魔術師の仕事

阿部うりえる

文字の大きさ
10 / 59
2章

2 悪魔の住む家

しおりを挟む
それからルカとネリーは二人と共に彼らの馬車でベルンシュタイン家へと向かった
馬車は町の大通りを抜けると町外れの林の中を縫うよう進んで行き、やがて広い敷地に建つ大きな屋敷の前で止まった
「わー…すごい大きいお屋敷ー、ルカのお屋敷と比べてどっちが大きいかな?」
馬車から降りたネリーは月明かりで照らされた屋敷を見上げ驚くと、ルカを小突きひそひそ声で言った
「おまえな…」
ルカは呆れたようにネリーを横目で見ると深くため息をついた
アルベルトの案内で二人は殺害現場を案内された
彼らの話し通り使用人達は一人もいなく広い屋敷内はしーんと静まり返っていた
「ここがマリアの殺された部屋です…ご覧の通り屋敷には今私たちと療養中のヨアヒムしかおりません…何か術に必要なものがあれば何なりと…」
アルベルトは事件を思い出したようにため息をつきながらそう言った
「そうですね…被害者の殺害時に身につけていたものがあればそれを…あと、出来ればまだ使用していないロウ台があればそれも七つほど…それから、その療養中の彼も参加できるのであればしてもらいたい」
部屋を見回し頷く様な仕草をしながらルカが言う
「構いませんが…ヨアヒムもですか?」
不思議そうにアルベルトが尋ねる
「はい、一箇所に固まっていた方が安全ですから…先ず死者の霊を呼び出しどういう経緯で襲われたのか聞きます
悪霊の目的が解らない以上姿だけでは縛れませんからね…」
ルカはそう言うと持ってきた荷物から白いローブを取り出し着替え始めた
「はあ…?」
アルベルトはよくわからないといった感じで首を横に傾げつつも言われたものを用意するためユリウスとともに部屋を出て行った
アルベルトとユリウスがルカに頼まれた物を用意したりヨアヒムを呼びに行っている間、ネリーとルカは部屋の家具などを廊下に運び出していた
「はあ…これで全部…ねえルカ、さっき言ってた悪魔の目的ってよく解らないんだけど…悪魔にも目的があるの?」
ネリーは最後の椅子を廊下に移動しながらルカに質問する
「通常呼び出されたわけでもない悪霊はあまり一箇所にとどまったりはしないものだ…まあ、そこに悪霊にとって重要な人間がいる場合はちょっと話が違ってくるが…」
悪魔の性質について話して聞かせるルカにネリーは壁にもたれかかりながら
「そうなんだ…」
と納得したように言った
ルカは鞄から術に使うであろう道具類を取り出すと一つだけ部屋に残したテーブルに白い布を被せ祭壇を作ると、そこに道具類を並べながら再び語り始める
「過去にこの家の者が呼び出していたにしてもそれがその人間の死後も影響するとは考えられないし、彼らも見たところ魔術に長けてるようにも感じられないしな
他の使用人が呼び出したにしても今は皆この屋敷から離れているから悪霊の力は弱まっていても良いはずなのにこの霊気はおかしい…人を殺す目的なら人払いをして直ぐにでも目的の人間を殺すはずだろ?」
「確かにそうよね…でもそれなら悪魔は何のためにこんなこと…」
ルカの推理にネリーはうんうんと相槌をうつもやはりまだよく分からないといったように小首をかしげた
「おそらく悪霊の目的は人ではないんじゃないかと僕は思ってる…犠牲者は運悪くその悪霊と鉢合わせして奴の何らかの秘密を知ってしまったために殺されたんだろう…まあ、今の段階では推測でしかないけどな…」
ルカはそう言い終えると鞄から取り出した塩の入った袋を開き、その塩で床に大きな円を描き始めた
「…もしそうなら殺された人達が可哀想だよ…
…ねえ、そういえばさっきから何してるの?」
ネリーはルカの後ろに回り込み彼の描いている不思議な塩の模様を覗き見ながら言った
「これは死者の霊を封じるための結界のようなものだ」
「けっかい?」
ルカの言ってる事がネリーには全く解らなかったので彼女は腕組をし考え込んだ
そこにユリウスがロウ台の入った袋を担いでを入って来た
そのすぐ後ろから包帯で目を覆ったヨアヒムを支えるようにしアルベルトが続く
「持ってきたけど…どうするんだ?」
ユリウスは袋からロウ台を取り出しルカに問う
「後はそこの助手が…ネリー、この蝋燭を部屋の四隅に配置してくれ」
ルカはネリーを呼びつけそのように言いつけたのち、自分は塩の円の前に置かれた祭壇の周りにロウ台を三台配置し蝋燭に火を灯すと、香を焼べ自身を聖水と香油とで清めはじめた
そこにアルベルトが遠慮がちに近づいてきて
「あの…当時身につけていたものはこれくらいしか手に入りませんでした
彼女の形見としてヨアヒムが受け取ったものです…」
アルベルトはそう言うとポケットから布に包まれた銀のペンダントを取り出しルカに渡した
「これで構いません、お借りします…」
ルカはそれを受け取ると塩の円の中心に置いた
「ルカ、置き終わったよ」
ネリーが彼に駆け寄り言う
「ああ…準備が整いました、さあ皆さんは円の周りに座って下さい
その際決して円を踏まないよう気をつけて」
ルカの言うとおりネリーとユリウスは円の周りに腰を下ろし、アルベルトは目の見えないヨアヒムを座らせてから自身も座った
皆が座るのを確認しルカは大きく息を吸い込むと祈祷文を唱え始めた
「煉獄の焔を司りし聖霊よ、この清められし場所から死者を逃す事なくこの術の終わりまで四方を見守りたまえ」
ルカはそう言いながら部屋の四隅に置かれた蝋燭に東から順に火を灯して行き再び祭壇に戻ると香油と聖水を混ぜ合わせた器を手に参列者達の方に進み出て祈祷文を続けた
「人の子を守りし聖霊よ、我ら神に祝福されし人間を悪しき霊より守りたまえ」
ルカはそう言い終えると、その水を参列者の頭に数滴振りかけ祝福の守りを施した
ネリーは緊張からごくりと喉を鳴らし、ユリウスは顔を伝って来た水滴にびくりと体を震わせた
「今は死してその肉体地に帰りしマリアの霊を我ら今より呼び起こさん
人の子の霊魂を導きし聖霊よ、汝の導きによりマリアの霊を黄泉の国より救い上げこの円の内に導きたまえ」
ルカは円の周りを回りながらそう言い終えると祭壇の前に立ち再びぶつぶつとラテン語で祈祷文を唱え始めた
なにも変化のないまま数十分が過ぎようとしていた頃部屋の四隅に置かれた蝋燭の焔が勢いよく燃え出し、それを確認したルカは唱えるのを止め違う香りの香を焚き始めた
「蝋燭の火が!」
ユリウスは密室なのに勢いよくゆらゆらと燃える火に驚き声を上げる
(来た!)
ネリーはその光景を見て霊が来たのだと本能的に確信した
次の瞬間、部屋の空気が変わった
なんとも言えない重々しい空気にこちらまでが気持ちが沈みそうになるようで、さらに腐った魚のような悪臭が辺りに充満しはじめたので一同はあまりの臭さに鼻を覆った
(っ…なにこの匂い…気持ち悪い…)
ネリーはその匂いに気分が悪くなってきたが必死に耐えた
「死者マリア、我ら汝を歓迎せん」
ルカは両手を頭上高く掲げそう言うとくべる香の量を増やした
そのため悪臭が薄らいで一同は鼻を覆うのをやめた
すると今度は地の底から響き渡るような悲鳴が聞こえたかと思うと、円の中に置かれたペンダントが床に飲み込まれるように消え、その時よじれた床から生前の彼女がゆっくりと姿を現した
目の見える参列者達は驚き取り乱しそうになったがルカが戒めたので冷静さを保つよう心がけた
「ここは…」
霊は不審そうに辺りを見回し言った
「おまえはマリアだな?」
ルカが霊に問う
「そうよ?あなたは誰?それに一体どこから話しているの?」
どうやら霊にはルカやネリー達の姿が見えていないらしく、きょろきょろと辺りを見回していた
「我は死者と生者を繋ぐもの…おまえは死んだことを理解しているか?ここで殺され死んだ事を」
ルカは淡々した口調で彼女に語り始める
「私が殺された?馬鹿言わないで、ちゃんとこうして生きているでしょ?何かの悪ふざけなの?」
ルカの言葉に彼女は失笑にながら言った
「どうやら覚えていないようだな?ではなぜおまえには我々が見えない?すぐ目の前にいるのに…」
ルカがそう言うと彼女は笑うのを止め一気に表情を強張らせた
「さっきから何なのあなた…だって見えないのは…」
マリアの霊は混乱したように頭を抱えて黙り込んだ
「見えないのは目が潰されているから…じゃないのか?」
その言葉に彼女の顔はみるみる恐怖に歪んでゆき悲鳴を上げるとその場にしゃがみ込んでしまった
ネリーは容赦ないルカに恐怖を覚えた
ルカはというと表情を一切変える事なく
「どうやら思い出したみたいだな?それで、お前を殺したのは一体誰だ?」
と霊に言った
すると霊は…
「悪魔よ…悪魔だったのよ…彼が…私は別に言いつけようなんて思ってなかったのに…
それに私が知るわけないじゃない…先代の短剣なんて…そしたら怒って彼の目が…」
マリアの霊は見開いた目から涙をぼろぼろと落としながら酷く脅えたように言う
「短剣?それが悪魔の目的か…?それで、その彼とは誰だ?」
ルカがそう聞くと、彼女は尻もちをつき何かに脅え這うように後ずさり始めた
「止めて!殺さないで!誰か誰か助けて!!いやー!!」
彼女は何かこちらには見えない存在に抵抗するようなそぶりを見せた
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...