魔術師の仕事

阿部うりえる

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7章

2 罪と罰~ダリウス~

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「それはまだ俺が人間だった頃のことだ
ダリウス・バルツァー、それが人だった頃の俺の名だ…」
ゲルハルトはそう言いながら窓辺に浅く腰かけ先ほどの続きを語り始めた

生前、最愛の妻を病で亡くした私は同じような境遇のエリザベートを新しい妻として迎え入れた
彼女には亡き夫との間にゾフィアという可愛らしい一人娘がいて、私はその愛らしい少女に一目で恋に落ちてしまった
エリザベートとの結婚も早い話、彼女をそばに置いておきたかったから…そんな邪悪な思いからだった
はじめは彼女を見ているだけでよかった
しかし、私の彼女への愛はそれに止まることを知らず彼女の唇にこの唇を重ねたいと思い、その無垢で柔らかな体に触れたいと手を伸ばし、しまいにはその純潔までも欲してしまった
何も知らない彼女はそれを悪とも知らず受け入れた
しかしその事がエリザベートの耳に入り状況は私の思わぬ方へと暗転した
娘の身を案じた彼女が私と離縁したいと言ってきたのだ
そうなればゾフィアとも引き離されてしまう…
「まあ、今思えばこの女の選択は正しかった
でもこの頃の俺はそういった善悪の区別ができなかった、というより暴走する娘への愛欲を制御できなかったんだ
そして、人間だった俺はついに邪魔になったこの女を自死に見せかけ殺し、娘を自分のものにした」
何度も体を重ね、様々な事を教えたゾフィアの体はまだ6つになったばかりだというのにその肉体は成熟した女のように淫らになり、この変質的な欲望を満たすのに十分なものだった
いつまでもこの日々が続けばいい…そう思った
しかし彼女がそれを罪と認識するまでそう時を要さなかった
私たちの秘め事を知る使用人か侍女にでも耳打ちされたのだろう
彼女は私との交わりを拒むようになった
そしてこの怒りの矛先は使用人や侍女へと向けられた
怪しい者を呼びつけては地下の拷問部屋で罰した
そのことで他の使用人たちは私の事を恐れそのことを屋敷内で口にするものはだれ一人としてなくなった
私たちの邪魔をする者はもういない…しかし、それから何年か過ぎゾフィアが17になった頃の事だった、伯爵家の若い男がゾフィアと婚約したいと申し出てきた
もちろん私が彼の願いをはねのけたのは言うまででもない
しかし諦めの悪いこの男は、その後もことあるごとに訪れては同じことを言って私の悩みの種になり始めた
彼を見るゾフィアの顔は恋する女の顔そのものだった
不審に思った私は彼女を世話する侍女を問い詰めた、すると侍女は「お嬢様はあの方と隠れてお会しています」
侍女の言葉に私のあの男への憎悪と嫉妬は頂点に達した
嫌がる娘を幽閉、私だけのものにしてしまおうと鎖につないで無抵抗の彼女のを朝も晩も手ひどく犯し続けた
ほどなくして娘は私の子を孕んだ
これで彼女は私のもの…そう思って安堵した私の胸に鋭い痛みが走った
憎悪に満ちた彼女の顔、白い腕を伝う赤い線、赤く染まる胸元…
その日、私は愛する娘の手によって人としての生を閉じた

確かに死んだ…はずだった…
「お父様…」
ゾフィアの声
夢うつつの中私は彼女の柔らかな声で目を覚ます
うつ伏せで倒れている場所は私の家ではない
見覚えのないどこかの薄暗い森の中
「ここは…どこだ…?」
目がかすんでよく見えないが、手にはねばねばしたへどろのようなものがまとわりついているようだ
そして意識を取り戻してすぐに鼻に入って来たこの臭い…硫黄と腐った魚のような臭いの混じった異臭
何の臭いだと起き上がろうとした時、私は腰のあたりに違和感を感じ上体をひねり後ろを確認した
そこには何かがいた…それを見た瞬間、私は声にならない叫び声を上げ這うようにそれから逃げ出そうとした
しかし、その人のようなものはがっしりとしがみつき離れようとしない
それは手足はあれど所々腐れ落ち骨や肉が露出していて、黒く変色した皮膚からは膿のようなものが吹き出しその上には蛆が這っている
かろうじて残るその体の輪郭からこの死体は女なのだと判断できるくらいだ
見た目は腐れた死体、死人の筈なのに動き自分にしがみつくそれを引き離そうと私はその化け物の無駄に長い白髪を掴んで力任せに引っ張った
「や!止めろ!離れろ!化け物!」
しかしこの化け物は腐った死体だ、掴まれた髪は頭皮ごとずるりと抜け落ち汗と泥で湿った腕にまとわりついた
「ひぃぃぃぃ!!」
私はその化け物を無我夢中で投げ飛ばすと、わき目もふらずその化け物から逃げるように走り出した
どこまでも…どこまでも…
どれくらい走ったか…もうだいぶ離れたはずだしあれは溶け始めている死体だここまで追ってこれるはずもない
自分は夢でも見ているのだろうか?まさか死体が動くなんて…そうだ、これはきっと悪い夢だ、夢に違いない…夢なら早く覚めてくれそう願った
息が切れてきた私は近くの木にもたれかかると崩れるように座り込み、息を整えながら木々の間から空を見上げた
「ここはどこなんだ!?」
見上げた空は血のように赤く、背の高い木が連なるように生えた暗い森はまるで永遠に続いているかのように暗く少し離れたところなどは先すら見えない
足元を見ると地面に張り出した木の根で凸凹していてよくもまあここまで躓かずに来れたと思う一方、私は自分の身に何が起きているのか考えた
妙に現実の感覚を伴う夢に私はわけがわからなくなり始めていた
あの時、確かに私はゾフィアに正面から刺され意識を失った
それから…刺されて倒れてからの記憶がないのだ
泥で汚れた服を手で探る、刺されたなら穴ができているはずだが穴はない…痛みもない…服を開け傷を確認するもどこにも傷一つなかった
「あれは…夢だったのか?ではこれは?ここはどこなんだ?さっきのあれは何なんだ!?」
ふと顔を上げた私の目に一瞬何かの影が映り込んだ気がした
あの化け物か!?私が再び逃げ出そうとしたその時だった
「お父様」
この声はゾフィア!?背後から聞こえたのは愛しい彼女の声
振り向くとそこのには愛らしいゾフィアの姿があった
「ああ!ゾフィア!おまえもここにいたのか?」
私はゾフィアを抱き寄せるとその頬にキスし、銀色の髪を何度も何度も撫で下ろしながら彼女の顔を覗き込んだ
こんな恐ろしい森だというのに彼女はうっすら笑みを浮かべている
少し不審に思いながらも、この知らない土地でこんな小さな少女に出会った途端私の恐怖はみるみる薄れていった
情けない話だが大の男がこんな少女に救われたのだ
彼女と私はなぜこんな所に来てしまったのだろう…?誰かに連れてこられたのか?
私は意識をなくしていたが彼女はどうだったのだろう?もしかしたら何かを知っているかもしれない
私がその事を彼女に問おうとした時、彼女の口から思いもしない言葉が飛び出した
「いつもみたいに抱いてほしい」一瞬耳を疑った
彼女の口からそれを聞くとは思いもしなかったからだ
しかもこんなこんな状況でだ
彼女はいつものように魅力的だがこの状況で、しかも何がどこから出てくるか分からないようなこんな恐ろしい森の中でだ…
しかし、そんな私の小さな躊躇いは彼女が自ら露出させた白くつややかな膨らみと滑らかな曲線とにかき消され、高ぶる欲望は彼女を地に組み敷いた
赤い空の光が薄暗い森の中の彼女の体をぼんやりと照らし、まだ口ずけだけだというのに触れた指先には今までにないくらいの蜜が絡みついた
「なんて嫌らしいんだ…」
少し舌を這わせただけでビクビクと痙攣する体に私は酷く喜び服をいそいそと脱ぎ始めた
なぜこんなにも今日の彼女は素直なのか?まるでまだこの行為を悪とも思わなかったあの幼い頃に戻ったかのように
彼女がこんな素直な反応を示してくれるならここに来たのも悪くはないか…そんな事を思い始めていた
この時、私は嬉しさと興奮のあまりその事について少しも疑わなかった
私のものをしゃぶりつくようにくわえこむ彼女の中の動きといつもとは違う彼女の反応、それとは真逆の辺りの不気味な光景が私の興奮を一層高めた
何度も求めてくる彼女に何度も何度も愛を流し込み、もはや精も根もつきた私は彼女の火照った柔肌に覆いかぶさるように倒れんだ
「お父さま…もっと…もっと欲しいの…お父さまの…」
「ゾフィア…今日はもう…」
ああ、私はなんて幸せ者なんだ…しかしこの一時の幸福は彼女の頭を撫で下ろした瞬間あのねちょっという水っぽい感覚と指に絡みつくベタベタした髪、全身を走る鳥肌とともに瞬時に崩れ去っていった
恐る恐る顔を上げたるとそこにはあの化け物が…
静寂の中上がった叫び声で頭上に止まっていたであろう鳥か何かがバサバサと飛び立った
それからは気が動転していてあまり記憶がない
私は気を失ったかのように倒れる化け物から抜けた腰を引きずりながら這うように逃げた
どこまでも暗い森の中、ゾフィアの名を叫ぶもあの愛らしい声はどこからも聞こえない
いつからあいつはいたのか?確かにあの時私の腕の中にいたのはゾフィアだったはずだ…
それとも、最初からゾフィアなどいなかったのか?
思えばこんな気味の悪い森でか弱い少女が平常心でいれるはずもない
私はあの化け物をゾフィアと見間違え何度も何度も交わったというのか?
思い出しただけで吐き気がした
逃げる際どこかに引っ掛け剥がれ落ちたのだろう、指の爪が数枚なくなり血がにじんでいる
おまけになりふり構わず逃げたのもあって全裸だ
とにかく休みたかった、でも立ち止まったらまたあいつに追いつかれるかもしれない…、あの声をまた聴いてしまうかもしれない…それからの私は立ち止まらなかった
この森から出れば…しかし歩けど歩けどこの薄暗く不気味な森は終わらず人の姿すらない
何日こうして彷徨ってるのだろう?今は昼なのか?夜なのか?このいつまでも赤い空からはそれすら分からない
頭がどうにかなりそうだった
「誰か…いないのか…?ゾフィア…」
うわごとのように愛する彼女の名を呼ぶ
もうだめだ…疲れもピークに達した私は地に突き出た木の根に躓き倒れこんだ
起き上がろうとするももう力も入らない
遠のく意識の中浮かぶ愛するゾフィアの姿に手を伸ばしながら、私はそのまま深い闇へと落ちて行った
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