目には青く見えたような気がした…しかし…
あれは何だ…?北の空、刑務所のあった方角からこちらに向かってくる無数の影を彼の目は捕らえた
「気付かれたぞ!」
ナベリウスと彼の部下がこちらめがけ猛スピードで向かってくる
「ちっ!しょうがない、ここは俺に任せておまえは早く降りろ!」
アンティパスが走行中の馬車の戸を開け出るよう促す
「おまえも…!」
「俺は大丈夫だ、弟を一人にはできないしな
それにおまえが乗っていたらまずいだろ?次の茂みで飛び降りろ!」
微笑んで見せる彼の表情は明らかに作り笑いだ
「兄さん早く!」
馬車の手綱を握っていた彼の弟が声を張り上げる
「よし、今だ!」
腕を掴まれ背を勢いよく押され否応なく馬車からほうり出された俺は崖下の茂みの中に転げ落ちた
その衝撃で折れた太い枝が腕に刺さり激痛が走る
「う…っあ…!」
力任せにそれを抜き取り彼らの馬車を目で追う
ナベリウスたちはどうやら俺が馬車から落ちたことに気付いていないらしい…
彼らならうまく切り抜けられるだろう…
深々とフードを被った俺は一人東の地を目指し歩き出そうとした
その時だった、背後でけたたましい爆発音が響いたので俺は足を止め音のした方を振り返る
崖の上、木々のむこうから黒煙が無風の空に上がる…嫌な予感がした
あっちは彼らの進んで行った方角だ…
戻るべきか…?いや…それじゃあ危険を承知で脱獄させてくれた彼の好意が無駄になるのではないか?
でも彼は親友だ…戻ろう…そう思い一歩踏み出した時俺の脳裏にアンティパスの最後の作った笑顔が浮かんだ
許せ…拳をきつく握り踵を返す
俺は仲間を見捨てた、死から救い出してくれたかけがえのない親友を…

「下級悪魔の分際で…上級霊(堕天使)の力が吹き込まれた薬で自ら口封じですか?」
火を噴き今もなを激しく燃える二人の反逆者をナベリウスは冷淡な目で見降ろしていた
「必ず見つけ出しますよ?レライデル」
彼は顔色一つ変えずそう呟くと黒い大きな翼を広げ血のように赤い空へと羽ばたいていった
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