魔術師の仕事

阿部うりえる

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1章

5 助手の仕事

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昨日からルカの元で住み込みで働くことになったネリーだったが、溜まった疲れから彼女はまだ夢の中にいた。
「そんないっぱい…うんん…」
寝言を言いながら寝返りをうつネリー。
いつまでたっても起きてこないネリーを見に来たルカは呆れたようにため息をつくと彼女の毛布を剥ぎ取り「全く、初日からこれか…おい!起きろ!いつまで寝ているんだ!」と怒鳴りつけた。
「んー…もう食べれないよ……は!大変!」
夢から覚め弾かれたように起き上がるネリー。見上げると横には腕を組みこちらを見下ろすルカが…彼は「早く下に来い」というと、他には何も言わず部屋を後にした。
ルカは明らかに怒っているようだった。初日からこんなへまをやらかして昨日の約束は全てなかったことに…と追い出されかねない。
ネリーは急いで身支度を整えると、既に食卓につくルカの正面に腰を下ろし、ルカの方を気まずそうにちらちらと見ながら既に皿に盛られたスープと切り分けられたパンを遠慮がちに口に運んだ。
すると突然、ルカが「少しいいか?」と口を開いたのでネリーはびくりと体を震わせ食べる手を休めこくりと頷いた。やはりおまえは使えないと追い出されるのだろうか…?冷や汗が流れた。
しかし話はそんなものではなかった。
「僕は翻訳の仕事がある時は終わるまで食事は自分の部屋でとることにしているんだ。だからそういう時は君が食事を作って部屋まで持ってきてくれると助かる。それ以外の日は僕がやるから」
どうやらルカはもう怒ってはいないらしい。ネリーは胸を撫で下ろし「はい」と返事を返した。
ルカの話からして彼の仕事は翻訳家なのだろう。しかし、彼には不思議な力があって、エルフみたいな幻想動物の知識があったり怖い本を持っていたり謎が多い。果たしてただの翻訳家なのか?ネリーはこの機会にと昨日から抱いていた疑問を直接彼から聞いてみようとスプーンを置き真剣な眼差しで彼を見つめた。
「ルカ…あなたは一体何者なの?」
そんなネリーからの突然の問いにルカは「は?」と意味がわからないといった感じで目を丸くする。
「だから、私を助けた時、不思議な力を使ったでしょ?お屋敷で私がエルフの話をした時だって、怪物のことだって驚きもしなかったし…もしかして魔女…なの?」
ルカは見開いた目をぱちぱちとさたのちせたのち失笑すると他には何も答えず再びスープをすすりはじめた。
「もう!真剣に聞いてるのよ!」
からかうような彼の態度にネリーはテーブルを叩き立ち上がると、辺りをきょろきょろと確認し声をひそめ続けた。
「もしあなたが魔女だとしても、いい魔女なのだろうからそれを攻めようなんて思ってもないわ…。でもあなたが魔女なら知っておきたいの…。だって、今日から一緒に住むんだし…」
「やれやれ、何を勝手に妄想して決心してるかわからないが、僕は魔女なんかじゃないよ」
「だって…昨日の力…」
「あれは精霊を使役しただけだ。僕は魔術師だ」
精霊?使役?魔術師?魔術師と魔女はどう違うのかよくわからないネリーはいたって冷静な物腰の彼に力抜けしへなへなと椅子に腰を下ろした。
「魔術師と魔女の定義は話したところで、この国では魔女と同じだ。だからこのことは一部の人間しか知らないし僕も言わない。表向きは翻訳家と薬草調合の仕事ってことにしているが、たまに僕の正体を知る人からそういった(魔術の)依頼も受けたりしている。
むやみやたらは言いふらさないからそういう仕事は少ないがな。魔術を悪と思う人間からしたら僕は罪人だろうから」
「そんな…ルカは悪い人じゃないよ…悪いのは魔術が何かもわからないくせに怖がって排除しようとする人たちだよ…」
しかしルカは「それは違う」と即答し、少し顔を曇らせ、食べ終わった食器を片付けはじめた。
「自分の身勝手な欲望のために魔術をして他の人間に危害を加える奴の方が実際多い。現に僕にとっては義理の母のシルヴィアは、儀式と称し何人もの子供を虐待し、儀式の参加者にその子供たちの始末を強要していた。僕の両親は僕が九つの頃、魔女として告発されたんだ。でも、本当の魔女のようなものだから同情はできないがな…」
ルカの両親も魔女として殺された…本当の魔女ということ以外は少なからず似たような境遇で辛い思いをしてきているだろうに淡々と語る彼にネリーは胸が苦しくなった。
「そういえば、おまえ、その服しか持ってないのか?」
重苦しくなってしまった雰囲気を変えるようにルカが話題を変え、こちらをじろじろ見て言った。
「う…うん…」
やはりつぎはぎだらけのボロ服は彼も気にしていたらしい。ネリーは恥ずかしくなりうつむき加減にルカの方をちらりと見ながら小さく頷いた。
ルカはふーんという風にネリーの全身を眺めると「ちょっと待ってろ」と言い奥の部屋へ消えていった。数分後、彼は何着かの若い女性用のドレスを手にその部屋から出てきた。
「その体系なら着れるだろ」
ルカから渡されたドレスはどれも新品そうでサイズも見た感じ自分が着れそうなものばかりだ。しかしなぜ彼の家に女性の、しかも若い女性の洋服があるのだろう?
もしかして…ルカの恋人の…少し彼を好きになりかけていただけにショックだった。
しかし彼くらいの美男子に恋人がいない方がおかしい。彼女は一緒には住んでいないのだろうか?もしかして留守なだけかもしれない…ネリーはドレスを一枚手に取ると近くの姿見の前に立ち体に合わせてみた。
「こんな綺麗なドレス私なんかが着て似合うかな…」
鏡に映る曇った自分の顔なんかより、まだ見ぬ彼の恋人はこのドレスを着こなせるくらいの美貌を備えているんだろうなとため息が漏れた。
「着てみたらどうだ?」
「でも…彼女に断わりもなしに私なんかに着せてたらルカ怒られない?」
「それなら気にしなくていい(妹)の着なくなったものだし、あいつはしばらくここへは帰らないだろうからな」
妹…?そう言えば屋敷で見た肖像画にはルカ以外にも子供が描かれていた。そうか、これはその子のドレスだったのか…私は胸を撫で下ろすとドレスを両手にかかえ階段を駆け上がった。
「うーん…やっぱりこっちの方がいいかな?」
部屋の姿見の前でくるりと回り吟味していた時だった。ノックもなしに突然ルカが入ってきたので私はドレスを着ているにも関わらず反射的に体を両手で隠すと床にうずくまった。
「呆れたな、まだこんなに散らかしてたのか」
「もう!着替えてたんだからノックくらいして!」
「おまえの裸を見たくらいで襲いたくなったりなんてしないから安心しろ、それより、今日から初仕事だろ。早く下に降りて来い」
ルカは呆れたようにそれだけ言い残すとドアを勢いよく閉め出て行った。
「なによあれ!少しは似合ってるよ。とか、可愛くなったね。とか、お世辞くらい言ってもいいじゃない!べー」

部屋はそのままで、下へと下りるとルカがキッチンに立ち厳しい表情でこちらを見て手招きをしている。彼の横に並ぶも相変わらずドレスのことは褒めてさえくれない。
彼は棚に並ぶ来客用のお茶の種類などを一通り教えると、箒と洗濯物の山を預け二階の自室閉じこもってしまった。どうやら頼まれてる翻訳の仕事があるらしい。
正午までに終わらせておけというルカの言いつけにネリーはドレスの袖をまくり上げるとさっそく仕事に取り掛かった。


言われた通り掃除や洗濯を済ませ午後からはゆっくりできるのかと思いきや、完成した原稿を届けにネリーはルカとともに隣の街まで来ていた。
隣町まではちょうそこを通るという商人の船に乗船でき楽に来れたのだが、街の船着き場に着いてからが酷かった。翻訳用に客から預けられた重い本の入った荷物を任され担いで彼の後を追うのだ。
それでなくても歩くのが早いルカにネリーは置いて行かれまいと彼の後を追う。
「おい、早くしろ!」
「だってこれすっごく重いんだもん!ちょっと休もうよー!」
「駄目だ、日が暮れるまでには宿をとりたいからな…それよりもっと早く歩けないのか?」
彼には女性に対して少しの思いやりもないのだろうか?と思いつつも、これも仕事だから文句は言えないとネリーは汗だくになりながらも彼の後を着いていくのだった。
そうしているうちに目的地の綺麗な花で彩られた家の前までたどり着いたルカは後から来たネリーから荷物を受け取ると、代わりに財布と買い物メモを渡し用事が済むまでそこにあるものを買っておくよう命じた。
「…住所は下に書いてある。あと、それが済んだらさっき通ってきた町の中央広場の噴水の所で待っていてくれ。終わり次第僕もそこへ行く」
ルカは当たり前の事のようにネリーに用事を頼むとドアをノックした。
「え?何で私は買い出しなの?せっかくおしゃれしてきたのに…」
スカートをひらつかせながら不満げに言うネリー。
「だって君は僕の助手だろ?ドレスがどうした?かぼちゃの馬車で舞踏会にでもきたつもりなのか?」
殺気に満ちたような表情で見下ろすルカにネリーは諦めたように「わ…わかったわよ…」と言い、これ以上の嫌味が彼の口から飛び出さないうちにとそそくさと歩き出すのだった。


指定された文具屋で紙とインクを買い終えたネリーは市場に豆と梨を買いに来ていた。
「またどうぞ―!」気立てのいい女店主の店で梨を買い終えたネリーはメモ確認しながら「よし、これで全部よね」と独り言を呟いた。
その時、少し離れた位置から旅芸人の音楽が聞こえてきたのでネリーは歩きながらそちらに目を向けた。数人の奏でる音色に合わせ踊り子が身軽に踊り、観客が一人また一人と増えていく。きらびやかな衣装に身を包んだ踊り子が客の前を通るごとに歓声が上がる。ネリーはこの踊り子が羨ましく思えた。自分はただの一人にもこの姿を褒めてさえもらえないというのに…
よそ見をしていたということもあり彼女は前方から来る人の事など意識していなかった。
「きゃ!」
そして案の定、人とぶつかりバランスを崩し転びそうになったネリーだったが…
「おっと」とっさにぶつかった誰かに腰を支えられ転ばずには済むも、その時落とした袋から梨がバラバラと道に散らばり、ネリーは支えられながら転がる果物を見てため息をついた。
「すまない。大丈夫だったか?」
彼女の腰を支えるその男は流れるような銀髪に目鼻立ちの良い人間離れした美しい人だった。ネリーは彼の美しさにしばらく見とれてしまっていたが落としてしまった荷物のことを思い出すと、彼の腕から離れ急いでそれを拾いはじめた。
「す、すみません!よそ見してて…」
ネリーは赤くなった顔を隠すようにうつむくと、そそくさと落ちた果物を拾い集めた。
「俺の方こそ悪かった、こんな可愛い子に気付かないなんて…」
拾い集めるネリーを手伝いながら男は彼女の頬を撫でるように触る。まるで時間が止まってしまったかのようにネリーは頬に触れる男の手のひらの感触に酔いしれた。
しかしすぐ横から聞こえてきた旅芸人たちに向けた拍手と歓声に我に返った彼女の顔を真っ赤にすると「本当にすみませんでした!」と男に頭を下げ顔を伏せたままルカと約束した広場へと走り去って行った。
男はというと走り去る彼女に怪しげな笑みを浮かべながら「本当に可愛い子だ…」と姿が見えなくなるまで目で追い続けるのだった。
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