魔術師の仕事

阿部うりえる

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1章

3 魔術師ルカ

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「おい、おまえ大丈夫か!?」
誰かが体を揺さぶり呼びかけている。
「ん…あ…」
意識を取り戻した自分を見下ろしているたのは、下の階で見た肖像画の少年に雰囲気の似た濃い茶色の髪に青い瞳をもつ綺麗な顔立ちの青年だ。なんて綺麗な人なんだろう…こちらを覗き込む青年の美しさにネリーは頬を赤らめ見とれてしまった。
青年は意識を取り戻したネリーに安堵したのち怪物の出てきた本を黒い布で包み直しはじめた。
「はあ…全く…来て早々人騒がせな…でもなぜあれの封印が解かれていたんだ…?それに、(普通の人間)にこの部屋が見つけられるなんて…」
彼はこちらを訝しげに見ながら、本を箱に戻すと鍵をかけ元の位置に戻す。
「エルフがそうしろって…」
頭をぶつけたせいかまだくらくらして状況を上手く把握できていないネリーはエルフに遭遇した時からあの化け物が出てくるまでに至った経緯を覚えていることから青年に話し始めた。
それを窓辺に腰かけうんうんと頷きながら聞いていた青年だったが、大きなため息をつくと「ふーん…どうりで悪戯好きのエルフの餌食になるわけだ」と、目を細めまるで見下すかのような視線でこちらをじろじろ見た。
「それって…どういう意味…?」
ネリーは美しい外見の彼から発せられる人を小ばかにしたような態度に眉間にしわを寄せた。
「だから、君があまりに賢くなさそうだったからとか…?」
彼は窓から離れると近くの本棚から数冊の本を取り出しながらこちらをちらりと見て鼻で笑った。
「…う…酷い!あなたって失礼な人ね!大体、エルフなんて今まで見たことなんかないし、怪物の出る本だって今まで聞いたこともないんだから騙されたってしょうがないじゃない!きっと普通の人ならみんな騙されるわよ!」
「それより君は誰だ?人の家で何している?まあ、家と言っても今は物置のようなものだが…」
腰に手を当て大胆にも彼に詰め寄ったネリーだったが、完全に非のあった自分の行動を恥じ口をもごつかせながら顔を真っ赤にし黙りこくってしまった。
「それで?なんで君はここに?」
青年は少し勝ち誇ったように口元を上げ、再びネリーに問う。
「あ…えっと…それは…私家を出て…というか逃げてきたというか…暗くなって近くに家とかもなかったから…そこに丁度この空き家があったから一晩泊まらせてもらったの…だからその…勝手に入ったのは悪かったわ。ごめんなさい…私はネリー・ローラント。あなたは…?この家の人…よね…」
彼の態度はあんまりだったけど悪いのは自分だ、ネリーは深々と頭を下げ謝罪しばつが悪そうに目を泳がせた。
「やれやれ何者かと思えばただの家出少女か。悪いことは言わない、今からでも家に帰りなさい…きっと今頃ご両親も心配しているだろう…」
彼はネリーから目を背けると取り出した本をぱらぱらと読み始めた。
「両親は…もういないわ…いるなら今頃こんな所にいない…私が小さいときに魔女として殺されたもの…叔母さんたちにとって私は邪魔者だから…だから泥棒の件も魔女だって濡れ衣着せられたし…帰ったって魔女として引き渡されるだけよ…」
ネリーはうっすら涙を浮かべた顔を伏せた。
それを聞いた彼はいったんネリーの方に振り向くも、気まずそうにまた目をそらし二人の間には気まずい沈黙が流れた。
「…まあ、一人で生きていくなら他人には気をつけるんだな…君はまだ若いから…僕の名はルカ・シュタインマイヤーだ」
ルカ…この人はこの人なりに心配してくれてるんだ…
この人もしかして本当はいい人なのかも知れない…言葉には棘があるけど…さっきだって助けてくれたし…
それにしても、彼は何者なのだろう…エルフのことも知ってるみたいだし、さっきの怪物も彼が倒してくれたようだし…
ネリーは彼のそばに近寄り、ルカという人物を少しでも知るため手元に開かれた本を覗き込んだ。彼の見ているそれは自分には読めない異国の字で書かれたもので挿絵もないから何が書かれているのかネリーには皆目見当がつかない。さらにそれを自分にはわからない字でメモに書き出しているのでネリーは感心したように息をのんだ。
「この字が読めるのね…」
「当たり前だ。君じゃあるまいし。自分に読めないからってでたらめ書いてるとでも思ったか?」
「そんなこと…」
やはり彼の言葉には棘がある。こんなに綺麗な人だと女の子がうるさいくらい寄ってくるだろうから避けるためにこんな風な態度になってしまうのかもしれないけど…なにもこっちはそんな気で話してるんじゃないんだ。もっと柔らかい物言いができないものか…と思ってしまう。
しかし、怒るのも躊躇うほど彼は美しくて透き通るような、きめ細かな白い肌は女の自分でさえ羨ましく思えてしまうものだった。
年齢はおそらく自分とそんなにかわらないだろう…彼の横顔を見ながらネリーはそんな事を考えた。
「どうした?」
視線を感じた彼が顔を上げこちらを見る。綺麗だったから見てた…なんて言ったら何言われるかわからない…ネリーは顔を赤らめながら彼からさっと目をそらし「な…なんでもないわよ」と呟いた。それで終わり…そう思った。しかし…
「だって今じっと見てただろ?」
信じられない展開になった。彼が詰め寄ってきたのだ。しかも近い…彼の影が落ち、顔にかかる髪を耳にかけられまじまじと顔を覗き込まれる。
彼は困ったように顔を赤らめるネリー鼻で笑うと彼女の顎をくいっと持ち上げ、そっと顔を近づけながら怪しく微笑んだ。このままでは…
普通なら抵抗してもおかしくないようなシチュエーションなのになぜか逆らえない。
ネリーは目を閉じ唇をきゅっと噛んだ。
しかし次の瞬間、ルカはぱっと手を放すと真顔でネリーの両頬をつねり、「冗談。僕は子供には興味ないんだ」とネリーの平たい胸を見て鼻で笑った。
確かに年の割には胸もないしチビだ。でもこんなからかいかたはあんまりだ。
「女の子をからかうなんて酷い!それに私もう子供じゃないわよ!多分歳だってあなたとそんな変わらないと思う」
「へー…僕は19だけど君は12か13の子供だろ?」
身長の低いネリーの頭をぽんぽんしながらルカが小ばかにする。
「失礼ね!もう15よ!背はこれから大きくなるの!多分…」
一番気にしていることを指摘され彼女はしょぼくれ膝を抱え黙り込んだ。
少しでもいい人だなんて思った自分が馬鹿だった。ネリーは立ち上がると荷物を取りに下の階まで下りた。
「夕方になる前にとにかく街まで行かなきゃ!」
イライラしながら荷物を鞄に詰め、再び彼の元に向かう。
「私もう出ていくから!昨日は一晩宿をありがとう!」
「そうか、気をつけろよ」
こちらになど見向きもせず書写を続ける彼にネリーはむっとしながらも少し心細くもあった。しかし彼の事は許せそうもないし、これ以上関わりたくもない。
ネリーは「じゃあね!」と投げ捨てるように言うとそのまま街を目指し歩き出したのだった。

ネリーが出ていくのを窓辺から見守りながらルカはため息をついた。
「あいつ…これから先どうするつもりなんだ…?」
「追いかけなくていいのか?彼女みたいな田舎者はすぐ泥沼に落ち込むことになるぞ?」
彼の背後から低い男の声上がった。
「追いかけてどうする…可哀そうな人間をいちいち助けていたらきりがないだろ?」
ルカはそういうと再びペンを取り書写を再開した。

「ほんと最低最悪!なにもあそこまでいうことないじゃない!」
ネリーはというと森の中をまだイライラしながら歩いていたが、大きな音をたてなり出したお腹の音でしぼむように座り込むと既に見えなくなった屋敷の方角を振り向き大きなため息を漏らした。
「あいつ、食べ物くらいなら持ってたかも…」
辺りの木々を見渡すも今は4月、木の実が実っているはずもなく、ネリーは渋々水筒を取り出すと水で空腹をしのごうとした。しかし、頼りの水ももう空になっていて、彼女は飲めそうな水はないかと探しながら歩き出したのだった。
途中、一部が焼き払われたような集落跡があり、井戸を見つけたが井戸は既に塞がれており使えなかった。
それに、歩けど歩けど同じような景色ばかりで、いつこの森から出れるのか…とネリーは途方に暮れ、地面に座り込むと近くの木にもたれかかって空を見上げた。見上げた空は既に薄暗くなり始めている。
「はあ…喉か沸いた…お腹すいた…こんな所で野宿するくらいならあのお屋敷にずっといればよかったよ…」
余っている体力を温存するために彼女は目を閉じた。そしてそのまま気付かないうちに眠ってしまったのだった。


それから何時間が過ぎたのだろう。既に辺りは暗くなっている。
「どうしよう!」勢いよく起き上がった時だった。どこからともなくいい匂いが漂ってきたので、ネリーはきょろきょろと辺りを見回すと匂いのする方へと歩みを進めた。
フラフラと歩いていると目の前にたき火の明かりが見えてきた。たき火の前には誰もいない。それに火の周りには食べごろに焼けた美味しそうな食べ物と小鍋にはお湯が沸いていた…
「誰かー!誰かいませんかー!?…」
大声で辺りを呼んでみるも何の応答もない。
「誰もいないし…来たら事情を説明すれば…一個くらい…いいよね…」
ごくりと唾を飲み、ネリーは串刺しの野菜を一本取り、ちょうど近くに置かれたコップにお湯を注ぐと一日半ぶりの食事にありついた。
「美味しー!もう一本くらい食べてもいいかな…」と手を伸ばしたその時だった。「何をしている!?」と背後からの声にネリーはびくりと体を震わせた。
恐る恐る振り向いたそこにいたのは…「なんだおまえか…」嫌味な青年。確か名前は…ルカとかいう…
「全く、今日は本当よく会うな、しかも宿の次は食事まで無断で拝借するとは…」
「わ!わざとじゃないもん!後から事情を説明しようと…」
ルカは集めてきた薪を地面に置くと、ネリーの真ん前に腰を下ろし食事を始めた。まだ空腹の満たされないネリーはそれを物欲しそうな目で見つめた。
「どうした?まだ何か用か?」
「それ、もう一本くれない…?」
彼の嫌味を承知でネリーは渋々頼んでみることにした。しかし彼から返ってきた言葉は意外なものだった。
「二本目は有料だぞ?」
「え…お金…?」
「そうだ、まああればの話だがな…」
当然、そんなもの持っていないネリーは荷物を背負いなおすと、とぼとぼとその場を去ろうとしたが後ろの方では彼の嫌味は止まれない。
「なんだ、もう諦めたのか?そんな甘い考えで一人で生きていくなんてとてもじゃないが…手持ちがないなら体で奉仕してみるとか、そんな考えわかないのか…まあ、僕は君みたいな…」
「脱げばいいの…?」
「は?」
驚いたような表情でこちらを見上げるルカ、そしてはらりと地面に落ちるドレス
「これで私が本気だってわかったでしょ!?昨日の宿代も今食べ多分も全部体で払うわよ!さあ、あとは好きにして…」
恥ずかしさのあまり現実を直視できないネリーはきつく目をつぶった。彼の足音が一歩また一歩と近づいてくるにつれ、これから起きる酷いことが頭を駆け巡ってネリーは拳をきつく握りしめた。
しかし、裸の体をふわりと包んだのは人の腕ではなかった。
ネリーが閉じていた目を恐る恐る見開くと裸の体には彼の羽織っていたマントがかけられ、目の前にはパンを差し出しこちらから目をそらすルカの姿があった。
「悪かった、少しふざけすぎた…あとは好きなだけ食べるといい。僕はその間水を汲んで来るから」
彼はそういうと森の奥へと消えていった。
ネリーはへなへなと地面にしゃがみこみ恥ずかしさのあまり泣きじゃくりながら受け取ったパンをむしゃむしゃと食べ始めるのだった。
それから彼がいつ帰ってきたのかは知らない。気付けば朝で、彼は離れた位置で眠っている。昨日のことを思い出すと恥ずかしさがこみ上げてきた。ネリーは彼に気付かれぬよう荷物を背負うと一人歩き出した。
あれから2、3時間近く歩いただろうか、丘の上に立つネリーの真下には何日かぶりの人の暮らしが広がっていた。前に住んでいた所とは比べ物にならないくらいの大都市だ。
「きっとここなら、私のできる仕事も見つかるわよね…!ここから、ここからよ、ネリー!」
ネリーはそう自分に言い聞かせたのち、すうっと深く深呼吸し期待に満ちた表情で街へと駆けだしたのだった。
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